『ジョジョ・ラビット』──愛を探し求める私が見つけた、心に留めておきたい1本

『ジョジョ・ラビット』──愛を探し求める私が見つけた、心に留めておきたい1本

私は普段から映画やマンガ、その他エンタメに垣間見える「愛」を探している。愛情めいたものを見つけた時、それを宝物のようにしまっておきたいと思う反面、誰かと共有したいという欲求もある。生きていると色々なことに唾を吐きたくなるけれど、愛だけは信じられると思える人生を生きていたい。今回は第92回アカデミー賞で脚色賞を受賞した映画『ジョジョ・ラビット』(2019)に描かれた「愛」について書こうと思う。

『ジョジョ・ラビット』は第二次世界大戦下でナチス党首ヒトラーを崇拝する男の子を主人公にした映画だ。10歳の彼にとってヒトラーはイマジナリーフレンド。お茶目なヒトラーは、彼がユーゲント(青少年団)の訓練に弱気でいると叱咤激励してくれる、頼もしい存在として描かれている。

ヒトラーは出てくるし、無論、戦争で人が死ぬ。これはれっきとした戦争映画だ。しかしそれでも伝えようとするのは、人が戦闘要員としてではなく、誰かを愛し、その愛を信じるということ。映画には〈愛は最強。〉というキャッチコピーが付けられている。これは監督であるタイカ・ワイティティの寛容な精神と他者を包容する愛情から創り出された、クリエイティビティの結晶なのだ。

ナチスが支配する世界の中で、誰しもがちゃんと人間として生きている様子が、彼らを取り巻く環境にあるまじき鮮やかなコントラストで活き活きと描き出されている本作。「人間性」という、いわば個を尊重するような思考は、戦争下では通用せず大きなイデオロギーの外に弾き飛ばされる。人間は個から全となり、塊となって敵国を攻撃するため突っ込んでいく。愛なんていわば、諸刃の剣だ。母国のために戦うことが善とされる中、下手すれば真っ先にかなぐり捨てられるものでもある。

そんな中、環境下により強制的に生じた憐憫的な感情ではなく、本来、元から人が持っていた愛情を戦争下のキャラクターたちに抱かせているのが本作の魅力だ。全員が愛を抱えて生きている。それは「戦争」という過去の過ちを鮮明に炙り出し、私たちに胸がつっかえるような苦しさを思い出させながら、決して単純ではない感情をもたらしてくれる。人間が人間を愛することを、『ジョジョ・ラビット』は何よりも念頭に置いて、尊重しているのだ。

本作には様々な愛の形が登場する。主人公・ジョジョとユダヤ人少女のエルサ、ジョジョとその母・ロージーや親友のヨーキー。それぞれが違った形をしていて、人が人に抱く愛が一辺倒ではないことを教えてくれる。

そして特筆すべきは、クィアなキャラクターが登場するということだ。ジョジョたちが所属するヒトラー・ユーゲントの教官、クレンツェンドルフ大尉。彼はゲイであり、そのセクシュアリティは映画を観ていれば分かるように示唆される。それに気づいた瞬間、彼への愛おしさが胸がいっぱいに溢れ出す。

戦争下でナチスという巨大なマジョリティ思想に支配されながらも、自分の愛を信じ、貫いたキャラクターを〈愛は無敵。〉のキャッチコピーで打ち出した映画に登場させることは、まごうことなき称賛に値するクリエイティビティだ。もし私が業界人で、アカデミー賞授賞式の場にいたならば、スピーチ後に誰よりも早く立ち上がり、割れんばかりの拍手をワイティティ監督に送っていたことだろう。

人々は銃を掲げ戦うけれど、そんな中でゲイである彼は生き、1人の人間として愛を知り、愛を手放さないままエンドロールを迎える。そのことが、どんなに素晴らしいか。ただ一言、ため息のように漏れる。「これは愛だ」と。多義の愛、多くにおける愛だと、映画を通して感じるのだ。

平和的、牧歌的というわけではなく、しっかりとしたぶれない眼差しで戦争を見つめ、真摯に、ありえない話としてではなく確かに在った愛を描く。ワイティティ監督は、それを見事に成し遂げた。私が溢した熱い涙は、クレンツェンドルフ大尉の生き様と、彼が信じた愛と、彼を生み出した監督に向けて捧げたい。彼が映画の中に生きた意味を感じられたのは、すなわち映画好きにとって至高の映画体験に代わる。キャラクターに没入できることも、映画の素晴らしさと言えるからだ。

多様性を尊重する人間賛歌はこれまでに何度も映画に描かれ、人々はそれに感動し続けてきた。実際、他者の生き方を地球上の全人類が受け入れられるかといえばそうじゃないし、愛が最強とは言えないだろうし、そんな風には生きていけないから人は過ちを犯し続けるし、既存の概念に留まってしまう生き物なのは否めない。

だけど、夢を見たい。愛が見せる夢を。誰かが誰かを心底愛しているのを見た時、幸せを感じる。そして、自分も誰かを愛したいと思う。

そんな思いを後押ししてくれる映画で、スクリーンが埋め尽くされればいい(映画を観終わったあと、連れ添った相手を衝動的にハグしても変な目で見られなかったらもっといい)。 

 

愛でヘイトを「撤退」させた『ジョジョ・ラビット』。あの世界に生きた人々を、私はずっと忘れないだろう。

安藤エヌ