<p>ロックン・ロールの求道者と言っても過言ではないQueens of the Stone Ageの通算8作目となるアルバム『In Times New Roman…』が6月16日（金）に発売された。ストーナー・ロック・バンド、Kyussのギタリストとして活動していたJosh Homme（以下ジョシュ／Vo. Gt.）によって1997年に結成されたQueens of the Stone Age。物議を醸したメジャー・デビュー・アルバム『Rated R』（2000）からキャリアをスタートすると、7作目の『Villains』（2017）で全英1位、全米3位に輝いた。あれから長い沈黙を経たのち、前作から引き続きジョシュに加え、Troy Van Leeuwen（Gt.）、Dean Fertita（Gt. Key.）、Michael Shuman（Ba.）、Jon Theodore（Dr.）の5人による万全の体制でのアルバムを上梓した。メンバーのタイトな演奏が本作で織りなすのは、人間の内部を覗き見るような、ダークで、猥雑で、エモーショナルなロックだ。久々に野蛮で、ある人たちにとっては噴飯ものとも言える、彼らの嘲笑いさえ聞こえてきそうな、狂騒的でエロティックなアルバムに仕上がっている。</p>
<div id="toc_container" class="no_bullets"><p class="toc_title">INDEX</p><ul class="toc_list"><li><a href="#i">人間が闇堕ちする様の愉悦を表現</a></li><li><a href="#i-2">「死」をゴールにしていない故に開放感がある</a></li><li><a href="#i-3">きっちり練り込まれた押し引き</a></li><li><a href="#i-4">生まれ変わりのアルバム</a></li><li><a href="#RELEASE">RELEASE</a></li></ul></div>
<h2><span id="i">人間が闇堕ちする様の愉悦を表現</span></h2>
<p>Queens of the Stone Ageはロックン・ロールは殺人であると教えてくれたバンドである。感覚の断絶。時間の切断。関係性の破断。破滅ではなく消滅。『Rated R』（2000）をリアルタイムで聴いた時は、リスナーをマジで殺しにかかってきていると感じて怖かった。同アルバムの名曲「Feel Good Hit of the Summer」（M1）では、「ニコチン、バリウム、バイコディン、マリファナ、エクスタシー、アルコール」という単語をマントラのように繰り返し、ディストーション・ギターがひたすらループする構成で聴き手をサイケな世界にぶっ飛ばしてくれる。思わず、このバンドは頭がイっちゃったんだと思ったし、ドラッグ・カルチャーに慣れない日本人の私にも薬物の過剰摂取というモチーフが思い浮かぶほどだった。そんなバンドにお目にかかることはなかなかなかった。「死」の匂いに包まれた人生への絶望感を漂わせながら、それを貪り歓喜するような耽美でロマンティックなジョシュのヴォーカル、エッジの効いたギター、時にはFoo Fightersのデイヴ・グロールにドラムを叩かせて、ひたすら暴力と人間の内的衝動の混沌を曝け出し、さらに人間が闇堕ちする様の愉悦を闊達に表現していた。</p>
<p><iframe title="Spotify Embed: Rated R" style="border-radius: 12px" width="100%" height="352" frameborder="0" allowfullscreen allow="autoplay; clipboard-write; encrypted-media; fullscreen; picture-in-picture" loading="lazy" src="https://open.spotify.com/embed/album/05tJhGl52X4zGe0ySlcBk6?si=QwStsLOjRiyFQIeIUXz7ag&utm_source=oembed"></iframe></p>
<p>一方本作には、ジョシュがここ4年抱えていた問題が影を落としているのだろうか。まるで「死」を愛でているような茫洋たる感覚さえ覚える。初期にあった退廃的な中にも漂うユーモアはあまりない。ただし、今作に顕著なストリングスのアレンジによって、まるでシェイクスピアの『ロミオとジュリエット』のような、これまで以上にヴァラエティ豊かな悲喜劇を実現しているとも言えるだろう。熟した花のムワッとした芳香を嗅がされたような凄まじいまでに妖艶で危険なアルバムであり、まさにロックン・ロールは人間を死に至らしめる表現だと確信させる出来栄えだ。それこそがロックの醍醐味とも言える。</p>
<p><iframe title="Spotify Embed: In Times New Roman..." style="border-radius: 12px" width="100%" height="352" frameborder="0" allowfullscreen allow="autoplay; clipboard-write; encrypted-media; fullscreen; picture-in-picture" loading="lazy" src="https://open.spotify.com/embed/album/2ZTDmH94OLjeNaOvT7Ngwk?si=TCkdI0ZQQricB32Pt72w0Q&utm_source=oembed"></iframe></p>
<p>そもそもヤバい音楽というものでは、殺すまでの過程が提示されてきたと思っていた。それは文学や哲学、法律でも同じだと思う。とはいえ、行為をいかほど微分していったところで、その殺人の結果が分かるはずはない。殺人の本当の意味が顕になるのは行為が終わってからである。行為の結末としてそこには死体が転がっている。聴くことによって殺されてしまったと思ったリスナーは、観念に生きることになるが、それすらも葬り去るような、徹底した「死」という現実を彼らの音楽は突きつけるのだ。リスナーは実質的に彼らに殺され死体となって転がる体験をすることで今作から「生」の意義を再確認することができる。我々は「死」という空無を突き抜けた「生」に回帰するのだ。そうして人間存在の在処を感じる事になる。彼らは今作で我々が目にすることのない「死後」を偏執に描こうとしている。その先にある「生」の愉悦を鳴らそうとしている。その決意にこそ、彼らの仮託したロックン・ロールへの熱き思いが現れていると言えるだろう。突き詰めれば「未来の音楽」を鳴らそうとしているとも言えるかもしれない。ロックン・ロールを極めるということは、殺人者であり死体遺棄者でもある。そのかくも徹底した態度に賛辞を送りたくなる。</p>
<h2><span id="i-2">「死」をゴールにしていない故に開放感がある</span></h2>
<p>「Obscenery」（M1）は、これぞ「Queens of the Stone Age」節。ギターの節と節の間には歪みがある。前作とは打って変わって、全体的な音はざらついて、ドラムの音は遠くの雷のように鳴っている。前作のゴージャスさからは大きくかけ離れていると同時に、初期の頃のようなプロダクションであるとも言える。この音像には生々しい傷を見せるような露悪感さえ覚える。しかし、その感覚をゴリ押ししてきた初期に比べると、途中からストリングスアレンジが入っているなど、今作の曲は悲しみを帯びてくることで「死」という概念に一定の重力と形を与える事に成功している。いわば絵空事ではない「死」がそこにある。「猥褻行為を楽しむ」という相変わらず危うい歌詞も素敵だけれど、今作における歌詞はどこか自分を律して、新たな人生を進もうというポジティブな感覚もある。その間に「死」があるのはいうまでもないが、それが具体的なメディウムになれば一種の「無」が露出する。そこに生の感覚を埋め込んで担保にすることが、本作の裏のテーマになっているのではないだろうか。いわば「死」をゴールにしていないが故に壮大なカタルシスだ。</p>
<p><iframe loading="lazy" title="Queens of the Stone Age - Obscenery (Official Audio)" width="500" height="281" src="https://www.youtube.com/embed/CpYXGbdQdtc?feature=oembed" frameborder="0" allow="accelerometer; autoplay; clipboard-write; encrypted-media; gyroscope; picture-in-picture; web-share" allowfullscreen></iframe></p>
<p>「Paper Machete」（M2）は、振り下ろされるギターにタメが効いたアタック感のある曲で声や音からは諦念を感じさせる。その感覚はギター・ソロに哀愁が漂っているところから分かると思う。「Negative Space」（M3）は、ジョシュの控えめな声がセクシーだけど「もう愛しているとは言わないで／私たちは平等だと思っていた」とあって、本当にシェイクスピアの悲劇のようで、絶望からの飛翔としての殺人への意思の発露を感じさせるのだ。</p>
<p><iframe loading="lazy" title="Queens Of The Stone Age - Paper Machete (Lyric Video)" width="500" height="281" src="https://www.youtube.com/embed/MrAFdBy-F-c?feature=oembed" frameborder="0" allow="accelerometer; autoplay; clipboard-write; encrypted-media; gyroscope; picture-in-picture; web-share" allowfullscreen></iframe></p>
<p>「Time & Place」（M4）は、カッティングされたギターにダンサンブルなベースとドラムが加わり、前作のダンス的なアプローチのアップデート版と言ってもいいだろう。グラマラスでありながら、多様な楽器が織りなすグルーヴがとても心地良い。一音一音に生々しい生の原則が息づいている。ここまで聴いて来ると各楽器の鳴りと分離がきちんとしていて、音に確固とした意味が付与されていることに気付かされる。それから、とにかく曲展開が激しくて、ヒプノティックである点はどの曲にも共通している。彼らの心が捻じ曲がり、揺れ動いている様がリアルに伝わってくる。そう、殺人には覚悟と決意が必要なのだ。「Made to Parade」（M5）はリズムギターが独特の気だるいリズムを刻むが、なんとも言えない脱力の境地に達している。殺人という行為は、決意と覚悟の果てに存外、こんな感覚で行われるのではないかと思ってしまうし、思わされてしまう説得力がある。</p>
<p><iframe loading="lazy" title="Queens of the Stone Age - Time And Place (Official Audio)" width="500" height="281" src="https://www.youtube.com/embed/we6VEtolxeY?feature=oembed" frameborder="0" allow="accelerometer; autoplay; clipboard-write; encrypted-media; gyroscope; picture-in-picture; web-share" allowfullscreen></iframe></p>
<h2><span id="i-3">きっちり練り込まれた押し引き</span></h2>
<p>「Carnavoyeur」（M6）辺りから具体的な死後としての死体が描かれる。「肉食」を意味するcarnivoreと「盗撮」を意味するvoyeurを掛け合わせたようなタイトルに、後半でハゲタカが出てくることから、隙を見計らい死肉を食う者の比喩だ見えるが、ここでは殺人といういわば「祭り」の後が、凄惨でありながら何処か優雅に描かれていく。シンプルなベースに、ストリングスに覆われながら、肉感的で絶え間ないタナトスが溢れ出している。フィルインから盛り上がっていき、煉獄に悶える人間の雄叫びのようなリフへと続く。だが、ひたすら押しまくる展開が続くのではなく、きっちり練り込まれた押し引きも楽しめる。</p>
<p><iframe loading="lazy" title="Queens of the Stone Age- "Carnavoyeur"" width="500" height="281" src="https://www.youtube.com/embed/L2QUws-jZ7U?feature=oembed" frameborder="0" allow="accelerometer; autoplay; clipboard-write; encrypted-media; gyroscope; picture-in-picture; web-share" allowfullscreen></iframe></p>
<p>「What The Peephole Say」（M7）は、円環するベースラインが飛び跳ねながら、彼方で鳴るディストーション・ギター、そして中央に声が入ってくる。全体の歌詞を見ると「生と死」が隣り合わせであるという切迫感が歌われている。コーラスがJoy DivisionのIan Curtisのようだし、ポストパンクの流れも汲んでいると考えられる。Joy Divisionの音楽には多様な「死」が内包されていたし、そこにジョシュが共感していたのかもしれない。今作は原点回帰の側面を見せながら、同時に彼らの目指す音楽の大輪の花を咲かせた作品とも言えるだろう。</p>
<p><iframe loading="lazy" title="Queens of the Stone Age - What The Peephole Say (Official Audio)" width="500" height="281" src="https://www.youtube.com/embed/HDlvhpALpls?feature=oembed" frameborder="0" allow="accelerometer; autoplay; clipboard-write; encrypted-media; gyroscope; picture-in-picture; web-share" allowfullscreen></iframe></p>
<h2><span id="i-4">生まれ変わりのアルバム</span></h2>
<p>「Emotion Sickness」（M9）は、まるでどこかの部屋に入ってハミングをしながら、語るようにジョシュが歌い始める。ここでもタメが効いたアタック感の強い野蛮なギターが聴ける。コーラスになるとこれまで聞いたことのない柔らかさに包まれていくが、「私のことなんて気にしないで／彼女を手放さなければならなかった」という私情と詩情の絡まり合いが悲哀を感じさせる。</p>
<p><iframe loading="lazy" title="Queens of the Stone Age - "Emotion Sickness"" width="500" height="281" src="https://www.youtube.com/embed/JkChW6WP0hU?feature=oembed" frameborder="0" allow="accelerometer; autoplay; clipboard-write; encrypted-media; gyroscope; picture-in-picture; web-share" allowfullscreen></iframe></p>
<p>「Straight Jacket Fitting」（M10）は9分を超す大作だが、自分（主にジョシュ）に対してだけでなく、別離した親しい相手に歌っているようにも捉えられる。プログレッシブ・ロックのような機知に富んだ構成となっている。また、吐き捨てるように歌うジョシュのやけっぱちな感じは前作から今作にかけての苦難の人生を表現しているようでもある。今作は彼の私小説なのだろうと改めて感じさせられる。生々しい具体的な言葉の羅列が、我々に実質的で感覚的な「死」を幻視させるのである。終盤ではアコースティックギターとストリングスによる苦み走った悲喜劇が垣間見える。「聖職者や新時代の異教徒には腹が立つ」と毒を吐きながら、「あなたの目の表情は『愛してる』と言っている／私もあなたを愛している」と愛を懇願するのは、まさに今際の際の哀願のような気もする。この大曲を聴き終えると感覚は消失してしまう。つくづく感じるのは、「死」が一種の感覚の切断であるということだ。死を境に想像力は空転していくが、その様を如実に表現したからこそ、死後の具体的な有り様を示すことが出来たのだと思う。様々な経験を経て比喩の表現が拡大したので、ロックの方法論を拡大させることになった。</p>
<p><iframe loading="lazy" title="Queens of the Stone Age - Straight Jacket Fitting (Official Audio)" width="500" height="281" src="https://www.youtube.com/embed/rx1rpaQT_ac?feature=oembed" frameborder="0" allow="accelerometer; autoplay; clipboard-write; encrypted-media; gyroscope; picture-in-picture; web-share" allowfullscreen></iframe></p>
<p>もちろん、今作を聴くだけで具体的な「死」が与えられる訳ではない。ただ、音楽が可能な、音や歌詞によって「死」を幻視させるその圧倒的なパワーにこそ今作の凄みがある。そのために、へヴィーなだけでなくアコギやストリングスも使っているようなプロダクションや死を連想させる歌詞が必要だったのだと思う。これはいわば「生まれ変わり」のアルバムだ。まさに「死」を突出させることで「生」の有り様を再構築する。「我々はなぜ生きているか？」という問いかけがなされているのだ。そういう意味では実に真摯なアルバムでもあるし、彼らのスタイルはデビュー以降全く変わっていなかったことも確認できる。6年という空白は長かったけれど、我々を満足させるに足る傑作で帰ってきてくれたことを素直に喜びたい。</p>
<h2><span id="RELEASE">RELEASE</span></h2>
<p><img loading="lazy" class="alignnone wp-image-26852 size-full" src="https://storage.googleapis.com/musit-2022-storage/2023/07/479c1696-a2298757148_10.jpg" alt="" width="1200" height="1200" srcset="https://storage.googleapis.com/musit-2022-storage/2023/07/479c1696-a2298757148_10.jpg 1200w, https://storage.googleapis.com/musit-2022-storage/2023/07/479c1696-a2298757148_10-300x300.jpg 300w, https://storage.googleapis.com/musit-2022-storage/2023/07/479c1696-a2298757148_10-1024x1024.jpg 1024w, https://storage.googleapis.com/musit-2022-storage/2023/07/479c1696-a2298757148_10-150x150.jpg 150w, https://storage.googleapis.com/musit-2022-storage/2023/07/479c1696-a2298757148_10-768x768.jpg 768w" sizes="(max-width: 1200px) 100vw, 1200px" /></p>
<p>Queens of the Stone Age『In Times New Roman…』</p>
<p>レーベル：Matador Records / Beat Records<br />
リリース：2023/06/16</p>
<p>トラックリスト：<br />
01. Obscenery<br />
02. Paper Machete<br />
03. Negative Space<br />
04. Time & Place<br />
05. Made to Parade<br />
06. Carnavoyeur<br />
07. What The Peephole Say<br />
08. Sicily<br />
09. Emotion Sickness<br />
10. Straight Jacket Fitting</p>
<p>＊スマートリンク：<br />
<a href="https://qotsa.ffm.to/itnr" target="_blank" rel="noopener">https://qotsa.ffm.to/itnr</a></p>
<p>＊商品リンク：<br />
<a href="https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=13404" target="_blank" rel="noopener">https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=13404</a></p>


<p>愛媛県新居浜市大生院出身、タイ王国国立カセサート大学卒業。RadioheadとThe Strokesの青春時代を経て、現在は小説を書いている。主に若者について、サイケデリックな景色とビバップな語り口で。東京ヤクルトスワローズのファン。魂のこもった熱い人間とその作品を語りたい。Mail：reiyahead@gmail.com</p>


鈴木レイヤ

ロックン・ロールは殺人を犯す──Queens of the Stone Age『In Times New Roman…』

<p>1978年6月27日生まれ、静岡県浜松市出身。出版社勤務を経て演劇・音楽系フリーライターに。90年代半ばに『MTV japan』に出会い音楽に目覚める。オアシス、ブラー、レディオヘッド、サウンドガーデンやスマッシング・パンプキンズとブリット・ポップやオルタナティヴ・ロックに洗礼を受け、インダストリアル・ロックにハマり、NINE INCH NAILSの虜になる。BOREDOMSのEYEと七尾旅人がマイヒーロー。</p>


竹下力

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ロックン・ロールは殺人を犯す──Queens of the Stone Age『In Times New Roman…』

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