2022年に公開された映画『アフター・ヤン』。敬愛する日本映画監督である小津安二郎の作品に漂う清廉な空気をリスペクトし、『晩春』（1949）や『東京物語』（1953）など小津作品の脚本を手がけた野田高梧（のだこうご）に由来する名前をとったコゴナダ監督が創出した本作は、近未来を舞台にしたSF作品でありながら、どこか郷愁を覚えるタッチに仕上がっている。
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近未来を示唆する曲線的なデザインや、光の反射、家族が暮らす家の構造、中国茶。さまざまなモチーフがそれぞれに意味を成しながら最小化していく入れ子的な構造と、瞬間ごとに爆発する空間の広がりのコントラストが鮮やかな映画である。抽象的ながら観る者に強烈な残像を残す映像群をミルフィーユのように重ねながら織り成すヒューマンドラマが本作の最たる魅力だろう。
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本作には一組の家族が登場する。茶葉の販売店を営むジェイクと妻カイラ、幼い養女ミカ、そしてその家族とともに暮らす人型アンドロイドのヤンだ。ある日ヤンが故障で動かなくなり、修理の方法を模索する中で、ヤンの体内に毎日数秒間の動画を撮影できる装置が組み込まれていることに気付く。彼は体内に残していた記憶装置に、家族と過ごした時間や些細な会話を記録していた。観客はヤンが残した記憶を辿る形で、彼が家族とどんな会話をしていたかを知ることとなる。
ヤンの残していた記憶の中には、ヤンがジェイクと中国茶について話す場面がある。ジェイクが営む店はお世辞にも繁盛しているとはいえない。近未来ではいくらでも人工的かつ手間を省いた飲料が普及しているはずだが、そんな中で店を持ち続けた意味とは、と観客は考えを巡らせるであろう。
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作品パンフレットでも触れられていたが、ジェイクにとって茶葉から煎じて茶を飲むという行為はアナログな行為。物語性を包含したヒューマニティを象徴するような行為だった。それは該当の場面でヤンとお茶に関するドキュメンタリー映画について話す場面からも感じ取れる。ジェイクを演じたコリンがジェイクという人物の外殻について「（ジェイクが重要視しているのは）男としての経済力とプライド」と形容しているが、実際は合理的な思考を持つ半面、近未来においてほとんど見向きもされなくなった茶葉に特別な感情を抱いている。ゆえにその人格には機械的な部分と人間的な部分の二面性が感じられる。
ドキュメンタリー映画の台詞に感銘を受けたと語るジェイクの話をもっと聞きたい、お茶の味をもっと深く感じられるようになりたいとヤンは話していた。ヤンは家族の秘められた内面に触れ、そしてそこにある人間性を愛し、自分の中に遺そうとしたのではないか。
ヤンが「故障する」という機械的であり感情が介入する余地がない出来事を起点に、彼が遺した記憶を辿っていくという構成。ここに、ヤン自身だけでなく彼が一緒に過ごした家族の二面性的な部分を展開させていくところにこの脚本の巧さが光っている。
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二面性は前述のジェイクだけでなく、彼の妻であるカイラやミカという人物にも見出すことができる。カイラは一見ロジカルで合理主義であるゆえに近未来の社会に適応し、仕事も上手くいっているキャリアウーマンとして描かれている一方で、ヤンとの会話の場面では感情的な部分もあるのだということが示唆させている。ミカは比較的”子どもの幼さ”を前面に描かれているが、終盤の字幕なしで話した中国語の内容からは二面性が提示されている。
人は外見だけではその全貌を判断できない。人間性というものは非常に複雑だ。プログラミングされているものでもなければ、あらかじめそうと決められたものを表出するわけでもない。
人間、という生き物が持ちうる論理から逸脱したヒューマニズムに接し、自分の姿を鏡に映し、見つめ続けていたロボットのヤン。彼は一体、どんな思いで自分の機械的な肉体にまざなしを投げかけていたのだろうか。そこに想いを馳せると、えもいわれぬ抒情的な深みが滲み出てくる。
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木漏れ日の移ろい、窓辺に置かれた本。そんな取るに足らないものたちの集合こそが、今、私たちが生きる世界を構築しているのであり、それらはもしかすると幾重もの奇跡で成り立っているものなのかもしれない。また、その奇跡的な世界を肉眼で見て、感情を抱くことができるのも、私たちが人間として産まれ、ここに存在している、という幾何学的な数値の上でのレゾンデートルに拠るものなのかもしれない。
ヤンは何を望んだのか。何を見て、何を感じたのか。
映画を観てから、彼のことが忘れられない。ずっと昔、確かに会ったような気がしてくる。彼のまなざしで見る世界をもう一度観てみたい、と思いながら、今日もはるか先の――もしかしたらすぐそこまで来ているかもしれない――未来へもう一度会いに行く。
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1996年10月2日、愛媛県新居浜市大生院生まれ。タイ国立カセサート大学農学部卒業。小説家。

鈴木レイヤ

ヒューマノイドが夢見た人間の二面性──『アフター・ヤン』でコゴナダ監督が描いた人らしさ

日芸卒フリーライター。「生きづらさと愛を書く」をモットーに音楽、映画、マンガなどの分野で執筆活動中。主な掲載先はrockin’on、リアルサウンドなど。

安藤エヌ

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