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【インタビュー】Yo La Tengo「明示的でないことが答え」──叫ばない表現が導いた『This Stupid World』

By鈴木レイヤ

7月28日、Fuji Rock Festival 2023にYo La Tengoが出演し、すっかり整った夜のフィールド・オブ・ヘヴンに不可分な音の世界を作った。このインタビューはその出番の数時間前に行われた。僕は終始時間を気にしていて、ちらちらとストップウォッチに目をやっていたが、取材に応じてくれたアイラ・カプランは落ち着いていた。決してのんびりしたスケジュールではなかったはずだが、彼は丁寧に一言ずつ言葉を探しながら、こちらの目を見て語ってくれた。そういう態度から、僕は少しだけこのバンドのことが解ったような気になった。

でも、解ったことなんか何一つないと言うべきだと思う。僕にとってYo La Tengoの音楽の第一印象はその不透明性だった。彼らの描く磨り硝子ごしに見たような世界の裏には何があるのだろうか?それを知りたくて僕はインタビューに臨んだ。アイラは確かにバンドについて語ってくれたが、Yo La Tengoという存在がそうであるように、それは明示的な情報ではない。それは一種のメタファーだ──彼の言葉、そしてYo La Tengoの音楽は一歩離れてじっくりものを見ることの大切さを教えてくれる。

写真提供=Kazma Kobayashi

全ての要素がぼんやり影響し合っている

──まず、フジロックに関して質問です。今回で5回目の出演ということですが、このフェスティバルの印象はどうですか?

フジロックは大好きだよ。良い思い出もあるしね。フィールド・オブ・ヘヴンに出るのは今回が2回目になるかな。かなり前だけど、フジロックに出たとき同じ日にSun Ra Arkestraが出てた回があったんだよ……その時は僕らのステージにSun Raのメンバーが何人か残ってさ、一緒に演奏してくれたんだよね(*)。普通フェスって、ステージに出てきて人気曲を演奏して帰っていくだけってことが多いけど、こういう経験ができるのは貴重だと思う。

*FUJI ROCK FESTIVAL 2003の3日目、ホワイトステージにて共演

──山に囲まれているという会場の環境もフジロックの特徴の一つですが、フェスの環境だったり景色が演奏に影響したりすることは?

それは、もちろんあるんじゃないかな……かといって説明は難しいな。まず、どんな環境でも演奏に影響してるってのが僕らの理想かな。でも、ステージに上がる時に、事前にこういう表現をしようねって打ち合わせてるわけじゃないから……こういうのって自然と起こっていくことだから。もちろんどの曲を演るかは決めてるし、演奏の表現が成り行き任せってことだけど……これはもっと言えば観客任せ、環境任せというかね。全ての要素がぼんやり影響し合っていると思う。

曲を知りすぎてしまっていた

──「ぼんやり影響し合っている」といった言葉は、今作や前作のアルバムに関するインタビューなどでも仰っていたように思われます。スタジオに入る前に特にプランを立てていないとか。コンセプトを持たずに音楽を演奏し、何かが起こるのを待つ。いつからこういったアプローチで制作するようになったのですか?

時間が経つにつれて、だんだん今の形に落ち着いていったかな。本当の意味で最初にそういうことをしたのは1995年の『Electr-o-pura』だったね。あの時はナッシュビルまで行ったんだけど、自分たちで好きにスタジオを使える状況でレコーディングをしたのは初めてだったよ。期間は1ヶ月か3週間だったかな。あの時「衝動で完成させる」っていう試みが生まれたんだ。

Matadorと契約する前のアルバムなんだけど『May I Sing With Me』がリリースされた時、実は自分たちで作品の出来にがっかりしてしまったんだよね。そういう感想になってしまったのって、多分僕ら自身がアルバムの曲を知りすぎてしまっていたからなんだよね。そうなると新しい発見はもうないから。『Electr-o-pura』で意図的に、スタジオ内で曲を制作しながら、変えていく手法をとったのにはそういう背景もあったかな。

ここのところジェイムズ(・マクニュー)のレコーディング技術がどんどん上達してて、最近はレコーディングまで自分たちで完結するようになった。だから直近2作に関してはスタジオにすら入ってないんだよね。今は自分たちの練習スペースがスタジオ代わりになってて、文字通り、そこで練習を通して自分たちの曲と出会い、習いながら、作曲からレコーディングまで行ってるよ。

だから、こうなると必ずしも順番通り作業しなくていいよね。大抵の場合って、スタジオに入ったらスケジュールに余裕があっても完成させないと仕方がないけど、自分たちの場合はやりたいようにできてるんだ。

──現在は制作の締め切りだったりはないんでしょうか? 私としてはどうしても仕事に区切りというものは欲しくなりますが。

少なからずあるよ。最近、音楽業界に関する古い本を読んでたんだけど、月曜にレコーディングして金曜にリリースとか書いてて、さすがにそれはもう過去の話だよね。Matadorは「いついつにアルバムを出したいなら、こっちの作業を始めるタイミングがあるから何月までに送って」って感じで、緩い締め切りを作ってくれてるね。

ただ、初めてではあるんだけど、今回のアルバムは締め切りに間に合わなかった。まあ、こういう自由はいつも大切にするようにしてるから。これは資本主義的な成功を目指してレコードを作っていないバンドの利点でもある。出来上がったらリリースするし、もし出来ていなかったら出来るまで頑張ろうというだけだよ。

──前もって方向性もなければ、コンセプトもない。にも関わらずそれぞれのアルバムごとにサウンドに特徴があります。それもスタジオ内で自然と形作られていくんですか?

もちろん制作中のムードで形になっていくことはあるよ。曲から曲へサウンドが感化されていくことはよくあるから。例えば、『There’s a Riot Going On』に、やりたいことが2つあるけど、どうしても両立できないという曲があった。その時は結局、1曲から2つの曲を作ったんだ。そうすることで、それぞれでやりたいことを達成できた。素材は自然と形を変えていくから、そういう流れで特徴となるサウンドが現れてくるんじゃないかな。議論やコンセプトというより、僕らの制作スタイルはこうやって曲ごとヴァースごとで試行錯誤していく感じだよ。

あとは「サウンド」が曲順から来ることはあるかもしれないね。アルバムの収録曲が一緒でも順番を入れ替えたら「アルバムの音」もガラッと変わるはずだから……ラジオの良さもそこだよね。普段からよく聴いてるけど、全然関係のない2曲が偶然順番に流れたら、これまで感じたこともない繋がりが急に見えてきたりするし。そもそも「アルバムの音」もそれと同じかもしれないと思う。

殻が割ってくるようにパッと思いついて

──今回のアルバムで一番面白かったもの、印象的だったものはありますか? 演奏中でも制作中でも構いません。

今思い浮かんだのは、今日演奏する曲ではないんだけど「Brain Capers」だね。完成までにかなり時間がかかった曲で、一時はダメかとも思った。気に入っている部分があったんだけど、どうしてもこれだって形にできなかったんだ。一旦寝かせて別の曲に取り組んで、また戻ってきたけど全然しっくりこない。でもある日、殻が割れたみたいにパッと思いついて、ギター・パートを2つ追加したんだ。それでかなり変わったね。どういうわけか形になったんだよ。この曲に言及してるレビューを見た時は嬉しかったね。

まあ、同じ意味の「楽しい」じゃないけど、全曲楽しかったのは確か。というか、楽しいって感じじゃない曲もあったけど……どれもエキサイティングだったよ。

──最初に出来た曲はどの曲ですか?

今の時代、これは難しい質問だと思うよ。Pro Toolsを使ってると、完成と思った後でも手を加えることが出来てしまえるからね。どの時点で出来たと言うかでかなり答えは変わるけど……「Sinatra Drive Breakdown」だったか、確かあれが最初に練習場でやった曲だったはずだ。ジャムで作って、一発で形になったんだ。結局その後でまた手を加えてるから、オリジナルを聴いても全然違うとは思うだろうけど。かなり変わったよ。確か歌パート以外でかなりオーバーダビングしたんだよね。でも、ある意味では他より先にできた曲なのは確かだ。

昔は、スタジオでテープで録音して、ミックスが終わったら完成、という流れだったけど、今は何でもPro Toolsだから。全部記録されてるせいで、過去の状態に戻そうと思えばいくらでもできるんだよね。昔は書き残しておかないといけなかったし、それでも再現性は低くなるよね。今では完全にその状態に戻せてしまう。これも良い面と悪い面があるよ。悪い面は、すぐに完成させなくても良くなったことだ。笑

暗示する形でアプローチしたかった

──Yo La Tengoのアルバム・カバーには一定の統一感がありますよね。写真のアートワークの場合、遠景の抽象的な風景が多いかと。しかし抽象的でありながら鮮やかなところが目に付きます。こういったアートワークの裏に何かストーリーはありますか?

多分、単にそういうのが好きなんだと思う。今回のアルバムの場合はGODLISっていう、知り合いの写真家の作品。昔からCBGBなんかでよく会っていた仲間で、今回協力してほしいってお願いした。『This Stupid World』というアルバムのタイトルと意味を──インタビューでも語らないぐらい詳しく説明して、それから作品を何枚か送ってもらった。

今回のカバーはその中の写真から選んだけれど、実は1枚じゃなくて2枚の写真の組み合わせなんだ。寛大にもOKがもらえたんで自分たちで自由にコラージュして完成させたよ。

『This Stupid World』アートワーク

──今回のアルバムタイトルは非常に示唆的ですよね。現代のこの世界には連想される状況がいくつもあって、否応なしに浮かんできますけど。そういう認識でタイトルを捉えて良いものでしょうか?

いや……どう言うべきかな。実際、僕ら3人にも政治的な信条はあるよ。しかも、かなり芯のある意見だと思う。お互いに意見を交わしたりも日常茶飯事だし。明確にしても多分誰もびっくりしない思想だとは思うけど、それでもバンドとして表明するつもりはない。

今回GODLISが送って来た写真の中には、誰がどう見ても伝わるぐらい政治的な問いかけが明らかなものも入ってたんだけど、そういうものは選ばなかった。そこをはっきりさせないといけないとは思わないし、僕らはどちらかというと暗示する形でアプローチしたかったから……何か意見があるとして、それを大声で叫ぶんじゃなくて、表現する方が効果的だと思うんだよね。というか、これがほぼ答えかもしれない。

──最後の質問です。Yo La Tengoの活動は現在40年になろうとしています。長いスパンで一緒にいて音楽を作っている中で、関係性や音楽への向き合い方も変わってきたかと思います。現時点であなたにとって音楽はどういったものですか?

そうだね……まず変わってないものは、始めた時も、今も、音楽は自分の全てだということ。表現力は昔より成長していてほしいなって思うけど。

3人でスタジオ──というか練習スペース、そこに集まっていつも練習するんだけど、集まってからの流れはその日によってまちまちなんだよね。顔を合わせてもなかなか練習を始めないで、結局45分もお喋りして、10分しか演奏できなかったってこともあるんだ。それでもう家に帰るとか、そんなことも全然ある。でも、それも音楽だし、それがまさに人生じゃないかと思う。

RELEASE

Yo La Tengo『This Stupid World』

レーベル:Matador / Beat Records
リリース:2023/02/10

トラックリスト:
01. Sinatra Drive Breakdown
02. Fallout
03. Tonight’s Episode
04. Aselestine
05. Until It Happens
06. Apology Letter
07. Brain Capers
08. This Stupid World
09. Miles Away

*商品ページ:
https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=13117

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鈴木レイヤのプロフィール画像
鈴木レイヤ

1996年10月2日、愛媛県新居浜市大生院生まれ。タイ国立カセサート大学農学部卒業。小説家。

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Taku Tsushima/92年、札幌生まれ。『musit』編集/執筆、『ヨムキクノム』スタッフ/バイヤー。個人ではシューゲイザーに特化したメディア&プラットフォーム『Sleep like a pillow』主宰。イベント企画やZINE制作、“知識あるサケ”名義でDJなど。

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