『WAVES/ウェイブス』31の彩り豊かな楽曲が模る、波打ち際のプレイリスト・ムービーに迫る
『レディ・バード』(2017)、『ヘレディタリー/継承』(2018)、『ライトハウス』(2021)、など数々の話題作をはじめ、ジャンル問わず個性的な作風と観る者の心を掴んで離さないハイクオリティな独自のストーリー性を持つ映画制作会社、A24。アカデミー賞にノミネートされた作品も数知れず、その勢いは衰えを知らない。そんなA24の作品の中でも2021年に一世を風靡した『ミッドサマー』(2019)と並び、公開当時から未だ数多くの批評家や映画ファンから絶大な支持を集めているのが、来年1月1日からNetflixにて配信予定の『WAVES/ウェイブス』(2019)だ。
「プレイリスト・ムービー」とも呼ばれる本作品は、世界の音楽シーンを牽引するアーティストたちの31の名曲によって彩られているが、なんとこの映画はシュルツ監督が事前に使用する楽曲のプレイリストを作成し、そこから脚本を着想し製作された「音楽が主役」の作品である。
今回はA24の珠玉の名作、音楽映画『WAVES/ウェイブス』を率いる人気楽曲を、映画構造や物語の考察を踏まえて解説する。
※ネタバレが気になる方は映画鑑賞後にお読みいただくことをおすすめするが、これから観る方のための新しい視点の共有材料としても楽しんでいただける仕立てを心掛けた。
音楽によって心情を疑似体験できるストーリーテリング
まず、前提として『WAVES/ウェイブス』は全編135分の中で二部構成の物語構造をとっている。ヒッチコックの『サイコ』(1960)に見られるようなこの二部構成の中で、『WAVES/ウェイブス』が描き出す音と光を見事に基調とした陰と陽のコントラストに、登場人物と自分の姿を重ねてしまった人も多いのではないか。
この映画は高校生のタイラーと、その妹のエミリーの物語だ。タイラーは高校のレスリング部のスター選手で、裕福な家庭で幸せに育つ。彼女のアレクシスとも順調で、親の厳格さと父親の厳格さにプレッシャーを感じつつも、不自由ない暮らしを送っていた。
しかし体力も精神力も試される激しいレスリングの試合を続ける日々の生活の中で、身体を壊してしまったことをきっかけに少しずつタイラーの人生の歯車が狂い始める。
そしてタイラーが起こすとある事件によって家族に生まれた歪みが、妹であるエミリーの生活をも一変させてしまう。「厳格で堅実な家族」から生まれた綻びが徐々に広がっていく過程で、我々はもう1度家族の在り方についてエミリーと一緒に考えていくことになる。
あらすじからも窺えるように『WAVES/ウェイブス』は家族をテーマとした物語である。しかし、その根底には「家族」というモチーフに根付いた二面性という本当の主題が見え隠れしている。
そんな物語のスタートを彩るのはアニマル・コレクティヴの「FloriDada」。シュルツ監督はオリジナル・スコアの解説の中で、この曲と映画のテーマ性について以下のように語っている。
‘‘僕はアニマル・コレクティヴが大好きだ。フロリダも好きだし、この曲のエネルギーと混沌が気に入っている。『WAVES /ウェイブス』は、厄介な人間の経験と人生の二面性(不快と美しさ、善と悪、個人と家族)にまつわる作品だ。この曲のブリッジ部分だけを使ったのは偶然ではない。橋は映画全編で使われる力強い視覚的モチーフだ。橋(ブリッジ)で始まり橋(ブリッジ)に終わる。’’──引用:「【ネタバレ楽曲解説】『WAVES/ウェイブス』監督本人が31曲のプレイリストと音楽を語る」
‘‘その橋こそが家へといざなう 戦いの終わりを告げる橋
代償を払った橋 古い橋には、さよならを告げよう’’
橋とは本来、川を隔てた2つの土地を繋ぐものだ。タイラーは厳格な父親の元、自分の中に偽りの橋を作り、レスリングのスターとして輝く理想の息子である自分と、アレクシスと過ごす時間のような、ただの男子高校生としての自分の均衡を保っていたとも捉えられる。あるいは結果的に闇を背負うことになったタイラーと、光へと向かうエミリーとの対比が「家族」という名の橋のメタファーによって繋がれているのかもしれない。
車内を360度見回すカメラワークの爽快感と「FloriDada」のエネルギッシュで心地良いテンポ感は、タイラーが努力によって無意識に作り上げてきた日々の満ち足りた安定的な幸福として物語に還元されている。
また、二部構成に至った経緯としてウォン・カーウァイ監督がリファレンスの1つとなっているとの逸話もある。物語の中でダイナ・ワシントンの「What a Difference a Day Makes」が流れる点も(この曲はウォン・カーウァイの『恋する惑星』の劇伴)映画ファン必見のポイントだろう。
波打つ人生と寄り添う音楽の形
エミリーとその恋人・ルークは、かつてタイラーとアレクシスがそうであったかのように順調に、若き恋の火花を散らす。若者の恋物語はいつの時代も繰り返される。そんな愛する人との旅路への選別として送られたのは、フランク・オーシャンの「Seigfried」だ。
このシーンについて、シュルツ監督は
‘‘脚本では同じくフランク・オーシャンの『Godspeed』を使う予定だった。実は脚本は完成した映画よりもずっと長くて、編集でカットして今の尺にしたんだ。そうすると『Goodspeed』がうまくハマらなくなってしまった。『Seigfried』に入れ替えてみたものの、ロードトリップのシーンに切り替わった瞬間、スコアを流していたから、どうもしっくりこなかったんだ。その理由が当時は分からなかった。ある時、ロードトリップに切り替わる瞬間に『Seigfried』のクライマックスを持ってきたら、魔法のように完璧に合ったんだ。’’──引用:【7月10日公開】全編を彩る音楽が物語を紡ぎだすプレイリスト・ムービー 『WAVES/ウェイブス』。フランク・オーシャンを使用したシーンに込められた特別な思い。
と語っている。ちなみに曲名の「Seigfried」は、ゲルマン神話に登場する竜殺しの英雄・Siegfried(ジークフリート)を彷彿とさせるタイトルである。綴りが異なるため、厳密には違うワードであるが、勇気あるドイツの英雄として語り継がれているジークフリートは、本当の意味で守るべきものを決して失わない男性性の表れであり、タイラーを失ったアレクシスとの関係を繰り返さない、希望と幸せの道へとエミリーを連れゆく騎士として歩み出すことの決意であるようにも捉えられるだろう。
『WAVES/ウェイブス』では、音楽の歌詞や曲調だけでなく、そのタイトルからも、登場人物たちの細かな心情の機微を読み解くヒントを手にすることができる。
‘‘それはループ ループの反対側はループ
これはドラッグをキメてる時の感覚’’
人の人生は短く、『WAVES/ウェイブス』でタイラーとエミリーが対比的に描かれるように、各々の波のような浮き沈みのある中で我々は過ちも喜びも、誰かの歩んできた道のりを繰り返す。しかしときに自分を鼓舞する強い決意と、守るべき存在がそのループから思いもよらぬ新たな旅路を作り出すこともあるに違いない。
音と色のある人生を
『WAVES/ウェイブス』は全31曲の楽曲によって形作られている音楽映画であるが、中でも本作のテーマに最も直接的に触れているのはアラバマ・シェイクスの「Sound & Color」だ。
生命力に溢れた癒しの道のりを歩むエミリーを送り出すかのような、明るくもクライマックスにぴったりなどこか落ち着いたこの曲は、「音と色」という本作最大のキーワードと共にエミリーの新しい旅路を照らし出す。
‘‘新しい世界が窓の外にぶら下がっている 美しく奇妙な音と色
私と共に、心の中で 音と色のある人生を’’
前述と重なる部分はあるが、『WAVES/ウェイブス』では音と色、つまり聴覚と色彩の2方向からのアプローチによって物語が形作られている。1.85:1のフルスクリーンで始まる冒頭では、タイラーの周りで起こる出来事は全て順風満帆だ。ワイドな画面では周りがよく見えていて、そのどれもがどこか未来への期待を含んでいる。しかし、のちにタイラーが絶望の淵に立ち世界が狭くなるにつれて、画面も2.35:1、1.33:1へと縮んでいく。エミリーの視点に映る過程でアスペクト比は再びゆっくりと広がり、日常を取り戻していく。
* * *
不思議なもので、音楽は憂鬱や絶望さえも美しく歌い上げることができてしまう。これは音楽に限ったことではなく、色についても同様の指摘ができるだろう。深い絶望の淵にいる時ほど、一筋の灯りがとてつもなく美しく見えたり、暗澹たる憂鬱を歌った曲ほど案外日常の中で口ずさむほどにハマってしまったりするものだ。キッド・カディの「Ghost!」はタイラーの深い憂鬱を歌った曲であるが、タイラーの重く遣り場のない思考を引摺る辛さを描き出すと共に、どこか芸術的にも映る夜の孤独を感じてしまう皮肉さがある。現実世界には単純明快なベタ塗りの闇など存在せず、幾重にも重なった複雑さと隣り合ったメランコリックな感情を消化するために、エンターテイメントの中で音と色は濃淡をつけながら絶え間なく交錯していることを強く感じた。
誰もが1度は経験する人生の挫折をまばゆい虹彩と圧倒的なサウンドで描き出した『WAVES /ウェイブス』。家族との確執や恋人との人生への悩みに31の楽曲が共鳴する。等身大の生きる苦しみと喜びが詰まった、音楽が牽引するからこそ生み出せる貴重な映画体験を、是非。
すなくじら
