MY HOME TOWN【おすしたべいこ編】

MY HOME TOWN【おすしたべいこ編】

みなさんは、2月17日にリリースされた土岐麻子のカバーアルバム『HOME TOWN 〜Cover Songs〜』をお聴きになったでしょうか?

この時代に届けたい温もりや四季を感じさせる名曲の数々を、土岐麻子らしい洗練されたアレンジで聴かせる作品なのですが、実は収録された楽曲には、それぞれ土岐本人による想像上の(とはいえ妙に具体的な)「個人的ロケ地」が設定されています。

例えばASIAN KUNG-FU GENERATIONの「ソラニン」なら「阿佐ヶ谷の住宅地」、スピッツの「楓」なら「都バス早81の窓際のシート」、桑田佳祐の「白い恋人達」なら「2000年頃の恵比寿ガーデンプレイス」--といった具合。これを踏まえて楽曲を聴くと、その情景が目の前にありありと浮かび、家にいながら散歩をしているような気分も味わえます。

そこで、このアイデアに触発されたmusitの特集企画として、【MY HOME TOWN】を開催。弊サイト所属のライター陣がプレイリストを作成し、それぞれ勝手気ままに楽曲のロケ地を空想します。もうしばらくステイホームが続きそうな今だからこそ、架空の世界で遊んでみてはいかがでしょうか。

第1回は、musit編集部、及びシューゲイザーのメディア『Sleep like a pillow』の主宰としても活動する、おすしたべいこによるセレクトをお送りします。

前書き

エモーショナルな瞬間というのは、大体電車に乗っている時に訪れる。少なくとも僕はそうだった。

人生における挫折は何度か経験してきたが、就職活動はその最たるものの1つだった。当時の僕は大量のエントリーシートに埋もれながら、雲をつかむような毎日を過ごしていた。しかし、それと同じくらい耳の方は音楽に埋もれており、車窓からの景色をアンニュイな態度で眺めながら、MVの主人公みたいな雰囲気を1人で勝手に演出する痛さも合わせ持っていた。

最近、ようやくあの頃の自分を弔ってやれるようになってきたように思う。月並みな表現だが、あの経験がなければ今の自分は存在していない、という確信めいたものがあるからだ。そんなわけで、当時の回想をこの場を借りて綴っていくことにする。

①Galileo Galilei「青い栞」

【ロケ地】桑園駅発 学園都市線 石狩当別行 午前5時

“始発電車まばらな幸せ ”

大学時代、サークルのメンバーで集まって、いわゆる「カラオケオール」というやつを1度だけやったことがある。夜が明ける頃にはみんな疲れてウトウトしはじめるのだが、僕の目だけは冴え渡っており、眠りこむ周囲を横目にマイクを握りしめていた。「よく歌えるね」なんて言われたっけ。

店を出ると、さすがにまぶたが重かった。見上げた曇り空が、ちょうどそんな感じだ。みんなに別れを告げ、あくびをするときの細い目で厚い雲を睨み、眼光で晴らそうと無駄な努力をしながら始発に乗り込んだ。シートに身をあずけているうちに、心地良いまどろみが身体を包んでいく。

この時だけは、“まばらな幸せ ”の意味が分かったような気がした。やがて訪れる苦痛など知らずに。

②ASIAN KUNG-FU GENERATION「藤沢ルーザー」

【ロケ地】小田急線 藤沢駅 3番線 午前9時

“三番線のホームから 今 手を振るよ ”

大学から支給された補助金を使って、就職活動のために札幌から東京までわざわざやってきた。

大学を卒業したら、正社員として就職するものだと相場で決まっている--少なくとも自分の周りには、そういう選択をしない人間はいなかった。社会人ってなんなんだ? なんのために就職活動をする? どうして自ら画一化していくことを良しとするのだろう? 違和感を覚えつつも抗っていくほどの勇気はなく、いつしか黒スーツの海に行儀良く整列している自分がいた。

この日は、1度やってみたかったことを決行した。ASIAN KUNG-FU GENERATIONの『サーフ ブンガク カマクラ』を聴きながら、曲名につけられた江ノ電の各駅で降りる、という絵に描いたような聖地巡礼イベントだ。藤沢で「藤沢ルーザー」を流した瞬間、安易だが無敵になれたような気がした。“逃げ腰ぎみ ”の僕に手を振る。明日は面接。

③銀杏BOYZ「ぽあだむ」

【ロケ地】新宿駅発 中央線 青梅行 午後12時

“電車もPARCOもキラキラしてんだ ”

結果はまあ…分からないが、とりあえず面接を終えた。珍しく手応えは悪くない。乗り越えた自分へのご褒美として、中野ブロードウェイとディスクユニオンをはしごしようと思う。

確かに、このときばかりは電車もPARCOもキラキラして見えていた。僕にとって東京はフィクションであり、あこがれだったからだ。銀杏BOYZを聴きながら中央線に乗る、というシチュエーション自体も、まるで現実感がない。浮き足立つとはこういうことだ。面接のことなど、とうに忘れ去っていた。

しかし、5年後には東京に住みはじめ、ましてやライターとして活動しているなど、当時の自分は知る由もない。

④Base Ball Bear「カシカ」

【ロケ地】小樽駅発 快速エアポート 新千歳空港行 15時半

“偶然、並走してる 隣の電車の誰かと窓越しに目が合った ”

「今日は2講で終わり」--そんな解放感を噛み締めながら食堂で腹ごしらえを済ませ、少しダラダラしたあと、大学を出る。4年目にもなると受ける講義がほとんどない。腕時計は、まだ14時過ぎを指していた。駅まで続く長い坂道を30分かけて下り、快速に飛び乗った。

入り口のドア付近の手すりに寄りかかり、いつの間にかうたた寝していた。ふと窓の外に目をやると、並走する電車の乗客とバッチリ目が合った。なんだか居心地が悪いが、かといって目を逸らすのも気まずい。どうしようか迷っているうちに、違う分岐へ離れていく。

こういう瞬間を歌詞として切り取った小出祐介には、心底脱帽してしまう。一瞬すれ違ったとしても、結局なんにも知らないまま終わっていく人たちが、どれだけ多いことか。だからこそ、これから社会に出て関わっていく人たちのことは、大事にしていくべきなのだろう。

⑤Syrup16g「ハピネス」

【ロケ地】札幌駅発 学園都市線 北海道医療大学行 17時

“電車の窓をこする夕陽なんかも 最重要文化財 ”

秋、陽が陰りを見せてくる頃、僕は虚無に満ちた表情を浮かべながら電車に揺られていた。結局、夏の間に勝ち取った内定を全て蹴って、就職活動を続行していた。しかし、実に見事なまでに祈られまくっている。今日の面接も全然うまくいった気がしない。

先が全く見えない、という焦燥感。“センシィティブなエモーション系マイマインド ”に支配された僕を、車窓越しに差し込む美しい夕陽が非情にも晒しだす。なんて絵になるシチュエーションなのだろう--。こんな時でも自己陶酔しているのだから、救いようがない。

最寄駅で降りた。いずれにせよ、モラトリアムの終焉は近いのだ。

後日譚:Maison book girl「karma」

【ロケ地】どこか 22時

“愚かな言葉だけが、全て許してく ”

随分と年月が経った。時の流れは、車窓を過ぎていく風景みたいだ。追い込まれ、目の前しか見えないほど視野が狭くなってしまうと、あっという間に過ぎ去る。でも、少し遠くを振り返ってみると、思い出たちはゆっくりと流れている。

学生から社会人へと歩みを進める時--いや、進めざるを得ない、というべきであり、それこそがカルマなのかもしれない--あの時の期待に胸を膨らませた感情は、遠くの方で今も輝いて見える。

万物は流転するらしい。流れ着いた新たな場所で、僕はまたスタートを切る。過去の失敗や、忘れたいほどの経験は、“愚かな言葉 ”で許してしまえばいい。少なくとも今は、そう思っている。

 

 

對馬拓