暗澹とした世界で差し出す「祈り」のメッセージ──女優・平手友梨奈とMrs. GREEN APPLE「Attitude」
音楽に耳を傾ける私たちの姿は、しばし「祈り」の様相を呈する。音楽の世界は私たちが生きている場所とは隔したところにあり、本質的には耳という器官のみで受け取るものである。ライブなどで一体感を持ち体感を共有することは、全員が音楽に対する思いを一緒にしたからこそ見える高次元的な景色だ。
私たちはそんな音楽を、祈るように聴くシーンがままにある。絶望した時、苦しくてどうしようもない時、イヤフォンから聴こえてくる音楽に、どうかと身体を預ける。そこから聴こえてくる言葉と音に、それを歌う人の真摯さに、手を伸ばし救いを求める時がある。
何かを一心不乱に信じられるというのは、今を生きる上で手放してはいけない時間であり、経験であり、また光であると思う。
Mrs. GREEN APPLEの音楽は、今を生きる人をすべからく救う「祈り」の音楽だと強く感じる。アドリブチックで奔放な彼らの音楽に乗せられる歌詞には、一貫してリスナーに語りかける言葉の力が宿っている。暗い足元を見つめて生きる人間のもとに光を差し込ませ、時に普遍的でありながらも見落としがちな救いのメッセージを投げかけるのだ。
それは4thフル・アルバム『Attitude』のタイトル・トラックを聴いても感じたし、また2022年7月8日にリリースされたミニ・アルバム『Unity』の収録曲「ダンスホール」にも同じ感情を抱いた。
難解な言葉ではない、けれど最大の「祈り」を、彼らは叫び続けている。世の中の全貌は分からない。人ひとりが知ることのできる世界の真実は限られている。それでも、うわべだけでも分かるのは、人は醜く、そして人が集まり争い奪い合う財産のある世界というのは、着実に濁りつつあるということだ。
美しいものはどこにあるのか。美しさとは一体、何なのか。日々濁っていく世界を目の当たりにしていると、何も分からなくなってくる。美しいものを見たい。なのに、どこにもない。
この世界は腐りかけているのではないか。疑いが確信的なものに変わる1歩手前で、私は「Attitude」を聴いた。
〈「腐ってなんかは居ない」
この世は腐ってなんかは居ない。
そんなことだけでも
何処かで報われた気がして過ごせています〉
美しいな、と思った。この「祈り」は美しい。
腐ってはいないと願うこと、そこで生きること、もがくこと、苦しみながら歌うこと。全部が美しい。ここに私の探していた美しさはあったのだ、と、雷に打たれたように思った。信じがたい世界にいる信じられない自分を、もう少し信じてみたくなった。
そうだ、私もきっと美しい。この歌を美しいと思える心は、きっと何物も裏切らず私の生き方を照らしてくれるはずだ。生き様の美しい人になりたい、例えどんなに世界が汚く見えようとも。そう、強く願ったのだった。
5thシングルの「WanteD! WanteD!」に、アイドルグループ・欅坂46を脱退後、女優/モデルとして活躍する平手友梨奈が出演している。彼女自身も好んで聴くというMrs. GREEN APPLEのMVに出演している彼女の姿を見るのは、少しだけ勇気がいった。なぜなら私はまだ「欅坂46の彼女」にとてつもなく惹かれていたからだ。魂を削り、身一つで表現する恐ろしい彼女を愛していた。その恐ろしさから目が離せず、私は、加虐的とも言えるほどに心臓を揺さぶられていた。その痛みこそ愛していたのだ。
彼女は、笑っていた。破顔、という言葉が似合う、屈託のない、何も恐れるものはないともいうような笑い方だった。そして、「祈って」いた。冒頭、走り抜けてきた彼女が息を切らして急くようにイヤフォンを耳に挿し、音楽をかける。そこから始まる旋律が、彼女を解放していく。海で1人踊る彼女は、どこまでも行けそうだった。何にも制約されず、ただ、全身全霊で踊っていた。
私はそこに、平手友梨奈の言う「人間の魂」をもう一度見た。彼女は「祈り」を「表現」に変え、音楽に合わせて身一つで叫んでいた。それは、夜の静寂に燦然ときらめく輝きとしか言えない姿だった。
心の底から彼女のパフォーマンスが、表情が、感情の発露が好きだと感じた。そして、彼女が微笑みながら踊るこの世界に希望を見つけた。「この世は腐ってなんかいない」と、その姿を見て切に思った。
〈僕らは生きている〉
Mrs. GREEN APPLEが差し出してくれた救い、平手友梨奈が見せてくれた救い。そのどちらも世界の暗澹さを覆すエネルギーに溢れ、明日を生きる私たちを勇気づけてくれる。
祈って、救われる。音楽とは、単なる日常の付属物ではない。時には驚くほどにリスナーの人生を肯定し、生きていくことを躊躇う背中を押す存在になりうる。私たちが思う以上に絶大な可能性を秘めている音楽という芸術に敬意と愛を示しながら、毎分毎秒生まれていく新たな音の粒に耳を傾けていきたい。
安藤エヌ
