King Gnuの音楽に見る「劇」としての人生と美しい肯定──今、壇上にいる者たちへ贈る歌
人は皆肯定を欲し、他者から肯定されることで自身の生を知る。特に現代においては、生きることを鼓舞したり奮起させたりする音楽よりも、優しく寄り添って「肯定」をする音楽が求められるようになってきた。これは、現代が万人にとって生きづらく、厳しい時代だということを証明している事実と言える。
そんな中、劇的でポップ且つ時代の最先端を行く洗練された音楽でありながら、本来人間が原始的に欲している「肯定」への希求に「応えて」いるバンドがいる。King Gnuだ。彼らは熱狂を巻き起こす音楽を生み出し続けながら、同時に現代人が生きる上で必要としている「肯定」を、飾らない言葉に変換して音楽に乗せている。クリエイティヴないしは作品の洗練における過程全てが高次元であり、生み出された音楽が人の心を攫うキラーチューンであっても、そこに乗せられる言葉の柔らかさ、穏やかさは常に保たれたままだ。それが、King Gnuというバンドが放つ魅力の本質だ。
彼らの存在を世に知らしめた、2019年リリースの2ndアルバム『Sympa』に収録されている「The hole」は、冬の空気に似た硬質を感じさせながらも押し返せば柔らかい、そんな旋律のバラードで「心にぽっかりと空いた穴を塞ぐ傷口になる」と歌っている曲だ。何かに苛まれることもある人間に対し、〈逃げ出せばいい、全てを放り出せばいい〉とも歌っている。
傷には包帯を、穴には塞ぐものを。人が傷ついた時に適切な処置の方法を、そのまま歌詞に落とし込んで歌い上げる本楽曲は、他者に言わせれば「当たり前」と捉えられるであろうことを語りかけていながらも、その際限のない優しさに思わず心が震える。そういえば、私はいつからこの傷をそのままにしていただろう、いつから蔑ろにしてしまっていただろうということを、ふいに気付かされる。
忘れ去ることができた、と思っていた傷口をもう一度明るみに照らすこの楽曲は、バンドエイドより遥かに温もりのある瘡蓋となって、「私」を肯定してくれる。
それは物質と物質の交わりという淡白な関係ではなく、傷と癒着することで一心同体となり、一定の距離感を喪失することを表している。ここから、King Gnuの歌う「肯定」には「距離感の喪失」「同じからだとして生きていく」という、揺るがない「聴き手への愛」が込められていることを感じる。
彼らの歌う「肯定」は、ただ私たちを受け入れ、抱擁してくれるだけでなく、語り手側が私たちの存在と一体になって、傷の饐(す)えた香り、皮膚に走る痛み、化膿して治らない苦しみまでも背負い、共に苦しんでくれる。
また、3rdアルバム『CEREMONY』以降初のリリースとなったシングル「三文小説」では、舞台の幕開けに聴く序章のような弦楽器による一鳴りの後、こんな歌詞が登場する。
〈この世界の誰もが 君を忘れ去っても 随分老けたねって 今日も隣で笑うから〉
「人生」を歌うこの楽曲の中で、経年という最も確かで覆しようのない事実に対して自分だけは忘れ去るのではなく「随分老けたね」とだけ言って隣で笑う──という、圧倒的な時間の経過や世界の移ろいにも断じて動じない重石にも似た「肯定」を見せている。
「三文小説」には〈皺〉という言葉が登場する。皺、というものは、人間が生きていくうえで表層的に発現する最も顕著な「経年のしるし」であり、誰しもが平等に、年老いていけば顔や身体の至るところに表れてくるものである。
〈増えた皺の数を隣で数えながら〉
語り手側は隣に在って、一つひとつ皺を数えながら慈しむ。歳をとり、若々しさを失い美しさも翳り、ただ死に1歩ずつ進んでいくだけの人生に「彼」のような存在がいるということが、一体どれだけの救いになりえるだろうか。また、
〈僕のくだらない 表情や言葉一つで 微笑んだ君がいるから〉
この歌詞から、語り手側である「彼」は「私」を笑わせてくれていることが分かる。無論、笑うと余計に皺が目立つのは言うまでもない。しかし、楽曲の中の彼はきっと、笑ったことでできる皺までも愛してくれるのだろう。
皺、とは人間の表層的な人生そのものだ。人間の形をした私たちから、炙り出したように皺の形だけを浮き上がらせれば、そこに今までの人生も浮かんでくる。「三文小説」の語り手側は、自らの人生を「駄文」「三文芝居」と、取るに足らないものだと形容している。だからこそ、他者の人生に寄り添い、時が経つにつれ翳りながらも在り続ける美しさに目を向けてくれているのではないだろうか。
「彼」は「私」と共生することを選び、生きている。肩をすり寄せ衣の擦れる音がし、互いに皺を重ねながら、あるいは皺の増える者をただ慈愛の瞳で見つめながら生きることは、さながら能や狂言に登場する睦まじき男女のようではあるまいか、と感じ入り、改めて楽曲のコンセプチュアルな部分と楽曲に落とし込まれた「肯定」の絶大な力について考えざるを得ない。
人ひとりの人生に関わり、永遠に続くかと思える「肯定」は、受け取る側によっては毒にもなりえるかもしれない。しかしKing Gnuの音楽は今、そこで、リアルタイムに美しく鳴っている。メンバーそれぞれが「肯定」に対して1人ずつしっかりと向き合い、その姿勢が彼らの音楽を悠久の中で揺蕩う美しいものとして存在させている。
劇は始まり、役者は喜怒哀楽を表し、強いスポットライトに当てられ、汗を流している。しかし1人ではない、そこには、誰かがいる。それは共に人生を歩むべき人間かもしれないし、ついさっきすれ違ったばかりの人間かもしれない。そのことが、King Gnuのことも、私たちのことも生かしている。
人生とは、私たちが思う以上に美しく、深いのだということを、彼らの音楽は常に教えてくれているのだ。
* * *
RELEASE
King Gnu『Stardom』

リリース:2022/11/30
レーベル:Ariola Japan
トラックリスト:
01. Stardom
02. 雨燦々
03. Stardom(Instrumental)
INFORMATION
2023 STADIUM TOUR『King Gnu Stadium Live Tour 2023 CLOSING CEREMONY』

安藤エヌ
