感情の息吹を吹き込むヒットメイカー、ピノキオピーが表現する愛の形

感情の息吹を吹き込むヒットメイカー、ピノキオピーが表現する愛の形

‘‘恥の多い生涯なんて珍しいもんじゃないし 大丈夫だよ’’

会社に向かう車の中で初音ミクにこう言われて、思わず涙が出た。精神的に弱っていたから、というのもある。人の声ではない機械音声に──、と書くと角が立つが、ピノキオピーが作り上げた音、それに私は確かに救われたの

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今なお数多くの名曲を生み出すヒットメイカー、ピノキオピー

2009年より活動を開始しているピノキオピー。デビュー当時から動画共有サイトにVOCALOIDを用いた楽曲の発表を行っていたが、キャリア10年を超えた中でもヒット作は数知れず、カラオケで「腐れ外道とチョコレゐト」を頑張って歌っていた、という読者もいるのではないだろうか。

現在もコンスタントに楽曲を制作しているのはもちろん、ライブ活動やコラボ企画への参加、ソロ・プロジェクトなど様々な方面で精力的に活動を行っている。

筋肉少女帯をはじめ、電気グルーヴやスピッツ、真心ブラザーズから影響を受けたという彼の楽曲性は、ポップなものからややダークなもの、しっとりしたバラード…と多岐に渡り、内容は人間臭く哲学的で、しかしどこか飄々としている。豊かで奥行きのある作り込まれたサウンドは耳に残り、問いかけてくるようでいて突き放されるような、だけど常に味方でいてくれる独特な歌詞が頭に残る。

「人間性」を歌い上げる機械音声のすゝめ

所詮機械音声、音程が取れているだけで感情の入り具合などは生身の人間には敵わないでしょう、と思う人がいるかもしれない。が、少し立ち止まって話を聞いてほしい。

音楽を作るうえで当然といえば当然のことなのかもしれないが、彼の楽曲は、「初音ミクの声ありき」で美しいバランスができあがっている。作り込まれたサウンド、所々に入るピノキオピー自身の声、そこに初音ミクの機械音声が合わさって楽曲が完成される。そこには、特徴的な声を持つヴォーカリストがいるロック・バンド同様、この声じゃないとダメだと思わされような、確かな説得力と魅力がある。

ここからさらに彼の楽曲における魅力を掘り下げるため、これまでにリリースされた楽曲の中から3曲をセレクトし、筆者個人の所感を交えてひもといていきたい。

「すきなことだけでいいです」(2016)

3rdアルバム『HUMAN』に収録されている楽曲。身も蓋もないタイトルの本作は、一言で表すなら「応援歌」だ。しかし、一方的な視点から「頑張れ!」と鼓舞するような楽曲ではない。聴き終わると「そうだよな、やらなきゃな、仕方ないけどやるか」と自発的に思わされるような、等身大で隣に寄り添ってくれる応援歌である。

無理なのは分かっている、どうしようもないけど、でも好きなことだけしていたいな、でもそれじゃダメになってしまうから頑張っていこうね、と、曲との距離感はまるで友達と話しているよう。

‘‘すきなことだけでいいです’’‘‘みんな好きなことが好きなんです’’‘‘全人類が好きなことやったら世界は滅亡するけど’’といった、欲望と理性の間で揺れる心を明るく軽快に、しかしどこか物悲しく歌う、とても人間らしい1曲。

「ノンブレス・オブリージュ」(2021)

ニコニコ動画にアップされた楽曲の中で、記念すべき100作目となる作品。本作は息継ぎをするタイミングがない。また早口で捲し立てるように歌っており、VOCALOIDだからこそ歌える楽曲となっている。マイノリティとして生きることへの息苦しさや、マジョリティが行いがちな「正しさの押しつけ」について歌った、何とも聴いていて苦しくなる一曲である。

「ノンブレスオブリージュ」ではなく、「ノブレスオブリージュ」という言葉をご存知だろうか。身分の高い者はそれに応じて果たさねばならぬ社会的責任と義務があるという、欧米社会における基本的な道徳感(『精選版 日本国語大辞典』より引用)のことである。道徳を理由に人をやたらと攻撃する、そんな場面をよく目にする昨今。

‘‘正当防衛と言ってチェーンソーを振り回す まともな人たちが怖いよ’’
‘‘ぼくらは 直接直接直接直接手を下さないまま 想像力を奪う液晶越しに息の根を止めて安心する’’

自分が信じている正しさや道徳が、誰かを追い詰めたり苦しませたりしているということがない、と言えるのだろうか。

「きみも悪い人でよかった」(2016)

‘‘きみもぼくと同じくらい悪い人でよかった’’というフレーズが印象的な本作は、先述した2つの楽曲とは異なり、繊細なサウンド且つスロー・テンポな楽曲となっている。

嫌だな、と感じる部分が同じだと、人と人は近づきやすくなる。罪の共有は人を親密にする。いつかTwitterでバズっていた投稿に「好きなことが同じより、嫌いなことが同じ方が付き合いは長続きする」というものがあった。価値観が合う、ということは何も好ましい事象に対してのみ発生するものではない。

「ぼく」はどこか世の中を‘‘つまらない’’と感じ、心を開くことを‘‘とても怖い’’と思っている。しかし‘‘きみの手のひらは温かかった’’。そして、「きみ」と「ぼく」は色々な物を通じて感情を通わせていく。そんな2人の‘‘まるで初恋のよう’’なラブソング。最後の大サビと、ラストのフレーズに心を震わせずにはいられない、美しい名曲だ。

機械音声に「人間性」を付与することで得られる共感

「良い人ってなんだろう」「正しさってなんだろう」「生きるってなんだろう」──といった疑問を、様々なスタイルであらゆる方向からぶつけてくるピノキオピーの楽曲からは、どうしようもない人間らしさや彼の人格、初音ミクへの、音楽への愛情──実に色々なものを感じ取ることができる。

生歌には生歌の良さがあり、しかし機械音声にも機械音声ならではの魅力がある。後者に抵抗がある人にこそ、是非1度聴いてみてほしいと思う。調声のクオリティが高く発音がスムーズだとか、そういったことも理由の1つではあるが、やはりピノキオピーという音楽家が生み出す空間を、ぶつけられる感情を、怒りや悲しみなども含め、それらを感じてみてほしい。

今回は3曲ほど厳選して紹介したが、2009年からコンスタントに活動を続けているだけあり、上記以外にも人間の感情に寄り添う素晴らしい楽曲が溢れている。さらに、ピノキオピー自らイラストを手掛けているMVも魅力の1つなので、合わせてご覧いただければと思う。

 

鮭いくら