虚構と現実を往来する新時代の小説家、遠野遥──父・櫻井敦司(BUCK-TICK)との親子対談から見える「遠野文学」の姿

虚構と現実を往来する新時代の小説家、遠野遥──父・櫻井敦司(BUCK-TICK)との親子対談から見える「遠野文学」の姿

2020年、第163回芥川賞受賞作家の遠野遥が『破局』で残した爪痕は深く、各界の名だたる著名人や世代を超えた多くの読者がその異質な才能を認めていた。

彼の父親はBUCK-TICKのフロントマン、櫻井敦司。文芸誌『文藝』2020年冬季号では遠野×櫻井の親子対談(「生まれながらの影響 ─抱きしめたいほどの虚無」)が掲載され、大きな反響を呼んだ。そこで本稿では、1月7日に彼の3作目となる『教育』、また2019年に文藝賞を受賞した衝撃のデビュー作『改良』の文庫版発売を記念して、先述した親子対談で語られた内容を参照しながら、遠野遥という1人の作家性について迫っていきたい。

※ネタバレが気になる方は作品読了後に再度このページを訪れていただくことをおすすめするが、本稿はこれから読む方のための新しい視点の共有材料としても楽しんでいただける仕立てを心掛けた。

リアリティの箱から展開される、歪でシリアスな作品像

遠野遥は神奈川県藤沢市出身、現在30歳。幼い頃から作家を志していたわけではなく、小説の執筆を始めたのは大学卒業後だと言う。創作に小説を選んだ理由についても「初期費用がかからないから」と話している。

慶應義塾大学法学部卒業。芥川賞を受賞した『破局』も同じく、慶應義塾大学(日吉キャンパス)を舞台に展開されているが、母校を選んだ理由については「(イメージを膨らませる際に)書きやすかったから」と発言している。日吉駅の改札前にある巨大な球体のモニュメント(通称:ぎんたま)や別キャンパスのある三田(物語内では主人公・陽介の住む街として描かれている)など慶應生にとっては馴染み深い反面、ストーリーを読み進めるにつれて本作が単なる私小説の一角に留まらない作品であることが感じ取れるはずだ。

政治家志望の恋人・麻衣子とお笑いライブで偶然知り合った新入生・灯との関係に揺らぐ主人公。麻衣子とは結婚を見据えた交際を続けており、それは陽介自身が抱える「社会規範を遵守し、規則正しい生活を営む」という理性的な人柄からも窺えるが、灯との出会いによって次第に陽介は本能的思考へと傾倒していく。日々の筋トレで築き上げた強靭な肉体とは裏腹に、いとも容易く恋心に翻弄される陽介。論理、あるいは理性で行動選択をする彼の姿からは(平静を装っているように見えても)徐々に自身の中でずれが生じ、終始冷静な文体から滲み出る心情の傾きが浮き彫りになることで本作の醍醐味である「低体温なノンフィクションを保ったままで展開される、歪なキャンパスライフ」の像を捉えることができる。

『破局』

また、2019年に文藝賞を受賞したデビュー作『改良』についても同じことが言える。『改良』の主人公・「私」はコールセンターのバイトをしながら、稼いだ金銭を美容と女装、デリバリーヘルスに注ぎ込む日々を繰り返す20歳。「私」を取り巻くのは、主人公とは真逆に美への呪縛がない女友達・つくね(『破局』では主人公の友人が「膝」という名前で登場しており、両名ともちょうどいい塩梅で主人公と交流するが名付けの由来は些か疑問である)、美を商売道具にして日銭を稼ぐヘルス嬢・カオリ。それぞれの美醜に対する考えとプライドの強弱が交錯しながら、メインテーマとして描かれるのはやはり主人公のストイックな姿勢が紡ぎ出す歪なまでのリアリティである。著者特有の修飾語を極力使わない文体は登場人物の心情を読者に想像させる余裕を持たせるほか、各作品の主人公が受けるリアルで無慈悲な体験も生々しく映し出す。彼の作品全体に漂う異質さと不気味さが、本作を「創作」や「虚構」の一言では片付けられない独特な作品像を生み出しているのだろう。

‘‘自分の体験を書くという感じではなくて、想像で組み立てて書いたものです。体験していないことや、知らないことを考えながら書くほうが、自分でも新しい発見があります。’’──『文藝』2020年冬季号

表現者同士の対談、「生まれながらの影響」が意味するもの

『破局』単行本の帯には‘‘新時代の虚無’’とのコピーがあり、その一文は芥川賞受賞以降も多くの場で用いられたことから遠野遥=虚無主義的な作家、の方程式が読み手のイメージとして結び付くようになった。ニヒリズム、あるいは著者の作品像と近い位置にいる作品を挙げるならば(日本文学史の系譜で言えば)三島由紀夫『仮面の告白』や森鴎外『ヰタ・セクスアリス』などがそれに当たるのではないかと筆者は考える。

しかし、親子対談内において遠野は‘‘三島由紀夫作品を読んだことがない’’(※当時)ときっぱり断言している。既に各媒体のインタビューで公言している通り、「遠野文学」の基盤にあるのは夏目漱石や村上春樹である。ニヒリズムの裏を掻く純文学の中から「極北」と呼ばれるまでの作家性を秘めるその才能に、異なるフィールドながらも表現者として独自の世界観を作り出す櫻井との血縁関係が滲み出ている気がしてならない。

『改良』

ちなみに余談だが、前述した遠野の発言の引用の前に櫻井は‘‘最近は、また三島由紀夫を読み返しています。(中略)三島由紀夫と川端康成の映像をYouTubeで見たりして、やっぱり面白い人だなと’’と遠野の質問に対して返答している。似て非なる親子の繋がりを実感するほか、(編集側の提案に過ぎないかもしれないが)櫻井は「遠野先生」、遠野は「櫻井さん」と呼び合っているのも本対談の見所だろう。互いが互いを「親子」ではなく「一表現者」として相違点を探り合う点は、本企画が親子<アーティスト同士としての対談であることを読者に強く意識させる。

最新作『教育』で踏み込んだ「遠野文学」の新境地

遠野遥が1月7日に河出書房新社から発売する、自身初の長編小説『教育』は『文藝』2021年秋季号に掲載された作品であり、第43回野間文芸新人賞候補に選出された。『文藝』の巻頭特集が偶然「怨」であったことも加算し、初読後は(誌上では別枠として扱われていながらも)全身が深い谷底へ沈むような感覚に陥った。

「私」として社会に溶け込むことを強く志願した『改良』、「私」を翻弄する2人の女性との関係性を描いた『破局』とこれまで2作品を発表した遠野が今作で展開するのは、超能力の成績向上のため、学校が推奨する1日3回以上のオーガズムを達成する高校生「私」の物語──言うなれば「ネオ学園文学」だ。

初の長編小説という点で前作よりも登場人物が増え、それに伴って工数が増したこともあり作者自身も「プロットの段階でかなり苦労した」と語っているが、冒頭で言及した「虚構を放ちながらも保たれるリアリティ」はやはり今作でも健在だ。(ポルノビデオのインタビューシーンから始まる点で既にその異質さを認めざるを得ないが)『破局』同様に社会規範を遵守しながら生きる論理的思考を持った主人公と、フィジカルとメンタルの両方を育むことを目的とした高校生活が描かれる構成は、危険な香りを終始醸しながらも読者と全くの遠い位置関係にある創作小説ではないように感じてしまう。脈絡のない挿話と独白、いかなる時も理性を欠かない(ように見える)主人公の語り口で展開される文体、その他作品内に登場する様々な要素が絡み合い、読者を知らずのうちに内側から外側へ、日常の軌道から外れた空間へ、現実と虚構の境目がなくなる世界線へと連れていく。‘‘新時代の虚無’’と呼ばれるその作家性は、個々人が抱えていた「常識」を覆して遥か遠くへと連れ出し、非現実世界との接続を可能にしながら爽やかな表情でスマッシュを打つ無限の可能性を秘めているのだ。

 

‘‘去年の十二月、BUCK-TICKのコンサートに代々木まで来てくれて。まだ『破局』が雑誌に発表される前でしたね。終演後、楽屋で少しお話したときに、帰り際に遠野先生が、「次にお会いするときは、芥川賞作家です」と言ったでしょう。(櫻井)”──『文藝』2020年冬季号

翳目