ミュージカル・ドラマを代表する不朽の名作『RENT/レント』──愛と苦悩に満ちた限りある時間の中で
映画『RENT/レント』は、2005年にアメリカで制作されたミュージカル・ドラマ映画だ。オペラ『ラ・ボエーム』を原作とし、数々の名誉ある賞を受賞したブロードウェイ・ミュージカル『レント』の映画化作品であり、オリジナル・ブロードウェイ・キャストのうち6名が同じ役で映画にも出演している。
ミュージカルを映画化した作品とあって、代表曲「Seasons of love」のほか、劇中には様々な楽曲が登場する。本場ブロードウェイ・ミュージカルの迫力さながらの歌唱は、観た者の心を強く揺さぶり、忘れがたい鑑賞体験をもたらす。

また、本作は複数の男女、あるいは同性同士の組み合わせからなる群像劇が織りなす人間ドラマが大きな魅力だ。セクシャルマイノリティを自覚しながらひたむきに生きる登場人物の姿、そしてエイズや薬物中毒の闇に打ち勝とうとする青年たちの強さが描かれている。『RENT/レント』は舞台となったアメリカで広く愛されているが、映画化されたことにより日本でも認知が高まり、同時にエイズや薬物に関する問題への関心を集めた作品と言ってもいいだろう。
本稿では、映画の冒頭で主要キャストらによって歌われる「Seasons of love」という楽曲と映画の関係性について考えていきたいと思う。
映画の冒頭でステージの幕が上がり、スポットライトに照らされた登場人物たちが一列に並んで歌う「Seasons of love」。

オリジナル・サウンドトラックの1曲目にも収録されているこの楽曲は、映画そのものを代表する名曲として多くの人の心に残り、今もなお愛され続けている曲だ。
なぜこの曲が映画そのものを表した曲だといえるのか。答えは、その歌詞にある。以下が歌い出しの和訳だ。
〈52万5600分52万5000回の大切な瞬間
あなたは1年という時間をどのように計る?
陽の光の数? 朝日の数?
夜の数? コーヒーの数?
インチやマイルで? それとも笑った数や喧嘩の数?〉
「Seasons of love」は1年という月日をどのように過ごすか、という意味合いの歌詞が綴られている。 彼らが「人生」という名のステージに立ちこの曲を歌うことは、すなわち「自分たちに与えられた時間」を歌っている(生きている)、と解釈できる。ミュージカルが元となっているため、サウンドトラックに並ぶ楽曲はどれも登場人物の人生や生き方そのものにリンクしており、私は以前綴った「ミュージカルで歌われる人生への憧れ」を本作にも等しく抱いた。どんな困難が待ち受け、逆境に立たされようと、「自らの生」を諦めず他者に愛を与えようとする登場人物たちに深い敬意を抱き、同時に心打たれたのだった。

また先に挙げたように、本作ではヘテロカップルのほか、レズビアン/ゲイのカップルも登場する。彼らを取り巻くエイズや薬物中毒といった問題も現実的に描かれ、中には命を落としてしまう人物もいるが、彼らは最後まで「人を愛すること」の喜びを忘れずに現実と対峙し、抗いながら生きようとする。
まさに「Seasons of love」で歌われていた「人生をどう生きるか」「悔いなく生きるには毎日を懸命に生きることだ」というメッセージが、ここにも込められている。残された時間が僅かであることを知っているからこそ、彼らの命は煌々と輝きだす。有限である人生をどう過ごすべきか。どんな風に他者を、そして自分を愛するべきか。そんな生きとし生ける誰しもに必要なメッセージを、『RENT/レント』は全編を通して伝えようとしているのだ。

そして私は本作を観たあと、より一層セクシャルマイノリティとして生きている人の生き方や、エイズなどの問題に目を向けるようになった。映画を観終わったあとで、改めて世界情勢に目を向けてみると、エイズ問題は過去より深刻ではなくなったにしろ、今もなお苦しんでいる患者や、偏見や差別といった考えが存在している。
LGBTQA+を理解すること、それに付随する問題に目を向けること。その出発点として、『RENT/レント』のような映画の存在はとても重要ではないだろうか。
公開から15年以上経った今も、彼らが本作で映し出した命の輝きは今もなお人々の心に焼きついている。『RENT/レント』が描かんとしているものは仰々しい愛ではなく、隣人や、あるいは他者が当たり前のように自分を愛してくれるような、この世の誰もが疎外感を感じることなく生きられるような未来へのささやかな希望なのではないだろうか。
人は希望という名の眩い光を、一度観たら忘れることはできない。だからこそ本作は世代や時を超えて世界中で愛され、人々にエンパワーメントをもたらす作品として燦然とその名を輝かせているのだろう。
安藤エヌ
