私を構成する9枚【寄稿/さの・たつや編】

私を構成する9枚【寄稿/さの・たつや編】

#私を構成する9枚--その文言通り自身の音楽遍歴を語る上では決して切り離せない音楽作品を9枚選ぶハッシュタグ。musitでは書き手自身を掘り下げるべく個人の音楽的嗜好に迫る企画としてお送りしている。

アーティストからリスナーに音楽が手渡される。その過程で物語が生まれ、同じ作品でも受け手の数だけドラマがある。そういった「音楽は個人史である」という側面を、より読者の皆様に広く共有し楽しんでいただきたいという思いから、本企画の寄稿を募集。今回はその公募分から掲載する。選出した9枚の中から、特に思い入れの強い3枚について語っていただいた。

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YMO『TECHNODON』(1993)

とっつきやすい音楽性の中にも、どこか不思議な味わいのある音楽が好きだ。このアルバムは、当時中学生の私にそうした嗜好性を芽生えさせた、最初の作品である。機械的なリズムにポップスのあらゆるエレメントが散りばめられた摩訶不思議な音楽は、それまで「歌って楽しい曲」「きれいな曲」という聴き方しか知らなかった耳を大きく開くことになった。表面的にはアンビエント・ハウス、デトロイト・テクノ、トランスといった機能重視の音楽を標榜しつつ、それでも滲み出てくる「YMO的」としか言いようのない独特のムードは、ポップスの鬼才3人の道程そのものであり、その後出会う多くの音楽の導き手となってくれたことに感謝したい。

James Brown『Sex Machine』 (1970)

JBの音楽には「力」がある。巷で言われる元気の出る曲だとか、盛り上がる曲などという意味ではない。それも確かにあるが、強烈なファンク・グルーヴで聴く者の心臓を身体ごと鷲掴みにするような、強引な力である。自叙伝にある「その夜、俺はお客を皆殺しにした」という表現は決して大げさではない。ヒップホップや多くのクラブ・ミュージックのルーツともいわれるが、彼の最大の魅力は、何が何でも生きてやるという渇望が原動力となり、音楽を人生もろとも「力」で漲らせたことにあると思う。破天荒な人生そのものがグルーヴィである。平凡な人生の私は、JBからファンクという音楽の面白さとともに、力強く生きることのヒップさを教えてもらった。

Funkadelic『Maggot Brain』(1971)

今でこそどんな音楽でも聴いているが、10代後半まで「いかにもロック」な音楽が少し苦手だった。基本インドアな自分にとって、マッチョで肉体的なロックのイメージを敬遠していたのだ。黒人音楽にのめり込んでいく過程で出会った本作は、こんな何でもありの音楽があるのかと驚いた。強力なファンクであり、ハード・ロックであり、ブルースであり、効果音まで挿入されたサイケデリックなサウンドは、E.ヘイゼルのギターによってすべてを飲み込んでゆく。ロックへのある種の嫌悪(今思えば大いなる偏見でしかなかったが)は完全に消え、むしろより過激な音を求めてフリー・ジャズや現代音楽にまで興味を拡大していくことになるのだった。

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◯執筆=さの・たつや

musit編集部