今年3月に71歳でこの世を去った坂本龍一は、自らの葬儀用に「最後のプレイリスト」を作成していた。バッハ、ドビュッシー、エリック・サティ、ビル・エヴァンス、エンニオ・モリコーネ、武満徹…。ラインナップには、錚々たる顔ぶれが並ぶ。そして全33曲に及ぶプレイリストの最後を飾るのは、ローレル・ヘイローの「Breath」（2020年リリースのサウンドトラック『Possessed』収録）。神聖かつ荘厳なドローン・アンビエントは、彼が辿った音楽の旅を締めくくるに相応しい。
だがローレル・ヘイローは、キャリア初期から茫漠とした音楽を志向していたわけではない。少なくともデビュー・アルバムの『Quarantine』（2012）から3rdアルバムの『Dust』（2017）までは、中性子のように電子の音塊がピコピコと動き回るカラフルなIDMだったり、ちょっと分裂症気味なアヴァン・ポップだったり、当時の彼女が織り成す楽曲には明快なメロディーとビートが存在していた。
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しかし、次第にその風景は色を失っていく。世界はより複雑さを増し、混沌と不条理を受け入れて、抽象的な音像へと変容する。『Raw Silk Uncut Wood』（2018）以来5年振りとなるニュー・アルバム『Atlas』は、まるでコラージュのように音の断片が貼り合わされた、エクスペリメンタルな一作。ソングライターのコービー・セイ、サックス奏者のベンディク・ギスケ、ヴァイオリン奏者のジェイムズ・アンダーウッド、チェロ奏者のルーシー・レイルトンを招聘して、聴く者を夢幻の世界へと誘う。
深い湖の奥底へとゆっくりと沈み込んでいくかのような、もしくは霧がかった森の向こうへと消えていくかのようなアンビエンス。そこに、ピアノのパッセージやストリングスの不協和音が絡み合い、儚くも美しい宇宙が生まれていく。繊細なランドスケープはフェネス（Fennesz）のようでもあり、穏やかな音のパレットはハロルド・バッドのようでもある。
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何よりもこのアルバムは、とても視覚的だ。雨に濡れた舗道に映る街灯。黙々と立ち上る白煙。夕暮れ時に波打つ水面。筆者の脳内には、何故かくっきりとしたイメージが浮かび上がる。ローレル・ヘイローは制作にあたって、『ブンミおじさんの森』（2010）や『MEMORIA メモリア』（2021）で知られる映像作家、アピチャートポン・ウィーラセータクンの影響を受けたという。抽象的なサウンド・デザインでありつつも、具体的なビジュアルを誘発させる力が、この作品にはある。
そして、ほのかに漂う死の匂い。それは、ウィーラセータクンのフィルモグラフィーに通底するテーマであり、故・坂本龍一のプレイリスト『funeral』を飾る「Breath」と同質のエッセンスだ。ひょっとしたら筆者は、このアルバムを触媒にして「あちら側」へとアクセスしているのか？　タイトルの『Atlas』とは地図帳のことだが、それはもはやこの世のことではない、世界への道しるべなのかもしれない。
<h2>RELEASE</h2>
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Laurel Halo『Atlas』
リリース：2023/09/30 
レーベル：Awe 
トラックリスト：
01. Abandon 
02. Naked to the Light 
03. Late Night Drive 
04. Sick Eros 
05. Belleville 
06. Sweat, Tears or the Sea 
07. Atlas 8. Reading the Air 
09. You Burn Me 
10. Earthbound
＊商品ページ（bandcamp）： 
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ポストパンクを主に聴いています。毎年苗場で音楽と共に焼死。クラフトビール好きが興じてブルワリー取材を行うこともしばしば。なんでもご用命ください。

星野

Laurel Halo『Atlas』──儚くも美しい宇宙、ほのかに漂う死の匂い

映画・音楽・TVを主戦場とする、ポップカルチャー系ライター。WEBマガジン『POP MASTER』（<a class="theme markdown__link" href="http://popmaster.jp/" target="_blank" rel="noopener noreferrer">http://popmaster.jp/</a> ）主宰。

竹島ルイ

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Laurel Halo『Atlas』──儚くも美しい宇宙、ほのかに漂う死の匂い

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