大森靖子と歩むピンク色の人生

大森靖子と歩むピンク色の人生

”愛してるなんてつまんないラブレターまじやめてね、世界はもっと面白いはずでしょ?”

ありきたりなI LOVE YOUは冷めるわ、もっとあなたらしいオリジナルの愛を伝えてよ。
大森靖子はいつだって直球で、ときに狂気的で、欲求不満な『女子の味方』だ。

素直になれない自分の姿を”絶対絶望絶好調”と形容し、右手で”ファック&ピース”を決める。
誰にも理解されないからこそ、私はいつまでも私らしい。
大森靖子は世間一般からしたら『弱点』だと言われてしまう部分に対して、溢れんばかりの愛情をボトボトと注ぎ続ける。

皮肉も嫉妬もお構いなし。
テレビや雑誌に特集組まれるような『女子力』なんてクソ食らえ、『情緒不安定』と名指しされて結構。
だってこれが私の生き方であり、大森靖子に出会えた私が出した『答え』なのだから。

女には時間がない

男子より女子の方が下だなんて、いつも言い負かされて折れなきゃいけないだなんて、
そんな息苦しい世界がこれから先もずっと続くなら、私は今すぐここから飛び降りたい。

”好きだったけどきらい、きもい、きらい”
今まで振り回されてきた色んな退屈。
不条理に湧き出るストレスで常に憂鬱、お腹は空腹。

「気分屋で自己中、子どもにみたい」なんて皆、口を揃えて言うけれど、
好きな時に好きと言って、嫌いな時に嫌い、と言えない人生のどこが楽しいんだろう。
人生80年だとしたら、今はもう4分の1をとうに終えたところ。

女にはいつだって時間がない。息を吸って吐く度に数え切れないほどの時間が過ぎているような気がするし、
きっとあっという間にオバさんになってしまう。
”おばさんになっても抱きしめて”なんて言えるほど現実は甘くないし、
妥協して選んだものに割く時間なんて、きっと微塵もないのだ。

対して、男は常にボーッとしてる。仕事終わりに最寄りのTSUTAYAへ寄り道して、
18禁コーナーの暖簾を手に汗握りながらくぐるのが、日々のモチベーションでありマスターベーション。
”ガードの固いガール”で几帳面に生きる女とはまるで違う、
隙だらけなのは男の方、とさえ思う。

女にはいつだって時間がない。
時間がないからこそ、好き勝手に生きることはやめられない、こちらはいつだって満身創痍だ。

「万人受け」という名の呪い

できたらもっと純粋に、もっとおしとやかに生きてみたかった。
年相応にはきっと一生なれないし、万人受けする魅力もない。
”モテたい女子力”のピンク色を纏おうとしていたはずなのに、気がついたら”ゆめゆめかわいいピンク色”のオーラが定着しちゃってる。

「メンヘラ気取り」と名指しで言われるのも飽きて、それ以外の言葉で自分を救ってくれないかなあ、と思った矢先、
大森靖子だけはこんな、何も持たない私のことを”非国民的ヒーロー”だって言う。
”そのひとつのミスで否定されても怯むな”
”折れずに生きてりゃ十分さ”
嘘でカロリーを大量消費して報われなかったとしても、せめて匍匐前進で生きていれば、そのうち出口が見えるって。

でも時には、自分が過去に犯した凡ミスに嘆くこともある訳で。
“今夜しか見れない流星群 キャラじゃないなんて甘えてるから逃してばっか”
もっと素直に生きていれば、もう少しマシな女の子になれたかなあ。

情緒不安定でちぐはぐな頭と身体を君と交換したい。
”君の気持ちはSNS 時に顔文字なくてSOS”
一日のテンションがLINEの通知の数で決まる女は、単純なはずなのにどこまでも難解で手に負えない。

”一目惚れなんて初恋の人に似ていただけでしょう?”
叶わないことは目に見えているのに、叶えてくれないことへの絶望に似た苦しさは、
一体誰を責めたらいいのでしょうか。

幼き日の自分と歩むピンクメトセラ

給食の時間が嫌いだった。

机を4つか5つ向かい合わせにして、島を作って互いの顔を見ながら談笑して食べる、あの時間。
なんとか自然に会話の中へ入る隙を見計らうけど、ベストタイミングはいつも自分を囲む誰かの元へ。
所詮色とりどりの八宝菜の中で、
私は目立たず地味な脇役で、味も香りも好かれもしない、キクラゲ程度でしかなかった。
”給食当番制反対 僕の牛乳が無いんです 八宝菜と見つめ合う 横顔を赤く染める夕日”

塾の先生と付き合った17歳、”恋はいけないことなんて教えてくれなかった”から、
いつの間にかどっぷりハマって麻薬みたいにクラクラ、
深夜のカラオケボックスに制服姿でなだれ込むのを”青春”だなんて形容した。
でも、大人になった今はとっくにそんな日々に絆創膏を貼って、見えないように傷を隠して社会の海に揉まれてる。
あーあの先生、もう結婚しちゃったかな。
あの頃、私が先にプロポーズしておけば、また何か違ったんだろうか。

大森靖子の歌は人生を変えない。何なら後から庇ってくれることの方が多くて、「もう少し早く言って欲しかった」と駄々をこねたくなることもしばしば。
だけどどうだろう。今はどんな過去の過ちも関係性も、”余裕のファック&ピース”で泣かずにいられる気がする。

”さよなら あんなに好きだったけど きらい、きもい、きらい”。

裁かれるには未だ早い。
私のメトセラ、大森靖子とこれからも土臭い道を歩むために。

翳目