ロサンゼルスを拠点とするLouis Coleの未発表曲とデモ音源を11曲収録した『Some Unused Songs』がデジタル・リリースされた。2022年の4thアルバム『Quality Over Opinion』収録の「Let It Happen」(M10)でグラミー賞にノミネートされ、来日ツアーも大盛況だったLouis Coleだが、本作は未発表曲やデモトラック集とあって、強固なストーリーラインを描いている訳ではない。ピアノやアコースティックギター、シンセを主体に、ループするスキットを織り交ぜたアンビエントな曲がほとんどを占めている。日記の一節のような一筆書きのシンプルさが息づく。何より、超絶ドラマーであるのみならず、マルチプレイヤーにして、シンガーソングライター/プロデューサーでもあるLouis Coleの魂の素描が淡々と描かれた作品であるといえよう。
INDEX
もし、アーティストを2種類に分けるとすれば、「マジ派」と「照れ派」に分類できるだろうか。Lady Gagaのように己の表現を直球でリスナーにぶつけ、リスナーの存在基盤を揺るがすアーティストは、まさに前者と言えるだろう。『Born This Way』のジャケットを見れば、その本気度というかマジさ加減を受け取ることになるし、タイトルトラックからして、「あるがままの自分を愛そう」といったことを歌い、己の意思を高らかに訴えている。Lady Gagaが音楽を鳴らして歌えば、Lady Gagaの煌めく本質が剥き出しになる。「ひねり」を加えた楽曲よりも、ストレートな心情なりサウンドをぶつけるその有り様がカッコいい。自分の好きなことをやり続けたら、いつの間にかそうなってしまった。そんな自分を肯定するアーティストとしての「マジ派」がいるだろう。
Lady Gaga『Born This Way』アートワーク
一方、「照れ派」に関して言えば、今回の主役のLouis Coleということになる。前作『Quality Over Opinion』のエレクトロニック・ファンクの曲「I’m Tight」(M9)のMVで、どことなくぎこちなく踊っている人々を観るにつけ、あえて「外し」を狙ってポップスターを異化する振る舞いを演じようとしているように見える。あまりに徹底したストイシズムと、器楽的な超絶テクニックが、シグネチャーになっている彼の実像とのズレが大きすぎて、どこかくすぐったい感覚を覚えてしまう。彼自身の内面的本質をリスナーに触れて欲しいと密かに思う願望と、一度触れようとすればなぜだか拒みたくなる性格が顔を覗かせているのかもしれない。それこそが、「ひねり」による技巧や装飾にこだわり、「マジ派」のように己の尊厳を直球でぶつけるよりも、本質をわざと隠すという「照れ派」に特有の資質かもしれない。けれど、それを「天邪鬼」というと収まりが悪い気もするので、「かわいらしい意地悪さ」を意味する京都風の言葉「いけず」あたりが順当かもしれない。
もちろん意地悪ではなくて、「マジ」に表現することが恥ずかしいために、どうしても「照れ」で振り切ろうとするのだろう。こういった常人では「考えつかない/付いていけない」エキセントリックぶりは観客をなりふり構わず楽しませてしまうパフォーマンスや楽曲に繋がるし、こちらは時に良い意味で唖然とさせられることになる。いわば「照れ」を超えた先にある、形容のし難い表現の芳醇さが醸し出されるのだ。彼らが「照れ」を捨て去り「マジ」になろうとすればするほど、作家の資質以上に共感性が強いグルーヴが生み出されていく。来日公演に行かれた方はLouis Coleのパフォーマンスを観てどこかそんな想いを感じられたのではないか。彼の場合は、恥ずかしながらのマジの一発芸を見せられているようで、どこか憎めないし、笑ってしまう瞬間もあるのだ。それがたまらなく愛おしい。ズブズブ沼にハマっていく感覚に陥るのが「照れ派」の凄さだろう。つまり「照れ派」は表現に対して不器用なほど「実直」なのである。
だからこそ、今作のようなアルバムを作り上げたことは、彼のキャリアからは想像がつかなかった。今作の、素描(デッサン)として描かれた、剥き出しの淡い魂の深淵が紡ぐ音は柔らかく、優しく、それでいてどこか弱々しい。そんな自分を迷いなく曝け出しリスナーに届ける。今作をドロップしたのは、アーティストとしての活動の充実度が現れているからだろうし、そんな作品を世界に提示してもリスナーに「引かれない」という自信を得たからなのかもしれない。少なくとも今作では「照れ」を捨て、エキセントリックさやテクニックをひたすら排し、自分の魂の在処を真摯に探そうとすることで、長いキャリアに落とし前をつけようとしていたのではないかと感じられる。
元々Louis Coleは、2010年に1stソロアルバム『Louis Cole』と、ロサンゼルスの音楽大学の在学中に出会った女性シンガー、Genevieve Artadi(ジェネヴィーヴ・アルターディ)と結成したKnowerの1stアルバム『Louis Cole and Genevieve Artadi』でデビューしている。その後、Flying Lotus主宰のBrainfeederと契約し、3rdアルバム『Time』をリリースした。エキセントリックで自由闊達な、ソウル・ファンクナンバーが目白押しの同作で、レーベルメイトのThundercatと同じように、思わずリスナーの心をグリップしてしまう音楽家としてその名を広く知らしめたのである。2022年の6thアルバム『Quality Over Opinion』は、『Time』とは違う脱線の仕方で70分を超えていくヴォリュームの大作だが、コンセプトで凝り固まったアルバムというよりも、それぞれの曲が独立し、いつでもどの曲でも楽しめるサービス満点の仕掛けの作品になっている。どこか「照れ」の入ったサウンドで我々を煙に巻くところが、Thundercatのマジさ加減とは対照的であるし、彼の音楽への実直さもあって、思わず宝箱が納められた部屋の秘密の扉を開けてしまったような背徳感さえも感じられる。その一種の屈折が世界の音楽シーンに70分もの傑作を届けることになるのだ。
今回リリースされた『Some Unused Songs』は「いくつかの使われなかった曲」という意味の素っ気ないタイトルとジャケットのもと、約23分が収められたコンパクトなアルバム。彼のシグネチャーであるビートが刻まれた曲といえば「Let it Happen (old version)」(M10)と「Palmdale Cruisin’」(M11)だけだろうか。「A Memory That Isn’t Yours」(M1)はピアノの旋律とスキットで構成されており、いつかは消えていく記憶の悲しさ表現したようなバラードで、夜のしじまで抱き合う恋人たちの寝息のような、甘い香りのする切なさを感じる。「Tiny Losses」(M2)もM1と同じく2分弱の曲。タイトルは直訳すれば「小さな損失」という感じで、何かが失われていく消亡の感覚が今作のテーゼになっているようだ。これは同じく「照れ派」の代表でもある、Nine Inch Nailsのトレント・レズナーにも似ていて、何かしら「壊れていく/失われていく」という感覚に惹かれてしまうのだと思う。絶対という価値を絶対に認めないという頑固さ故の弱さの肯定だろう。今作にもNine Inch Nailsのアルバムの『The Fragile』に通底する人間に内在する危うさや脆さを受け入れる素地がある。
「Disappear Again」(M3)では、「また消える」というタイトルで、リスナーを眠りに誘うかのように、これまで得てきたこと、感じてきたことを消失させる。我々は起きて、一日を過ごし、何かを得たような気がするけれど、よく考えれば、その日のことは眠りにつけばなくなってしまう。そんな、我々の身に必然的に起こる忘却と癒しを具体的な音にしている。「諦念」と裏表の関係にある「安らぎ」というこれまでの彼になかった感情も今作では印象的だが、この曲ではその点が重層的に表現されている。また、「End of The Night」(M4)は、ジャジーな音楽だが、ビートはシンバルのみで、まるでライブの翌日、朝を迎えた時のような恍惚とした感覚が漲っている。
「Cucumbers」(M5)はスキットと弦楽器の幽玄的な調べが、窓から差し込む朝の光を思わせるような1曲。一聴するとストーリーが見えそうだけれど、このアルバムでは、成立の性質上「時間」という概念よりも、感情の湧き立つ「瞬間」が切り取られている。「Hawaii」(M6)のエレピの音は、眼前に広がる青白い海、そしてその波間の揺れ動きが見えるようだ。この自然主義的な「あるがまま」を描く曲群は、自分の剥き出しの魂をそのままリスナーに提示しているようで、「照れ」を超えた先にある誰も到達できなった彼自身の境地を提示しているとも受け取れる。「Slow October」(M7)は、ループするスキットにシンセの音が被さってくる1分程度の小品。アルバムの中でインタールード的な役割を果たしており、自分の内面と向き合った時に見える、小宇宙的な世界、それを発見した時の驚きをシンプルに表現しているかのような1曲だ。
「Pretty Guitar」(M8)は、タイトル通り美しいギターの旋律を見せる曲。「それだけ」とも言えるけれど、「それだけ」にこそ味わい深いものがある。「うまいまずいは塩かげん」という慣用句のように、まさに余計なものを削ぎ落とした佳品だ。アルバムは続く「No Regrets」(M9)で一応の幕切れとなっている。ピアノとスキットが絡み合う音像、その展開していく様は、自らの魂の真実に邂逅を果たしたLouis Coleの喜びを、綺羅星のように輝かせているようにも解釈できる。
「Let it Happen (old version)」(M10)は前作『Quality Over Opinion』に収録されていた同名曲デモ・バージョン。アルバム版とは違い歌詞がなく、R&B色は薄いため、どちらかといえば音のピュアネスをヒシヒシと感じさせられる。完成曲と比べてみれば、構成や音の質感をどのように練り上げ、1つの楽曲に落とし込むのかというアイデアの変遷を我々は目にするだろう。彼はアイデアを鬱屈しながら閃く訳ではなくて、音のエモーションに忠実に寄り添いながら考えつくのだと思う。核にあるメロディーや曲展開は、やがて洗練され、ひとつのポップソングとして消化されていく訳だが、ここではデモでしか味わえない、清々しい音のエネルギーを味わうことができる。「Palmdale Cruisin’」(M11)のタイトルは、おそらくロサンゼルスのパームデールという都市を指しているだろう。透明な青空の下、車に乗ってクルーズしているような、シンプルなビートが聴こえる彼らしいゴキゲンなソウル・ナンバーでアルバムは締められている。
今作は彼の魂のデッサンであり、完成形を描いている訳ではない。そのこともあり、ブレながらも自由なそよぎを感じさせる筆のタッチと繊細な彼の心模様が作品から垣間見える作品となった。エキセントリックさの裏側に隠されていたのは、優しい心の振動、そこに生みだされる色彩豊かな波動だった。そんな音楽に共鳴することで、我々は衒いのない「人間存在の根源」を感じる。人は誰しもが折々にふれ、痛みや、悲しみや怒りを覚えつつ、そんな感情が誰かに見つかることを恐れ、不意に緊張しながら、そんな想いをひた隠しにして混乱しながら生きている、今作を聴けばそんなことを理解することができる。また同時に、我々を癒す宝物になってくれることも分かるはずだ。そんな大胆なことを一見さらりと、軽妙に見せてくれる作品だ。一方で、最後の2曲の流れからも感じられる通り、剥き出しの魂とはいいつつも、彼のシグネチャーである「照れ」を捨てきれない「いけず」な面、どこか「はんなり」といった気品のある側面もオリとして残っている。生涯「照れ派」を宣言するような、彼の音楽への実直さを感じるし、その奥底に隠れている弱さ、朗らかさ、微苦笑と言うべき、人生の機微、それによって形成された彼の人間味が、本作の楽曲からは滲み出ている。我々が様々な困難を経て傷ついてしまった魂への鎮魂歌にもなってくれるのだ。
Louis Cole『Some Unused Songs』
レーベル:Brainfeeder
リリース:2023/05/11
トラックリスト:
01. A Memory That Isn’t Yours
02. Tiny Losses
03. Disappear Again
04. End of the Night
05. Cucumbers
06. Hawaii
07. Slow October
08. Pretty Guitar
09. No Regrets
10. Let It Happen (old version)
11. Palmdale Cruisin’
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