MY HOME TOWN【鈴木レイヤ編】

MY HOME TOWN【鈴木レイヤ編】

土岐麻子のカバーアルバム『HOME TOWN 〜Cover Songs〜』に触発され、プレイリストを組んで「空想のロケ地」を語る連載企画【MY HOME TOWN】。

最終回は、音楽や映画、そして東京ヤクルトスワローズを愛するライター、鈴木レイヤによる6曲をお送りします。

前書き

どこへ行ってもいいなんて贅沢な企画だ。故郷も恋しいし、昔住んでいた場所へも行きたい。悩んだ挙句、旅に出たいなと思った、もうすぐ夏だからかもしれない、ヘッドホンを被ると7月下旬の北陸へ線路が延びていた。旅の起点は横浜、都会を超えて日本海への分水嶺を超えて、夏のスキー場へ向かう電車の旅へ出よう。木曜の朝に出かける、お楽しみは金曜に始まるヨ。

①Grateful Dead「Box of Rain」

【ロケ地】横浜 ポートサイド公園

夏はいつも友人の家に住んで1、2ヶ月アルバイトをする。日雇い労働を毎日やって夏の資金を貯める。チケット代に宿代に交通費にその他贅沢のため。汗はきっと涼しい苗場の雨が流してくれるから。そしてタイムテーブルを眺めて天国のことを考える。

青春18きっぷを握りしめて眠る。始発で新潟を目指そうと思うけれどやっぱり僕は寝坊してしまう。いつだってそうだ、始発を乗り過ごして、1時間近く次の電車を待たないといけないから、仲間と夜な夜な缶ビールを空にした公園のベンチで、ぼんやり朝の太陽と港の海を眺める。年に1度のフジロックが始まる。仲間たちは働いているか、もう苗場に入っているか、また会うのを楽しみにして煙草を吸ったら駅へ向かう。窓の外の景色と半日にらめっこが始まる。

②羊文学「天国」

【ロケ地】湘南新宿ライン 新宿駅

湘南新宿ラインはロマンチックな路線だ。北関東の大学に通っていたとき、東京へ出るのによく使った。寝過ごすと湘南まで運ばれるんだぜ? そう思うとワクワクする。窓の外に広がる午前の間延びした太陽、まだ7月の下旬なのに、もう夏の終わりを考えている。

ヘッドホンから聴こえるのは少し悲しい曲だけれど、今日だけはグラウンドレベルにあるリアルな天国に塗り替えられる。南から都会を突っ切って北へと向かう。昼間は湯気を噴いていて、夜はとても明るい新宿を超えていく。線路は過去へも繋がって、蜃気楼の立っていた汗っだくのコンクリートとか、短い恋や海のことを思い出す。

スマホを開いて仲間たちが浮き足立っている様子を眺める。キャンプ道具を積み込んで相乗りの車で北上する奴らはちょっと得意げで、僕にも彼らは少し大人びて見える。前夜祭には行けないけど、金曜は仕事をさっさと切り上げて新幹線で苗場に突っ込む連中は羨ましげに呟いている。みんなそれぞれの天国のことを考えてぼんやり生きている。

③Preoccupations「March of Progress」

【ロケ地】上越線 高崎駅〜水上駅

肩を叩かれ、不機嫌に目を開けたら男が立っていた。「高崎ですよ、終点」と彼は優しく言った。列車の中にはもう誰もいなくなっていた、きっと彼はしばらく悩んで僕を起こしてやることにしたんだろう。礼を言ってデカいリュックを背負い直す。仕事の合間だったらしく彼はスーツを着ていた。列車を乗り換えて、あんな余裕のある大人になりたいな、なんて思いながら外の景色を眺める。眠っているうちに山は迫っていた。

ヘッドホンからは列車のリズムにも似た音楽が流れている。“絶え間ない行進が成功を保証する”と歌い、気分が良くなっていく。日常に積もった疲労が溶けていくのを感じる。じゃがりこを齧りながら曇り空を見上げる。苗場は雨かなと不安になったりする。いつの間にか乗客らもフジロック然としている。ハット被ってウィンドブレーカーとか、網棚には僕のと同じデカいリュックとか、テントとか。列車の中に涼しい風が霧をまとって吹くような気がする。明日にはもう僕らはみんなステージの前で酔ってぐるぐる昇っているんだろう。

④John Adams「China Gates」

【ロケ地】土合駅

いつだっていよいよフジロックだなと思うのは土合駅を過ぎたあたりからだ。水上という、線路脇に素敵な用水の流れる駅で乗り換えたら、列車は山間を縫うように走って行く。そして大きな大きなトンネルへ入る。それはとても深く、列車は中程で一旦停車する。トンネルの真ん中に駅があるからだ。みんなそわそわして辺りを見渡す、雨垂れを模した8ビートのミニマルなピアノがリラックスした緊張をもたらす、不思議な感覚だ。長旅が一旦の終わりを迎えると思うと寂しさも感じる。

この列車がまた走り出すと、やがてトンネルは終わり、中央分水嶺の向こうにいる。雨は日本海に注ぎ始め、否応無しに空気なんかもう苗場と同じだ。まだ準備が出来ていないのに、もうフジロックが始まってしまう。そういうことで土合駅は神聖な場所だ。

⑤DIIV「Home」

【ロケ地】越後湯沢駅

湯沢町はお世辞にも賑やかな場所とはいえない。しかし冬はスキー客が多いらしく新幹線も停まるし、ホテルやら民宿やらが多いし、良い温泉もたくさんある。駅にはもう大勢のフジロッカーが集い、歩いていた。お土産、地ビールなどがここぞとばかりに陳列されている。長い間電車に乗っていたのもあって、僕はそういうのには見向きもしない。

駅舎を出ると、山と山の間にある僅かな平地に水田が敷き詰められているのが分かる。高速道路もあるし広い国道もある。あまり馴染みない涼しい夏を肌に乗せて、ようやく戻って来たなと感慨深くなる。今にも終わる気がする寂しい夏を忘れ、これから始まる最高の夏に期待を膨らませる。青空を食いちらしながら雲が走っていく、宿に荷物を置いた。1年に1度しか会わない旅館の女将さんと話して「来年こそはキャンプにしたいって言ってらっしゃったのに」なんて言われると苦笑いをする。僕はいつになっても柔らかい布団を諦めることができない。

前夜祭までしばらくあるので散歩に出かけて、信濃川水系の魚野川の速い流れを見つめる。笠を被った釣り人たちが呑気にヤマメを釣っているのを除いて、山際に立ち並ぶバブル時代の高級な建物群を見つめ、非日常に慣れていく感覚を思い出す。

⑥Ought「Men For Miles」

【ロケ地】レッドマーキー&オアシス

バスに1時間揺られ苗場スキー場に降りる、湯沢町では降っていなかった雨が当たり前のように降っている。急いでレインコートに袖を通し、早足で明るい方へ歩いていく。行列に並んでリストバンドを腕に巻く。早くオアシスの高くて美味しい飯にありつきたい。

フジロックにはインディー・ロックが似合う、速いビートの激しいやつが良い。グリーンステージのサウンドチェックが聴こえる、雨の中を投光器が動いている、花火が上がる、前夜祭のレッドマーキーは溢れている。馴染みの人間とばったり出くわして、「ここでしか会わないね」なんて言ったりする。「明日は晴れると良いね」と話しながら、鮎とかビールとかカレーとか美味しいものを食べる、それが楽しくて夏を生きている。そんな日常がまた戻ってくると良い。

 

鈴木レイヤ