美学は耳で聴く時代へー長谷川白紙「夢の骨が襲いかかる!」

美学は耳で聴く時代へー長谷川白紙「夢の骨が襲いかかる!」

夢の骨が襲いかかる!(7/8発売 『夢の骨が襲いかかる!』ジャケット )

7月8日、長谷川白紙の初のカバー・アルバム「夢の骨が襲いかかる!」が発売された。

本作は、長谷川白紙の”武器”ともいえる鍵盤と、白紙特有のか細くて繊細で、かつ柔らかな歌声の2つのみを使い、長谷川白紙がかねてから敬愛するアーティストの楽曲をカバーしたもの。

これは、地元のヴィレッジヴァンガードやカラオケのフロアで流れているような、ただのカバー・アルバムではない。
まさに「夢の骨が襲いかかる!」ように、このアルバムを聴き終えたいま、私は強烈な”何か”に飲み込まれて、長谷川白紙の表現する世界に吸い込まれ、帰ってこれなくなってしまいそうな恐怖心さえ抱いている。

今回の記事では、長谷川白紙という一人のアーティストが世に放った『夢の骨』について語っていきたい。

ジャンルや知名度にとらわれない、唯一無二の一貫性

んoonとサカナクション。崎山蒼志とサンボマスター。相対性理論とディズニー。
オリジナル曲「シー・チェンジ」を含め、全7曲が収録されているカバーアルバム「夢の骨が襲いかかる!」。
本作でカバーされた6曲は、全くもってジャンルがバラバラ。

それはまるで、長谷川白紙の楽曲から感じられるオリジナリティを作り上げてきた欠片の一部のよう。
これら6曲すべてをかき集めたところで、長谷川白紙という人間の全貌を把握することは到底できない。けれど、少なくとも今の彼の血肉には、この6曲が深く刻まれているはず。

カバーされた楽曲たちを振り返れば、んoonの「Freeway」は朝焼けを思い浮かばせるような心地好さを感じる楽曲だし、サンボマスターの「光のロック」はVo.山口の嗄れ声が終始高い体温を保った、力強く踏み込むような楽曲。


相対性理論「LOVEずっきゅん」に関して言えば、長谷川白紙という中性的な人物像にぴったりの、悪魔的で依存性が高い楽曲である。

長谷川白紙の楽曲の色が仮に”白”だとしたら、今回カバーされた楽曲たちはきっと、赤や黄色や青色の塊。
その色とりどりの塊にどんな毒が含まれているのか、アレルギー反応があるのかどうかも気にせずに、彼はなんとカバーした楽曲すべてを口に入れ”長谷川白紙の新たな表現擬態”として消化してしまった。
それはカップラーメンを作るように簡単な工程にも思えるけれど、実際には長谷川白紙にひとかけらも残さず噛み砕いた咀嚼力、そしてグロテスクなまでの『消化』であり『昇華』が伴っているからこそ成し遂げられたことのようにも感じられる。

柔らかなピアノの旋律に、白紙の繊細な歌声が乗る。
「Freeway」はタイトルの通り、自由に、川が流れるように。
「光のロック」は原曲のみなぎる力をすべてピアノに託し、歌声は抑揚をつけて、たまに喉元をふるわせて。
「セントレイ」は、まるで夜空を駆けるかのようなメロディに、撫でつけるような優しさを加えて。

どれも、他人の楽曲であるはずなのに、長谷川白紙の曲としてしっかりと足裏の全面を地につけている。カバー曲に対して、こんなに抵抗がないどころか、快く受け入れられたことは、おそらく今までになかった。

正直に言えば、カバーアルバムに特段良い印象はなかった。作り手の思いをないがしろにしているような気がして、どちらかと言えば抵抗の方が先立って聴けなかった。

けれどこの「夢の骨が襲いかかる!」は違う。”ないがしろにする”どころか、むしろ、これほどのクオリティを耳にする限りでは、カバーは楽曲のもつ隠れた美しさを引き出し、また新たに別の命を吹き込むものなのだと心底感じた。

長谷川白紙の計り知れない音楽感性とその技術に、私はただ驚愕と感嘆を繰り返すばかりいる。

長谷川白紙待望のオリジナル曲「シー・チェンジ」について

本作に収録された唯一のオリジナル楽曲「シー・チェンジ」。
こちらもカバー曲と同様に、鍵盤と歌だけで構成されており、長谷川白紙の普段の楽曲(前作「草木萌動」「エアにに」等)とはまた異なった印象。余計なものが削ぎ落とされ、夢のなかで優しく包み込んでくれているかのような楽曲に仕上がっている。

”願い 願いだよ
やっぱりね 線はあるのね”

『線』とはタイトル「シー・チェンジ」から察するに、おそらく地平線の『線』。
確かにそこにある、けれど、目にははっきりとうつせないもの。

”わたしには 潮の全ての姿は
全然ね 聴ききれなくて 泣きそうで”

からだひとつでは、どれだけ生きていても海がもつすべての音を聴きとることはできない。
波打つ音、かわいた音、干涸らびていく音。
人が鳴らす音を”海”だと表現するのならば、無限に広がっていく音の正体にたどり着くのは不可能だと知り、それが何だか遣る瀬なくて『泣きそう』になるのだろう。

でも、遣る瀬なさだけでは、下を向くばかりでは、海を知ることすらできなくなってしまう。自身がカバーした曲たちのように、そしてまた音楽のように、無限の可能性をもつ海。
まだこの目に映せていないものが、奥深くで日を浴びる瞬間を待ち望んで眠っているのかもしれない。

”誰にも会わず 恵むゆめが聞こえたら
反射して 一番の外側で
きみを引き寄せるなら

わたし決めたの いつもそうでしょう
苦しくて 透き通ってて ゆがんでて
柔らかくて ふざけてて 疵(きず)があるままでいる”

『疵』は人体の皮膚ではなく、物の損傷や欠陥のこと。
一番外側の世界まで『ゆめ』を連れ出して、それが動く様をずっと見続けることができるのなら、
どんな姿になったとしても自身を快く受け入れて、海底に眠る音へ期待に胸を膨らませて待っている。

「シー・チェンジ」はそんな、長谷川白紙の音楽に対する愛と祈りがこめられた珠玉の名曲。カバーアルバムでありながら、自身がカバーした楽曲に引けをとらない高い音楽性が、きちんと今回のオリジナル曲にも反映されている。

長谷川白紙の楽曲はまさに”耳で聴く『美学』”

「夢の骨が襲いかかる!」は、21歳になり、音楽活動としても4年目を迎えた長谷川白紙にとって全くの新たな試み。であるにも関わらず、カバー曲として多くの人を巻き込んで制作された大傑作だ。

今までのカバーアルバムの概念を塗り替える、強烈なアレンジメントをくわえた楽曲のひとつひとつはまさに『夢の骨』。長谷川白紙の音楽遍歴のなかで拾ってきたそれらは、今作で巨大な”力”となって、私たちリスナーにタイトル通り”襲いかかって”くる。

長谷川白紙という一人のアーティストが生み出す、感性のギャラリーを渡り歩く私たちは、そこに在廊する彼を貪欲に知りたくなって追い掛けまわしながら、奥深くまで彼の未知なる感受性とともに今後ものめりこんでいく。

翳目