日曜昼間の憂鬱な贅沢ー「死んだ僕の彼女」が魅せた“生きる証”

日曜昼間の憂鬱な贅沢ー「死んだ僕の彼女」が魅せた“生きる証”

2020年1月19日、西永福JAM。
この日は良く晴れた日曜日だった。前日は0℃を下回る気温で、雪にはなりきれぬ霙が東京の地に降り注いでいたが、朝になるとまさに“快晴”。雲ひとつない青空と、春の訪れとも勘違いしてしまいそうな心地好い日差しが、霙で湿った地面を自信ありげに乾かしていた。

日曜の昼間 ということもあり、井の頭線を走る電車内は家族連れやカップルがちらほらと垣間見えた。絵に描いたような休日の光景だ。
穏やかで、近くから讃美歌でも聞こえてきそうな程だった。

午前11時過ぎ。井の頭線を降りた私は、目的地である西永福JAMへと少し歩を速めながら向かった。「Clab 9:00」と書かれたすぐ真下に、Cattle・For Tracy Hyde、それからこの日の私の大本命=“死んだ僕の彼女”の名前が並んでいた。

死んだ僕の彼女を知ったのは、正直明確に憶えていない。
学生時代の旧い友達から「聴け」と言われるがままにおすすめの音源を一通り借りた、ような気もするし、それ以前に年の離れた兄が実家で聴いていたのを、幼いながら耳にしてなんとなく印象に残っていた、ような気もする。

“死んだ僕の彼女” なんて物騒な、狂気じみた名前なんだろう。
そんなことを考えながら年月が経ち、高校を卒業したあたりだったか、偶然iTunesに入ったままの旧いデータを聴きたくなって、それからは私の耳にへばりついて離れず、ドロドロとした暗赤色の血液のように、私の音楽史に色濃くインプットされたのだ。

死んだ僕の彼女を観るのは、実はこれで2回目だ。というのも、死んだ僕の彼女は2017年7月から約1年間、活動を休止しており、なかなかタイミング悪くその間に私がどっぷり浸かってしまったのである。

しかし、その分最初に彼らを観たときの衝撃は凄まじいものだった。
忘れもしない2018年10月7日、念願の死んだ僕の彼女とのファーストコンタクトは、高円寺HIGHにて行われたKensei Ogata Bandとの2マン「ghost vol.5」だった。
ロングセットであったのにも関わらず、暴風のように轟音を掻き鳴らすその姿は、まだシューゲイザーというジャンルに疎かった私の首を強く絞めた。逃げたくなったのに、自身の目や足がそれを食い止め、アンコール終盤、vo.ishikawaがそれまで抱えていたギターを天高く飛ばし、地面に叩きつけ、狂喜乱舞の如くシャウトしながら半壊させ、木の破片をステージの外まで散乱させながら去っていった。

あれから1年と3ヶ月弱という月日が経ち、やっと二度目の死んだ僕の彼女を観る機会に恵まれた。晴天の日曜日。昼間の西永福で掻き鳴らされる轟音は、このまま空を割って、雨さえも降らしそうな勢いだった。

メンバーが登場し、1曲目に演奏された曲は「Rebirth and Karma」。新曲だった。艶やかな曲調が会場を揺らし、続く2曲目「手を振って」に繋げる。
「手を振って」はミドルテンポの歯切れの良い楽曲でありながら、歌詞はどこか内省的で、寂しさを与える楽曲だ。vo&syn.idetaの少女の如く甲高く美しい歌声が、楽曲が持つ喪失感をさらに増大させる。

「手を振って」の演奏後、ishikawaが今回の出演に際して改めて感謝の意を述べる。
「こんばんは…あ、いや、こんにちは。(笑) 今日は本当にありがとうございます。2020年も死んだ僕の彼女が続いているなんて全く思っていませんでした。よろしくお願いします」

その後は「Aki no Hachiouji」「fuyu no hachiouji」を続けて披露。
“儚さで”というフレーズが何度も繰り返され、その度にどこか胸が詰まる。

高校時代、親友とカラオケから解散し、家に帰ると誰もおらず、留守番係をしながら適当なテレビを垂れ流していた秋の夕暮れ。
ふと二階のクローゼットに用があったのを思い出し、実家の階段をタタタと駆け上がると、実家の庭に昔から生えている柿の木が秋の風に揺れているのが見えた。
私はそれを一瞬見て、そのままクローゼットの取っ手に手を掛けた。すると、ついさっきまで眺めていた柿の木よりももっと遠くから、男性の蠢くような咆哮が聞こえた。秋風に攫われてしまいそうだと恐怖を感じた私は、頭の先から爪先まで立ち始める鳥肌を必死に押さえながら、登ってきた階段を急いで降りた。

その約2年後の秋、日付こそ違ったはずだが、当時の恐怖体験の前にカラオケ店の前で解散した親友が亡くなった。

“一人きりの帰り道
君を思い出す
僕のこと笑ってた
馬鹿にして笑ってた”

「Aki no Hachiouji」を聴くと、涙が出る訳でもなく、自分を責めるのでもなく、ただただ、あの秋に起きた出来事を思い出すのだ。

本編全5曲が終わり、一度メンバーはステージを後にした。当然の流れかの如くアンコールを期待する拍手が起こり、ほどなくして照明がついた。既にじんわりと額に汗をかいたIshikawaが、先程までの興奮状態を保ったまま口を開ける。

「アンコールありがとうございます。本当だったらいつもみたいに、もっと溜めてから出てきたかったんですけど、このイベントの持ち時間がアレなのでサクッと出てきました。」と、ishikawaが少し照れ臭そうにしながら言う。そして、再度会場に残った観客に向け、興奮を落ち着けるようにしてidetaと顔を合わせながら、途切れ途切れに息を飲み込みつつ感謝の気持ちを伝えた。

「来てくれた皆さん、今日は本当にありがとうございました。そんなあなたたちにぴったりの楽曲を…『惨めに死んだ豚の彼女』という楽曲をやって、今日は終わります。」
最後までishikawa特有の皮肉めいた愛情表現に、会場は一層沸いた。

再度照明が落とされ、不穏なノイズが鳴り響く。
“明日からは もう会えないな
昨日会ったとき 笑ってたのにな”

遣り切れない悲しみや寂しさ、一人取り残された後の虚しさ。
喪失感だけが有り余ってしまったこの世の憂鬱さの全てを、この一節と、鳴り止まぬ轟音が掲げている。

アンコールとして演奏されたこの楽曲も、終わりに差し掛かろうとしたとき、ふとidetaに目を移すと、それまで狂気すら感じるほどの穏やかな表情で淡々と歌っていたidetaの口元が、小刻みに震えているのが分かった。口元の震えは次第に涙腺を動かし、最後のコーラスと共にそのダムは決壊。美しい真珠のような涙がidetaの頬を伝った。

きっと、MCでishikawaが口にした「2020年も死んだ僕の彼女が続くなんて思っていなかった」という言葉がideta自身にも響いたのだろう。この日、最も長いキャリアを持つ死んだ僕の彼女は、日曜の昼間には到底似つかない程の轟音を鳴らし、日本が誇るノイズポップ/シューゲイザーバンドとしての存在意義を証明した。
結成から優に10年以上が経ち、現在では「バンドマン」よりも「個人」としての生活を主体とする環境下にあるのだという。
だが、それでも私は、この日に集まった多くの観客と同じように「死んだ僕の彼女」を観続けたいと切に思う。

生と死の狭間であるこの空間で、陰鬱かつ甘美なメロディライン、凍るような低温度の男女ツインボーカル、そして重苦しく「死」を表現するノイズ。

それら全てをもってして「死んだ僕の彼女」という唯一無二の存在を全身で知ることができるのなら、私はこの世で生きる意味や自殺願望、明日を生き延びる為の指標など、もう考える理由はないのだ。

翳目