【インタビュー】P2B Haus Kichijojiオーナー兼CTO・柄沢聡太郎氏が語る「ビールとITの親和性」
「ビールを通して、人と人が繋がる場所を提供できる場所にしたい」--
そう語るのは、株式会社スターフェスティバルの現役CTO(Chief Technology Officer = 最高技術責任者)でありながら、今年1月にオープンしたばかりのクラフトビールレストラン・P2B Haus Kichijojiのオーナーを務める柄沢聡太郎氏。柄沢氏は様々なIT現場で活躍しながら、PHPのセオリーを徹底解説した技術書『パーフェクトPHP』の制作に携わるほか、株式会社クロコスの起業やCTO就任など数々の大役を担ってきた、IT業界のトップランナーだ。
今回は、musitの運営元がシステム開発をメイン事業として行っていることから縁をいただき、P2B Haus Kichijojiを訪問。柄沢氏が突如飲食業界へ参入した理由、また自身の役職を名称につけたオリジナルエール『CTO IPA』の製造経緯について、田中店長と柄沢氏の2人に詳しく話を聞いた。
インタビュー/文=翳目
写真=musit編集部
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吉祥寺の人気エリアにひっそりと構えるビアレストラン・P2B Haus Kichijoji
P2B Haus Kichijojiは吉祥寺駅から約5分ほどの距離にあるクラフトビアレストラン。
吉祥寺の中でも特に飲食店がひしめき合う通称「東急裏エリア」に店舗を構えており、久我山や三鷹などといった近隣のマイクロブルワリーから仕入れるものや、国内ではあまり見かけないような珍しい銘柄まで、日毎の入れ替わりを楽しみながらこだわりの詰まったビールを気軽に飲むことができる。
扉を開いてまず目に入るのは、開放感のある真っ白な壁と大きなガラス窓。カフェのような落ち着いた店内なので、女性1人でも気兼ねなくビールを楽しめる心地良い空間になっている。もちろん、入ってすぐのカウンターには消毒用のアルコールを設置し、カウンター、テーブル共に席数を減らしての営業といったコロナ対策も万全。

その日のビールはカウンター内側の壁に直接水性マジックで書かれ、メニュー表に記載されている説明文と照らし合わせながら気になった銘柄を選んで注文することが可能。この日取材に出向いた筆者と弊社エンジニア2名は、着席するなり柄沢氏にサーブしていただいたビールを嗜みながら、和やかな空気感で取材をスタートさせた。
ITと飲食業は全く違うようで、どこか繋がっている
--まずは、P2B Haus Kichijojiをオープンさせるまでの経緯を教えてください。
柄沢:元々ずっとIT業界にいて、起業やCTOも経験して「次は何をやろうかな」ってぼんやり考えていたんですよ。エンジニアは自分で書いたコードがサービスとしてリリースされて、それが何千万人規模のユーザーに使われる、っていうのがすごく自分的には楽しかったから、引き続きIT関係のことをやっていこうとは思っていたんですけど…。でも、次第に「<そうじゃないビジネス>も経験してみたい」っていう気持ちも徐々に芽生えてきて。ローカルビジネス的なことをやりたいな、と。で、元々ビールが好きだったから、「自分でビアバーを作ってみよう」って思ったんですよね。

田中:私も元々はIT企業のデザイナーだったんですけど、辞めたあとに六本木のBeer Cuisine GOSHIKI roppongi(ビアレストラン。現在は閉店)で働いていて。柄沢さんはその当時のお客さんだったんです。
柄沢:しかも、時期は被っていないけど話したら同じ会社だったっていうね。笑 そんな繋がりもあり、開業についてぼんやり考え始めた頃に「
田中:まさかここまで「手伝う」ことになるとは到底思ってなかったですけどね!笑
--ローカルビジネスを始めるうえで、小売業は選択肢になかったんですか?
柄沢:僕自身元々すごくビールが好きで、かつ慣れ親しんだ吉祥寺という街で飲食店をやりたいと思ったので、小売をやる選択肢はなかったですね。やるなら飲食業…それもビールを扱う店がいいなと。あと、ITの世界だと1度に相手にするユーザーは何万人といるけど、飲食店では1度に接客できるのがせいぜい4、5人。1日換算で言えば多くても20〜30人じゃないですか。その中で「どれだけ多くのお客さんを満足させられて、リピートに繋げられるのか」っていう部分にものすごく興味があったんですよね。ITと飲食は明確に違う部分もあるんですけど、そういった視点は同じだったりもして。
--大きなネットサービスとは違い、飲食店は対面でのやりとりになる分、様々な出会いや発見も多いかと思います。お店の名前はどのように決めたのでしょう。
柄沢:僕も田中さんもIT業界出身なので「ITっぽい名前が良いよね」とは漠然と考えていて、お互いにいくつか候補を出してたんです。その中で<端末対端末>を意味する<ピア・ツー・ピア(Peer to Peer)>を少し文字って店名にしたらいいんじゃないかと。<ピア・ツー・ピア>のピアー(Peer)』って本来、同僚だったり仲間っていうニュアンスがあるんですけど、「ビールを通して人と人とを繋げて、仲間が生まれる場所」という意味合いで、PeerのPをBeerのBに置き換えて「P2B」にしました。
現役CTOが生み出した、あくまでオーソドックスなビール『CTO IPA』
--ビールを通して人と人が繋がる、素敵な発想です。ITに紐付けるという点で言えば、今いただいているオリジナルビール・CTO IPAもそうですよね?ご自身の役職が名前になっていて。
柄沢:CTO IPAは、「自分がこれまでに歩んできたキャリアをオリジナルビールとして表現したい」っていう思いから生まれたビールなんです。この世に1つしかないオリジナルエールを作って、自分が作ったお店に置いて、現役CTOでもある自分がサーブしたら面白いんじゃないか、と。笑

--エンジニアにとってはすごくそられるネーミングだと思います。笑
柄沢:ですよね。笑 実はCTO IPAっていう名前に引かれてわざわざ遠方から飲みに来てくれるエンジニアも多いんですよ。謎のIT酒場みたいな感じになったりもして…。CTO IPAを一緒に作ってくださったのは、早稲田にある《カンパイ!ブルーイング》さん。カンパイさんはここを開業するにあたってビールの仕入れ先を探していた頃、ほかのブルワリーのブルワーさんから紹介してもらったんですけど、初めてカンパイさんのビールを飲んだ時に「なんだこれは!?」って衝撃を受けて。
あまりの美味しさに惚れ込んでしまって、開業してからも頻繁にカンパイさんのビールを繋がせてもらってたんです。そんな中で荒井さん(カンパイ!ブルーイング代表)に「是非オリジナルエールを作っていただきたいです」って相談したら、快く承諾してくださって…。それからCTO IPAの製造が始まったんです。
CTO IPAのコンセプトは、<奇を衒わない、あくまで王道路線のIPA>であること。IPAにこだわったのは、僕自身がビールの中でも特にIPAが好きだから。最近は華やかで個性的なビールも流行っていますけど、CTO IPAに関しては苦味や香りがしっかり感じられて、どんな料理とも相性の良い、そして何度も飲みたくなるような味わいを目指して作りました。
--おっしゃる通り、全く癖がなくてまさに「IPAってこういうビールだよ」っていうのを忠実に表してくれているようなビールだと思いました。IPAの大切なところだけを汲みとった味というか。
柄沢:カンパイ!ブルーイングさんは元々すごく上品な、雑味のない綺麗なビールを造っているブルワリーさんなんです。だからカンパイさんとタッグを組めたことは一番理想的な形でしたね。

また、カンパイさんはご自身のブルワリーで作ったビールに坂の名前をつけているので、カンパイさんの方では『吉祥坂IPA』という名前で販売してくださっています。吉祥寺は武蔵野台地の一帯だから、吉祥坂なんて本当は実在しないんですけど、吉祥寺にお店があるのと、デザインロゴにも表現されているように<吉祥結び>の意味を込めて「吉祥坂にしましょう」と提案したら採用してくれたんです。
IT業界出身の2人が構築した、前衛的な店舗管理システムにも注目
--お2人ともIT企業をご経験されているということで、お店の中にもIT化されている部分があるのでしょうか?
柄沢:もちろんです! 例えばビールの残量確認は、スマートマットを導入しています。樽の下にデジタル重量計の役割を担うガラス板があるんですけど、この重量計が示した残量の数値を定期的にクラウド上にアップして、それを管理画面から確認できるようになっているんです。

あと、うちはビールのほかにコーヒーも提供しているんですけど、コーヒー豆も同じように管理していますね。コーヒーは同じ豆をずっと使っているので、在庫数がある一定まで減ったら自動で発注書を送ってくれる仕組みなんです。だからコーヒー豆の管理に関してはほぼ放置。笑
予約システムはクラウド予約台帳の《TORETA》を採用しています。それと、うちはほぼ毎日繋げているビールのラインナップが変わるので、メニュー表の作成を簡略化するために最近のWebサイト開発手法を応用しています。具体的に言えば、メニュー表自体はNext.jsで表現していて、それをNetlify(Webホスティングサービス)にWebサイトとして出力させている形ですね。これを最終的に紙のメニュー表として印刷するんですけど、元データを管理しているスプレッドシートとNetlifyをGAS(Google Apps Script)で連携させて、打ち込んだものを即座にメニュー表として反映できるようにしています。



--なるほど! 最近のヘッドレスCMSの手法を応用されているんですね。さすが、IT出身のお2人ならではの店舗管理システムです。では、最後に今後のお店の展望を教えてください。
柄沢:コロナの影響で自粛要請が出た時期、実は自分の中で色々と考えることがあったんです。このまま実店舗として続けていいのか…とか、そういう部分も含めて。でも、僕らがやっていることって「ただビールを売ればいい」っていう訳ではないんですよね。P2Bという店名が表している通り、やっぱりこの場所に来て、人と出会って、その人との出会いが後に仕事仲間にもなったりもして…。そういう繋がりをどんどん増やしていく場所という意味でも、実店舗として経営する意義は十分あると思いますし。僕自身もお店をやっていなかったら出会えなかった人がたくさんいるので、今までのキャリアで培ってきたITの知識を活かしながら、これからも色々な人を繋げていきたいですね。美味しいビールと料理、それから繋がりを提供できる場所としてP2B Haus Kichijojiをこの先も展開していけたらいいなと考えています。
インタビューを終えて
終始穏やかな語り口で取材に応じてくれた柄沢氏と田中店長。2人から感じられる穏やかな温度感も相まって、筆者もエンジニア2名も、仕事でありながらしっかり飲み比べを楽しんでしまった。なお、取材を行った翌日にCTO IPAの第1弾となる樽は終売。現在はCTO IPAのセカンドバッチが販売されており、こちらは柄沢氏曰く「前回と比べ多少レシピを変え、ブラッシュアップしている」とのこと。
また、フードメニューは野菜中心のラインナップで、これらの野菜はすべて八王子の農家から直接届けられており、まさに新鮮そのもの。「<ファームトゥーテーブル>どころか<ファームトゥーマウス>ぐらいの勢いですね。笑」と語る田中店長が作る料理も絶品なので、ビールと料理のペアリングも心ゆくまで楽しんでいただきたい。
様々なビールと、身も心も満たされる料理の数々に舌鼓を打ちながら、IT話に花を咲かせる新たなエンジニアの憩いの場・P2B Haus Kichijoji。あなたも是非訪れてみてはいかがだろうか。
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P2B Haus Kichijoji

musit編集部




