ライブは瞬間だと思う。音は鳴った刹那に消えてしまう。それでも不意に聴こえない音が聴こえてくることがある。感動的なライブにはそんな奇跡が待っている。消え去った音が魂に刻印されるからで、それが積み重なり永遠になった時、我々は気付くはずだ。「今を生きている」と。そんな生の高揚を感じさせてくれた素晴らしいライブだった。
七尾旅人のワンマンツアー『Long Voyage』。その趣旨は、彼のニュー・アルバムである『Long Voyage』の全曲再現という試み。既に開催されていた徳島や高知での公演は来場者から絶賛の声が上がっていたが、東京公演となるLINE CUBE SHIBUYAでは、バンドセットでのライブということも相俟ってファンの期待値も高かったと思う。
七尾旅人のほか、本ツアーに帯同したShingo Suzuki（Ba.）、山本達久（Dr.）、小川翔（Gt.）、瀬尾高志（Cb.）、TAIHEI（Key.）、ゲスト・ヴォーカルに大比良瑞希と卓越したプレイヤビリティーを持ち、常に音楽に対する情熱を抱いている7人が集まることで生み出されたのは、色彩豊かな優しいグルーヴであり、音源からは得られないライブだけの一回性の魂の浄化であり、緊張感はあったけれど他者を許す圧倒的なフレンドリーな空気であり、「いま、ここ」にいる誰もが繋がっていると感じられる圧倒的な祝祭のように思えた。
<img loading="lazy" class="alignnone wp-image-23147 size-full" src="https://storage.googleapis.com/stateless-musit-net/2023/03/69be4b1b-tkp_7539.jpg" alt="" width="2000" height="1333" />
<img loading="lazy" class="alignnone wp-image-23017 size-full" src="https://storage.googleapis.com/stateless-musit-net/2023/03/250ec25a-tks_8705.jpg" alt="" width="2000" height="1333" />
アルバムは、七尾の個人史と様々な国の世界史が入り乱れ、時代や歴史が、楽曲として解き放たれた時、観客はこの世界はあらゆる種類の生物の坩堝であるという「生のカオス」を感じさせてくれる傑作だった。様々な時代に置かれた人間の生の有り様を描いていた。突き詰めていけば「それでも人は生きて、やがて死ぬ」という端的な真実にほかならない。七尾は己の魂を削りながら「だからこそ生きよう」と真摯に伝えてくれた。
そんなアルバムの再現ライブで改めて感じたのは、『Long Voyage』の構成がドラマティックで活き活きとした生きた物語を形成していることだ。ここに来て、彼のストーリーテラーとしての手腕は、創作の気力と彼の独自の魅力、さらに多くのゲスト・プレイヤーに支えられた音楽的な技術も含め、それらが高いレベルで手を取り合った「知情意」の三拍子が揃った見事な地点まで達していると思う。七尾もMCで「（ライブは）まだまだブラッシュアップしていく」と語っていたし、これからのツアーもアルバムの物語性を解体しながら再構築し、さらに『Long Voyage』の世界観を完璧に再現させようとする並々ならぬ想いもしっかり受け取ることもできた。彼の音楽にかける情熱はいつだって変わらない。
<img loading="lazy" class="alignnone wp-image-23033 size-full" src="https://storage.googleapis.com/stateless-musit-net/2023/03/23deae35-tkp_7487.jpg" alt="" width="2000" height="1333" />
まず舞台美術が美しかった。至るところに流木が立てかけられ、舞台の中央後ろにジャケットの筏の帆を模したセットがあり、後ろには幕が降りて照明が星を表現する。演者の後ろに添えられた何本かのライトが楽曲に合わせ美しく光る。七尾の今回のツアーに対する造形へのこだわりを強く感じる。会場全体を船に見立て、我々はその船員であることが理解できるし、『Long Voyage』の世界に没入できる。
<img loading="lazy" class="alignnone wp-image-23021 size-full" src="https://storage.googleapis.com/stateless-musit-net/2023/03/d3d0b04e-tkp_7896.jpg" alt="" width="2000" height="1333" />
そして音響も良かった。スタッフワークもほぼ完璧に近かったと思う。バンドセットのツアーの初日だし、先のMCのようにこれからも試行錯誤をしていくと思うが、それ以上に、何かを伝えようとする熱意をひしひしと肌に感じる。ファンの期待も演者の心意気もうねりながら異様なテンションを会場に作り上げていたと思う。開演前には波のSEが鳴っていたが、定刻を迎えると音が消え、万雷の拍手で七尾が登場しメンバーを紹介していく。ファンは彼の微笑ましいトークを期待しているかもしれないけれど、ほとんどMCなしに、タイトな演奏を聴かせていく緊張感のあるライブ構成だったし、一音一音にかける集中力に圧倒された。だからこそだろう、1曲目の「Long Voyage『流転』」からバンドのアンサンブルは切れ味が鋭かった。隙のない演奏でありながら、音と音の間に余白が生まれ、観客は楽曲に、プレイヤーに感情移入できる。つまり、必要なところで必要な音だけが鳴っているのだ。
<img loading="lazy" class="alignnone wp-image-23019 size-full" src="https://storage.googleapis.com/stateless-musit-net/2023/03/20fa1a54-tks_8655.jpg" alt="" width="2000" height="1333" />
七尾旅人の悲哀を帯びたガットギターから始まる2曲目の「crossing」からの3曲目の「未来のこと」でのバンドのアンサンブルは観客の感情を一気に高揚させていく。後者でのギターの小川翔のフレージングには健やかな優しさがあったし、TAIHEIの鍵盤は美しい軌跡を描いていく。続いて社会への風刺をスパイスにしながらも嫋やかでソウルフルで味わい深い「Wonderful Life」とブルースな「入管の歌」と続き、耳と同時に我々の目さえも澄ますことで、我々が経験している「現実」を直視させ続ける。後者では瀬尾高志のコントラバスの弦を弾いた時のノイズが楽曲の持つ悲劇を余すことなく表現している。
<img loading="lazy" class="alignnone wp-image-23030 size-full" src="https://storage.googleapis.com/stateless-musit-net/2023/03/778961f8-tkp_7563.jpg" alt="" width="2000" height="1333" />
序盤のハイライトは「ソウルフードを君と」だろう。ポエトリーリーディング風の七尾の淡々とした歌が歴史の悲喜劇を垣間見せ、コーラスでテンポの良いジャジーな雰囲気に転調すると、楽曲に内在するテーゼと鳴っている音とのギャップに圧倒される。我々はこの曲を聴きながら陽気になり、同時に悲しみを覚えていくのだ。人間は本来、単色な主義や主張には侵されない複雑なものだと理解できる。七尾は、演奏の最中にメンバーにアドリブで「地元のソウルフードは何？」と聞いていく。緻密に練り上げられたライブの楽曲でも即興的なところを忘れないところが彼らしいし、七尾流のライブ・マジックを感じるだけで楽しい。
「リトルガール、ロンリー」と「フェスティバルの夜、君だけいない」の流れでは、稚拙ながら彼の<a href="https://musit.net/music/disc-review/19845/" target="_blank" rel="noopener">ディスクレビュー</a>でも書いたけれど、他者の不在と同時に他者の発見を促していく。後者の〈フェスティバルの夜／君だけいない〉という歌詞で、喪失を歌いながらも行間に込められたメタファーが他者の存在を幻視させることによってファンタジックな曲の展開を見せる。何より鳴らされている音が優しさの中に人間の生存の悲しみを感じさせる演奏で感動的だった。
<img loading="lazy" class="alignnone wp-image-23032 size-full" src="https://storage.googleapis.com/stateless-musit-net/2023/03/aca0bae2-tkp_7495.jpg" alt="" width="2000" height="1333" />
そしてシームレスに「Long Voyage『停泊』」になるとバンドのグルーヴは頂点に達して、歌詞で歴史を横断しながら、音を垂直に鳴らすことで、音像に独特の奥行きが生まれ、その瞬間に目には見えないはずの映像が我々の目の前に浮かび上がってくる。それは説明できない宇宙的な何かであり、同時に何者でもない我々が普段目にしている風景でもある。「荒れ地」での七尾旅人の声は、怒号のようだけれどしなやかに、地べたを這いずりながら、決して上から人を見下ろすことなく、生活の歌を、人が生きるための縁を歌っていく。彼の声の凄さは「人がこの理不尽な世界でも生きていることの尊さ」をリアルに感じさせるところだと思う。山本達久のドラムミングはどの曲でも正確無比だけど、この曲の持つ荒々しさと同時にナイーブさをビートに託して表現していたし、Shingo Suzukiのストイックなベースラインがボトムを支えながら、決して曲を壊すことなく、七尾の生々しい声のリアリティーを空間に響かせていく。
<img loading="lazy" class="alignnone wp-image-23018 size-full" src="https://storage.googleapis.com/stateless-musit-net/2023/03/ab3e6a38-tks_8700.jpg" alt="" width="2000" height="1333" />
「ドンセイグッバイ」でゲストの大比良瑞希との歌が、このライブでの2回目のハイライトだと思う。大比良の声は張りがあって淀みのないピュアネスに満ちている。ここでは七尾と大比良が交互に支え合うように「出会いと別れの必然の持つ悲しみ」を淑やかに歌っていく。
<img loading="lazy" class="alignnone wp-image-23026 size-full" src="https://storage.googleapis.com/stateless-musit-net/2023/03/7cb95118-tkp_7645.jpg" alt="" width="2000" height="1333" />
その後、七尾がMCで「チューニングをしたことがなかったけれどバンドを始めて覚えた」といった冗談で観客の笑いを誘いながら「if you just smile（もし君が微笑んだら）」に傾れ込む。既にジャズのスタンダード・ナンバーのような佇まいは、彼のレパートリーにしっかり根付いていて、観客は思わず首根っこを掴まれて、彼の描く物語の源泉まで引き摺り込まれる。その源泉に佇んでいるのは他ならぬ「人間」でもあるのだ。このライブではあるがままの「私」を発見させてくれる。
「Dogs & Bread」は、彼の愛犬たちの歌だと思うけれど、バンド全体がリラックスしてファニーな音を鳴らしていて、雲間から差し込む優しい光の筋を眺めるように心を休めることができる。「『パン屋の倉庫で』」では七尾の個人史を披露しながらもギターの調べがしとやかで湿っぽくならないし、「ダンス・ウィズ・ミー」は山本のバウンス且つリズミカルなビートがバンドを引っ張って、社会の片隅でも「あなた」と踊ることができるんだという、我々への柔らかい励ましの曲となって会場の空気を温かくする。
<img loading="lazy" class="alignnone wp-image-23024 size-full" src="https://storage.googleapis.com/stateless-musit-net/2023/03/c83e77aa-tkp_7725.jpg" alt="" width="2000" height="1333" />
「미화（ミファ）」も優れて個人的な曲だが、作中で自殺した女性の魂を癒すように福音を鳴らす。バンドの鳴らす全ての音や七尾の声が、痛みや悩みも氷解させて壮大なカタルシスを味わえる彼の楽曲の本質が遺憾なく発揮されていると思う。最後の「Long Voyage『筏』」ではオリエンタルなキャラバン風の楽曲と七尾の声が航海の終わりを告げるのだが、ライブが終わり、たどり着いた先がどこかは明示されない。このライブにおいても、どこかへたどり着いた気もするし、まだまだ航海の途中かもしれないという余韻が残る。その結果、新しい「行くべき場所」が生まれ、「新しい航海」が待っていると分かる。
<img loading="lazy" class="alignnone wp-image-23020 size-full" src="https://storage.googleapis.com/stateless-musit-net/2023/03/c91e80b8-tks_8586.jpg" alt="" width="2000" height="1333" />
アンコールでは七尾が1人で出てきて、格別に思い入れがある「미화（ミファ）」を弾き語りで再披露してくれた。「筏」も少し披露したと思う。最後にはギターに付けていたシールドも外して、マイクからも離れて、舞台の真ん中に座って、生声と爪弾くギターだけで歌っている姿はいつもの七尾がいる気がして嬉しかった。最後には、マスク越しではあるけれど観客と七尾流のコール&レスポンスによる魂の交歓を眺めていれば、「七尾旅人」は「七尾旅人」だと感じたし、例えどんな困難な時代が来ても、彼はブレないのだとつくづく感じる。
<img loading="lazy" class="alignnone wp-image-23013 size-full" src="https://storage.googleapis.com/stateless-musit-net/2023/03/21996417-tks_8972.jpg" alt="" width="2000" height="1333" />
時折混じる、観客の子供たちの声も、彼のライブにはなくてはならないし、寂しい曲も、悲しい曲もあるけれど微笑ましくも感じさせてくれる。このライブではバンドセットだけれど、彼が1人で弾き語りをしても、このアルバムに宿る瑞々しい感性の迸りを十分に感じられるだろうとも思った。それが「七尾旅人のライブ」なのだ。
相手が誰だろうと全てが平等になる空間と時間を作り上げる。そこには支配者も為政者もいない。あらゆる人が平等にいる。彼の内面から生み出される自発的な平等性には感嘆させられるし、彼はライブをしようと思えば、動物たちとも演奏する音楽家なのだ。彼の挑戦はデビュー25周年にして今なお続いている。このライブにおいては、バンドセットという形で彼の持つ資質にプレイヤーたちの感情を衝突させることでツアーでしか生まれ得ない特別なバイブスを醸し出すことに成功していた。
＊　＊　＊
ライブが終わったあとの渋谷で帰路に着いてスマートフォンを開いたら、3月13日からはマスクの着用は個人の裁量に任せるというニュースが流れていた（制約はあるらしい）。時代は変わる。歴史が動く。果たして良き方向に進むのか？　パンデミックが生み出した時間と歴史をなかったことにしてしまうのか？　七尾はそこで生じるだろう問い掛けに対してこのライブで答えを出していたような気もする。「歴史や時代を内在させながら今を生き延びて新たな時代と歴史を作ろう」と。
嫌な時代は続きそうだけれど、MCでは「新曲もできている」と語っていたので、彼が新たに生み出す歌も心待ちにしたい。なお、この後のツアーは大阪から沖縄まで続く。ちなみに、物販ではかなりの列ができていたし、どれも素晴らしいデザインで（私も思わず購入しましたよ）、ライブならではのお祭りの夜店に来たかのような魅力が詰まったツアーだとも思う。これからも続くライブで、彼らが我々をどんな航海に連れていって、まだ見ぬ景色を見せてくれるのか楽しみは尽きない。この日のライブがそうであったように、終演後には「あなた」と「私」は新しい自分に生まれ変わって、来るべき未来へと、まだ見ぬ楽園へと共に旅立つことができる。そんな得難い経験を約束してくれるのだ。
<h3>Information</h3>
七尾旅人『Long Voyage』Release Tour
<img loading="lazy" class="alignnone wp-image-23007 size-full" src="https://storage.googleapis.com/stateless-musit-net/2023/03/dfc216ea-long-voyage』release-tour-.jpeg" alt="" width="1000" height="1333" />
詳細：<a href="https://www.tavito.net/longvoyage/tour/" target="_blank" rel="noopener noreferrer">https://www.tavito.net/longvoyage/tour/</a>

ポストパンクを主に聴いています。毎年苗場で音楽と共に焼死。クラフトビール好きが興じてブルワリー取材を行うこともしばしば。なんでもご用命ください。

星野

【ライブレポ】七尾旅人が果てなき航海で我々に見せてくれた楽園──『Long Voyage』ワンマンツアー at LINE CUBE SHIBUYA

1978年6月27日生まれ、静岡県浜松市出身。出版社勤務を経て演劇・音楽系フリーライターに。90年代半ばに『MTV japan』に出会い音楽に目覚める。オアシス、ブラー、レディオヘッド、サウンドガーデンやスマッシング・パンプキンズとブリット・ポップやオルタナティヴ・ロックに洗礼を受け、インダストリアル・ロックにハマり、NINE INCH NAILSの虜になる。BOREDOMSのEYEと七尾旅人がマイヒーロー。

竹下力

Article

【ライブレポ】七尾旅人が果てなき航海で我々に見せてくれた楽園──『Long Voyage』ワンマンツアー at LINE CUBE SHIBUYA

writer

editor

Related