MY HOME TOWN【ふつかよいのタカハッピー(高橋まりな)編】

MY HOME TOWN【ふつかよいのタカハッピー(高橋まりな)編】

土岐麻子のカバーアルバム『HOME TOWN 〜Cover Songs〜』に触発され、プレイリストを組んで「空想のロケ地」を語る連載企画【MY HOME TOWN】。

第5回は、お酒と音楽を愛するフリーライター、高橋まりなによる4曲をお送りします。

前書き

ある音楽を再生すると、当時の記憶が瞬く間に脳内に広がり、蘇ることがある。たとえて言うならば、大きなキャンバスに誰かが下絵を描き、次々に色を塗り足していってくれるような感覚だ。

音楽と思い出は、切っても切り離せない。本稿では、筆者の人生に影響を与えてくれたいくつかの音楽と、それにまつわる小さな物語を紹介する。

余談だが、「思い出」を辞書でひくと“過去の体験を思い出すこと。「―の名場面」。特に、体験した事柄で今も印象に残って思い浮かべる、その事。”とある。

では、特に印象に残っていない(と思っていた)出来事は、実は心の奥底で眠っているだけの事柄だったのか。この瞬間も、いつか何年か経ったときに思い出として振り返る日が来るのだろうか。

そう思いながら、私は今日も音楽を聴いている。

①スピッツ「スパイダー」

【ロケ地】山手線 田端駅のホーム

中学・高校と、電車で15分の都内私立女子校に通った。実家から徒歩圏内で通える見知った顔ばかりの場所ではなく、誰も私のことを知らない地へ。桃源郷へ行きたかったのだ。

「ここでなら上手くやれるはず」と思っていたが、引っ込み思案だった私はなかなか友達ができなかった。思い描いていた「桃源郷」は何ということはない、蓋を開けてみればどこにでもあるただの建造物に過ぎなかった。

そんなわけで昼休みは一人黙々と本を読む冴えない毎日を過ごしていた私だったが、唯一わくわくする時間があった。通学電車に乗り、iPodで音楽を聴くときだ。必ず1曲目に再生していたのは、スピッツの「スパイダー」だった。

“だから もっと遠くまで君を 奪って逃げる ”

草野マサムネがこのフレーズを歌い上げるたび、今いる場所のこと、まわりの人のこと、自分のこと、いっときすべてを忘れられた。まだまだ、どこまでだって行けるはず。そう思えた。

乗り換えで下車する田端駅のホームでイヤホンを外し、iPodの電源をそっと切る。女子校へと向かう生徒たちが、わらわらと電車に乗り込む。人混みにまぎれながら、揉まれながら、私は進むのだった。

②毛皮のマリーズ「ボニーとクライドは今夜も夢中」

【ロケ地】新宿駅 南口改札前

「ドライブしよう。新宿駅南口まで迎えに行くから。」

ある夜、彼から電話が来た。いつだって何もかもが急だった。始まりも終わりも、そして再び連絡を寄越すのも。会うたび「これを最後に、もう2度と会うことがなければいい」と思う反面、別れた後には「もう1度だけ会いたい」と望んでいた。

新宿駅南口から、都庁前へ、そして私が知らない場所へ。ビルも夜景も全部追い越して、車はびゅんびゅん進んでいく。その道中、彼はずっと同じアーティストの音楽を流し続けた。聞けば「毛皮のマリーズ」だという。

“いっそこのまま 消えていなくなっちまえば どんなにラクだろー?
(Yeah)こ、この世の全てがバカみたい ホント どーなったっていーよ”

刹那的な歌詞は、いっそう私を悲しくさせた。それでもなぜか嫌いにはなれなかった。むしろ、「好きだ」と思った。強く、強く。

朝、彼の家で目を覚ますと、もう横に彼はいなかった。いつもと違う寝室で、朝焼けだけがまぶしかった。

③[Alexandros]「city」

【ロケ地】五反田

学生時代から社会人になるまで、どのグループや組織にいても、「私は今、どこにいるんだろう?」と自問自答することが多かった。

高校時代、スクールカースト上位のグループに誘われ、「一緒にお昼食べようよ!」と言われたとき。社会人になってからは、職場の不満や悪口しか飛び交わない飲み会に参加したとき。

上からきちんと留めていったつもりのシャツのボタンを実は掛け違えていたように、小さくはあるものの、決定的に何かがずれている感覚が胸の奥にあった。いつだって“よそ者”のような気がしていた。引きつった笑顔をつくる自分を、遠くから見るもう一人の自分が冷笑している。

“ここはどこですか 私は誰ですか ”

誰にも媚を売ることなく、好きな人と好きなことだけをやって生きていきたい。ここにいる自分を心底肯定できる日が来たらいい。ずっとそう考えていた私にとって、この曲は希望だった。

川上洋平が歌うように、“この歌も捨て 自らの言葉と身体で生きていけ ”る日が、いつかきっと来る。聴くたびに、そう思えたから。

④夜の本気ダンス「WHERE?」

【ロケ地】原宿 東郷神社

“Where is 問われるアンサー ”

会社員時代、バッグメーカーの営業職として働いていた。お客さんや働く仲間にも恵まれ、充実感がある毎日だった。

けれど、東郷神社の裏道を抜けて原宿駅に向かうまでの道すがら、いつもどこかで考えていた。

「私はこの道を、あと何回通るのだろうか?」

実は小学生の頃から「物を書く人になりたい」と夢見ていた。いつしか、ふとした瞬間に「この気持ちを文章にして、発信していけたら」という想いがふつふつと湧き上がるようになった。

しかしそのたび、その気持ちを胸に押し込めた。今の人生に何ら不満はないんだから。忘れるんだ。今の日々を淡々と過ごしていけばいい。

そんな折、夜の本気ダンスのライブを初めて観に行った。私と同年代の彼らがつくりあげるステージはぎらぎらと眩しく、悩みも不安も、どろどろしたわだかまりの塊も、何もかもがガラガラと音を立てて崩れ、塵となって消えていった。「“あちら側”を羨ましがる日々は、もう終わりにしよう」、そう決めた。

 

そして今、私は文章を書きながら生きている。春の窓辺で、穏やかな日差しを浴びながら。

 

ふつかよいのタカハッピー(高橋まりな)