旅と音楽のハーモニーが開く扉の先──新海誠『すずめの戸締まり』が愛される所以

旅と音楽のハーモニーが開く扉の先──新海誠『すずめの戸締まり』が愛される所以

映画『すずめの戸締まり』が11月11日より公開中。『君の名は。』(2016)『天気の子』(2019)を生み出した新海誠の最新作ということで、公開前から人々の期待を馳せた本作であるが、観る人を惹き付けるストーリー性の高さはもちろんのこと、作品中に25曲もの劇伴が流れていることにも驚きを隠せない。

今回は主題歌2曲「すずめ feat.十明」「カナタハルカ」を始めとした、映画『すずめの戸締まり』を彩る音楽について振り返っていく。

※できるだけネタバレには配慮しているが、一部あらすじにも触れるため、どうしても気になってしまう方は映画の鑑賞後に再び本記事を訪れてほしい。

長い旅路の幕開けを飾るOP「すずめ feat.十明」

『すずめの戸締まり』は、平穏な田舎町に暮らしていた少女が廃墟に現れる不思議な扉を探す青年と出会い、災いを封じるための旅に出る物語だ。

映画公開前から注目を集めた予告編の映像では、すずめが鍵を開ける音に続いて、オープニング曲の「すずめ feat.十明」が流れ出す。特に映画を観終わった人ならば、この思わず口ずさみたくなる不思議なメロディがしばらく脳裏を離れなかったという方も多いのではないだろうか。

これから旅を始めるすずめを伝承の世界へと手招く、妖艶さと昔懐かしい童謡のような温かさを伴った本楽曲を歌うのは、TikTokで人気のシンガー・十明(とあか)。この曲を歌うためのオーディションによって抜擢されたという彼女だが、素性や過去の音楽活動について現段階では有力な情報がないミステリアスなアーティストである点も、幻想的なオープニングに絶妙にマッチする。力強く伸びていくサビに身を任せ青空の続くすずめの故郷へと足を伸ばせば、すずめと草太、そして我々の戸締まりの旅の幕開けはもうすぐそこにある。

新海作品の解像度を一気に引き上げる名脇役「カナタハルカ」

正直な所、新海誠の作品といえば良くも悪くもRADWIMPSの曲のインパクトに支えられているというイメージを持ってしまう観客が一定数以上の割合で占めていることは事実であり、筆者も過去作からその印象を払拭できずにいたことは否めない。しかし、『すずめの戸締まり』については作品世界の解像度を数段上げる意味で「カナタハルカ」がとても良い役割を担っている。その場のシーンを盛り上げる劇伴としての役割だけを見てももちろん優秀な一曲であるが、草太の心情描写とも捉えられる歌詞に心を掴まれる楽曲だからだ。

『すずめの戸締まり』の良さはヒロインが活躍するいわば「ヒロイン視点の物語」である。そこがまた『君の名は。』『天気の子』と比較した時の本作の魅力でもある一方で、すずめの旅の相棒である草太の心の変化については掴みにくさを感じてしまう欠点は本作の弱さでもある。しかし「カナタハルカ」によって、最後の最後で草太の旅の中で変わっていく心の機微が音楽で丁寧に描写されるというのは非常に凝った演出であった。草太とすずめの関係性が変化していく過程への「置いてきぼり」の緩和に音楽がとにかくあとから効いてくる。是非、本作を観終わったあとに歌詞と並べてもう一度聴くことをおすすめしたい。

ロードムービーと懐メロが織り成す「共通言語」としての親和性

実は『すずめの戸締まり』には松田聖子の「SWEET MEMORIES」や荒井(松任谷)由実の「ルージュの伝言」、斉藤由貴の「卒業」など、各所で日本の懐メロが登場する。観た人ならわかるであろう「ドライブ」のシーン(該当シーンの背景や前後のネタバレは避ける)について、旅と音楽の親和性について新海誠がパンフレットで語っているので一部引用をさせてもらう。

〈あれは、まずドライブシーンに何かポップスを流したいというのがあったんです。(中略)そこで選曲をどうしようかなって考えて行った時に、昭和歌謡みたいなものが楽しいかなと。みんなどこかで聴いたことがあるような曲にしたら、どのような世代にも楽しんでもらえるんじゃないかなって思ったんです。〉──『すずめの戸締まり』公式パンフレットより引用

ファミリーからカップル、コアな映画ファンまで新海誠の監督作品を観に訪れるあらゆる層にとって「共通言語」として聴き馴染みのある楽曲を挿入歌に選ぶことで、劇場にいる全員で旅をしているかのような一体感が生まれていた点は筆者も身をもって感じていた。校歌や国歌、社歌など、ひとつのコミュニティを繋ぐための音楽があるように、この映画を観た人だけが感じられるその場限りの『すずめの戸締まり』における旅の時間の共有を可能にしているのは、新海誠が選んだ懐メロの数々の存在あってのことだと言えよう。

旅のお供に選ばれた楽曲を遡って、家族や友人と一緒に楽しむことができるのも本作が観終わったあとも余韻を残す理由だろう。この映画を「どんな世代の人が」「誰と一緒に」「どういうシチュエーションで」観たのかによっても印象に残る楽曲は変化するに違いない。

特に都内近郊の主要映画館を中心に公開初日の段階で20回以上も上映されているほど、映画界からの期待値も高い本作。一度観に行った人もこれから観にいく人も、音楽に着目してもう一度すずめと扉を開ければ、新しい発見があるかもしれない。

すなくじら