『TENET テネット』『マンダロリアン』のルドウィグ・ゴランソンが描く映画音楽の新境地

『TENET テネット』『マンダロリアン』のルドウィグ・ゴランソンが描く映画音楽の新境地

2020年、大いに劇場を賑わせたクリストファー・ノーラン監督の『TENET テネット』。難解でスピード感のある展開に想像を絶する映像表現が加わり、息を吐く間もない2時間半が続く。きっと翻弄されながら本作を楽しんだ方も多いだろう。脳の処理を越えてなお黙々と進行(のみならず逆行)する映像体験に説得力を付加するべく、聴覚の面で素晴らしい仕事をした鬼才がいた。『ブラックパンサー』からチャイルディッシュ・ガンビーノの『This Is America』までも手掛けた作曲家、ルドウィグ・ゴランソン。本稿では、意外に知られていない彼のこれまでの作品をひもときたい。

作曲家としての萌芽--『フルートベール駅で』

今やハリウッド映画と切って語れない作曲家となったルドウィグ・ゴランソン。彼は1984年、スウェーデンのリンショーピンに生まれた。ベートーヴェンのファーストネームからとってルドウィグと名付けられ、幼い頃からギター教師である父親に音楽を教わりながら育った。彼はストックホルム国立大学を卒業後、映画音楽を学ぶため23歳で渡米、南カリフォルニア大学に進学。『プラダを着た悪魔』などの作曲家セオドア・シャピロに師事し、アシスタントとして映画音楽の現場を学んだ。

ゴランソンの長編映画デビューは、2013年の『フルートベール駅で』。アフリカ系市民が白人警官に射殺された実話をもとに描いた映画で、監督はゴランソンと同じ南カリフォルニア大学の卒業生、のちに『クリード』や『ブラックパンサー』でもタッグを組むことになるライアン・クーグラーだった。

『フルートベール駅で』ポスタービジュアル

本作のスコアでは、ゴランソン作品には珍しくクリーンなアコースティックギターのサウンドが多用されており、のちにゴランソンの代名詞ともなる環境音のサンプリングも見られる。『Bart Station』で使われている不穏な低音は、実際に事件の起こった地下鉄の走る音をサンプリングしたもの。それを踏まえると、平和で美しいギターの音色の下にあった主人公の人生の尊さがますます重く圧し掛かる。

ゴランソンはインタビューで、本作のスコアについてこのように語っている。

“映画そのものに力強いメッセージがあるので、音楽には場面に対するハイライトとして、感情や緊張感を増長させる役割をして欲しかった。”
--Ludwig Göransson Breaks Down His Movie & TV Scores | Critical Breakthroughs | Pitchfork(YouTube)15分3秒より

サンプリング由来の不穏な電子音とクリーンなギターアルペジオのコントラストが秀逸で、日常の儚さ、事件の悲惨さを見事に表現。デビュー作にして既にそのスケールの大きさが垣間見える作品となった。

架空の王国を立体化した出世作--『ブラックパンサー』

言うまでもなく、ゴランソンの作曲キャリアの大きな礎となったのは、2018年の映画『ブラックパンサー』のサウンドトラックだろう。彼にとって『ブラックパンサー』は、長年タッグを組んできたライアン・クーグラー監督と挑戦した初めてのヒーロー映画でもある。アフリカの広大な大地に存在する秘密の王国ワカンダを舞台に、父の跡を継ぎ、王の顔を持ちながらブラックパンサーとしてヒーローになる男ティ・チャラの成長を描いた本作。

『ブラックパンサー』ポスタービジュアル

スコアを手がけるにあたり、まずゴランソンはアフリカに赴いた。現地の文化や音楽を知らずに作ることはできないと悟ったのだ。アフリカで音楽を学び、セネガルのトーキングドラムを効果的に散りばめ、映画全体をアフリカの音で満たした。

また、『Wakanda』の印象的なボーカルトラックは、グラミー賞ノミネートの経歴も持つセネガル人歌手バーバ・マールによるもの。彼と接触したゴランソンとクーグラー監督は、FaceTimeで映画のアイデアを説明する中で、構想していたコードをいくつかバーバに聴かせた。すると彼はすぐさま歌い始め、あっという間に曲が完成したのだ。歌詞は象は死んだ 何者かがその後を継がねばならない しかし急ぐなかれ”というもの。象は現地で王を意味する言葉で、まさに映画のストーリーを体現している。

映画の舞台ワカンダは現実のアフリカとは異なり、SF的ともいえる高い科学技術を持つ国だ。アフリカのミュージシャンたちの奏でる音楽に、ゴランソンの得意とする電子音楽が絶妙に絡みあい、架空の王国が立体化した。『ブラックパンサー』は、全米ではあの『アベンジャーズ』を超える興行収入を叩き出し、批評家からも絶賛。アメコミ映画としては初めてアカデミー賞にノミネートされ、ゴランソンは作曲賞を獲得した。

ちなみに、2018年のゴランソンは『ブラックパンサー』だけでは終わらなかった。彼はチャイルディッシュ・ガンビーノの『This Is America』をプロデュースし、グラミー賞を受賞。映画音楽だけでなくポップミュージックのシーンでも功績を挙げたゴランソンは、一気にアメリカの作曲家としての地位を高めた。

無調サントラの真骨頂--『TENET』

これまでクリストファー・ノーラン監督の作品を多く手掛けてきたハンス・ジマー。彼が他作品との兼ね合いで2020年公開の新作『TENET テネット』に参加できないということで、ノーランに推薦したのが新鋭ルドウィグ・ゴランソンだった。

『TENET テネット』ポスタービジュアル

『TENET テネット』でノーランが描いたのは、時間の逆行という未知の冒険だった。あくまで実写にこだわったダイナミックな画面に、難解なストーリーが展開する本作。観客を掴むには、あのスクリーンに説得力をもたせるような誰も聴いたことのない音楽が必要不可欠だった。ジマー以外が音楽を手がけることを不安に思ったノーランのファンも多かっただろう。しかし、劇場に入るなりそれも杞憂だったと気付かされた。特にIMAXの音響で、『TENET テネット』は至高の音楽体験になった。座席をも揺らす暴力的なベース音と、映画音楽にしては耳を疑うほど歪んだギターが鳴り響き、即座に物語へのライドを余儀なくされる。

例えば『Trucks In Place』。ストーリーの序盤、トラックでの作戦で使われる曲だ。イントロから奇数拍でアクセントの入る様は、居心地の悪さを際立たせている。消防車へ乗り移った後から一気に音色が変わるが、そこで流れる特徴的な音は実際のトラックの音をサンプリングしテンポを下げるなどしたもの。他にもサイレンなど実際に普段から我々が耳にしている音をサンプリングし、あたかも逆行する景色から響いているような音に変貌させた。順行陣営と逆行陣営の入り乱れる理解不能な光景にも説得力を持たせ、ただ受け入れるしかないと思わせる、力のあるサウンドトラックが完成したのだ。

綿密な聴覚体験--『マンダロリアン』

時系列からいえば、『マンダロリアン』のスコアは『TENET テネット』に着手する前に完成しているが、筆者の個人的な見解では、このサウンドトラックはゴランソンのキャリアの中で最も輝かしい作品である。

2019年に配信が始まった『マンダロリアン』は、『スターウォーズ エピソード6/ジェダイの帰還』から5年後を起点とした物語である。主人公ルーク・スカイウォーカーが帝国の暗黒支配を終わらせた“エンドアの戦い”後の宇宙が舞台。最も古い三部作(エピソード4〜6)と最も新しい三部作(エピソード7〜9)を繋ぐ役割を持つであろう大切なシリーズだ。

『マンダロリアン』ポスタービジュアル

ファンしかその名を知らないであろうマンダロリアンという民族(著名なマンダロリアンとしては、オビ=ワン・ケノービと戦った賞金稼ぎジャンゴ・フェットなどが登場)。完全にコアなファンだけを対象とした物語かと思われたが、いざ蓋を開けてみれば最新三部作と比べても劣らない、むしろ勝るほどの出来だった。作品を素晴らしくした要素は多々あるが、その中でもとりわけ音楽の功績は大きい。何を隠そう、筆者がゴランソンの音楽に傾倒したきっかけとなったのもこのシリーズである。

音楽に感情を語らせたゴランソンのスコア

『マンダロリアン』では、ドキュメンタリー調の撮影技法が多用されている。典型的なハリウッド映画のように迫力あるアップショットは少なく、対象を遠巻きに撮影したり、街角で誰かが営む生活を舐めるように映すなど、リアリティを強調させる演出が目に付く。ルークやレイ、アナキンなどのような選ばれし者ではなく、名もなきマンダロリアンを主人公に据えている本作。主人公の男は素顔も本名も明かさない。そのような点から推測するに、本作の撮影技法は“普通の人も力強く生きており、それぞれにドラマがある”というメッセージを強調するために違いない。

しかし、そのような映像は冗長さをもたらしかねない。本作の脚本を務めたジョン・ファヴローは、ルドヴィグ・ゴランソンに音楽を依頼するにあたって、表情を見せないマンダロリアンの代わりに、音楽に感情を語らせたいという目論みを伝えた。音楽の人称を主人公に一致させることで、マスクの内側を補完しようとしたのだ。

その要望を汲んでゴランソンがシリーズのために作った音楽は、合わせると4時間にも及ぶ。これまで彼が関わったどの作品よりも量のあるものとなった。それぞれの冒険で描かれる主人公の感情、緊迫感を緻密に再現するために十分な音楽が準備され、全8話のTVシリーズが毎週公開されるのに合わせ、チャプターごとのサウンドトラックがデジタル配信された。

幼少期の感覚とリンクする素朴さ

『スター・ウォーズ』の生みの親であるジョージ・ルーカスは、『マンダロリアン』の脚本家ファヴローに対し、こう語った。

“あらゆる物語、あらゆる神話の真の観客は、大人になりかけている子供たちだ”
--Here’s What Jon Favreau And George Lucas Have Been Talking About For The Mandalorianより

この言葉に通ずるところのある話だが、インタビュー(※注1)などによるとゴランソンにとっての『スター・ウォーズ』との出会いは音楽だったようだ。やはりスター・ウォーズとジョン・ウィリアムズのスコアは切り離すことができない。幼いゴランソンは、故郷のオーケストラが演奏する『帝国のマーチ(ダース・ベイダーのテーマ)』でスター・ウォーズに出会い、音楽から壮大な宇宙を感じたそうだ。ファヴローから依頼を受けたゴランソンは、『マンダロリアン』のスコアを手掛けるにあたって、幼少期の感覚を自分の中に取り戻すことから始めた。これまでのように素材を編集しビートを作るようなコンピュータでの作曲を一旦中断し、生の楽器を手に取ったのだ。幼いゴランソンにとっての音楽とは、地下室で節操なく楽器から楽器へ飛び回りながら、おもちゃで遊ぶように作るものだったからだ。

※注1:
Ludwig Göransson Breaks Down His Movie & TV Scores | Critical Breakthroughs | Pitchfork(YouTube)4分30秒より
How ‘The Mandalorian’ Score Found The New ‘Star Wars’ Sound(YouTube)36秒より

まず彼は素朴な楽器を想定し、リコーダーを数本購入した。その成果は再生するとすぐ耳に入ることになる。劇中で最初に使用される楽曲、サントラの一曲目である『Hey, Mando!』は、そのリコーダーを前面に押し出している。この曲の特徴的なリズムのベースリコーダーと同時に、マンダロリアンはいぶし銀の甲冑姿を観客に披露する。

ゴランソンは、これまであまりベースリコーダーを演奏した経験がなかったため、数時間部屋にこもり手探りで練習した。そして、かなり早い段階であの特徴的なイントロのリズムが生まれた。当初、『スター・ウォーズ』には先進的で機転の利いたスコアが必要であると考えていたゴランソンだったが、どうしてもそのシンプルなリズムが頭から離れず、結局そこから展開してテーマ曲を書き上げたのだという。

ライトセーバーやフォースを用いた戦闘もなければ、宇宙の命運をかけて戦争に参加するわけでもなく、スペースシップで宇宙を放浪する一匹狼の賞金稼ぎの物語。これまで描かれてきたどの『スター・ウォーズ』シリーズとも一線を画すものだが、第1話を観終えると「なんてスター・ウォーズらしい作品なんだ」と思うはずだ。ルークやアナキン、レイと同じように砂漠の惑星で、誰でもない主人公として冒険を始めるマンドー。フォースを使わずとも、彼だって選ばれしものに違いない。第1話、最後のカットで再び『Hey, Mando!』のイントロが流れるが、この飾らないリズムがマンダロリアンをいかに象徴しているか再確認させられる。

一匹狼の物語を壮大な宇宙へと繋げるオーケストレーション

やがて、エンドクレジットに入り『Hey, Mando!』のベースリコーダーから展開し書き上げたというメインテーマ『The Mandalorian』が流れる。ハードボイルドな曲調から一転しオーケストレーションに持ち込む展開は感動的だ。

ゴランソンは同時期にレコーディングを行っていたジョン・ウィリアムズ監督の『スカイウォーカーの夜明け』のオーケストラを見学し、直後『マンダロリアン』の演奏にも起用したというエピソードがあるが、まさに『スター・ウォーズ』の壮大さを十二分に表現する出来となっている。黙っていても、宇宙の片隅を生きる一人の賞金稼ぎの物語が、“フォースの子供”との出会いから壮大な宇宙の運命へと繋がっていく未来が脳裏に浮かんでしまう。

そして、ここまで情景を脳裏に映してしまう作曲家は、これまで存在しなかったのではないだろうか。映像に限りなく近い部位をつかさどるような音楽を作り出してしまう鬼才ルドウィグ・ゴランソンは、映画音楽の未来そのものだろう。これから彼がどのような景色を見せてくれるのか、楽しみで仕方がない。

鈴木レイヤ