musit的マンスリーレコメンド/2021年8月

musit的マンスリーレコメンド/2021年8月

musit所属ライター陣が、月ごとに新譜をそれぞれセレクトしてレビューを行う月末更新連載。2021年8月は、2年ぶりに新作をリリースしたタイ・セガール、Rate Your Musicなどでも評価の高いLingua Ignota、豪華な楽曲提供者で話題沸騰の月ノ美兎など、計6枚をピックアップした。

Ty Segall『Harmonizer』

Label – Drag City
Release – 2021/08/03

西海岸ガレージ/サイケ・シーンの重鎮、タイ・セガールからサプライズでリリースされたアルバム。なんとソロ名義では2年ぶりと、彼にしては久しぶりの作品となった。

34歳になったタイが13thアルバムで描いたのは完全なアップデートだ。ヘヴィーであること、いくらかサイケであること、これぞタイ・セガールという要素をそのまま進化させて新境地に踏み込んだ。前作『First Taste』のあと、本人曰く“曲作りに行き詰まっている、自分のギタースタイルの限界にぶち当たってしまった。同じやり方ではもう何も出てこない ”(出典:Ty Segall on Giving Up The Guitar (For Now)という状態に陥り、キャリア最長の沈黙を経て、奇妙でヘヴィーな音の冒険はこれまで以上に堂々とクリーンになった。

ちなみにアルバムのタイトルは、タイの新しいホーム・スタジオのハーモナイザー・スタジオから。本作はコロナ禍にそのスタジオで書かれたということだが、少しずつフェスも開催され、野球場は満員、タイ・セガールの新譜もリリースされていく他所の様子を眺めていると、日常の帰還も遠い話ではないように思えてくる。

(鈴木レイヤ)

挫・人間『散漫』

Label – redrec/sputniklab.inc
Release – 2021/08/04

コロナ禍の影響に伴い延期を重ねながらも昨年行われた全国ツアーをもってアベマコトが勇退し、後任にマジル声児、また正式ドラマーとしてスローセックス石島が加入。4人体制として再始動するも約5ヶ月で石島が脱退。さらにはレコーディング中にマジルが骨折--と、まさに「散漫」な状況の中でリリースされた本作。

「人間やめますか?」では前述した不条理な出来事の連続に鬱憤を募らせた下川の心情が吐露されている一方、「マンガよみたい」では一旦休憩、と言わんばかりにスローテンポで気怠く進み、湘南乃風の某曲を思わせる「アイオワの風」など狂気さえも孕んだコミカルな楽曲も収録され、アルバムの制作背景に留まらず、ならばいっそ楽曲も「散漫」に、という下川らしい構想から制作されている。

‘‘保証はないけど 人生って悪くないでしょ? バカみたいでしょ’’--常人では達しえない下川の変態的な音楽センスは加速していくばかりだが、一方で先日30歳を迎えた彼のキャパシティの広さも窺える。長く社会に対する悲嘆と怨念を歌ってきた彼が「バカみたいでしょ」と笑い飛ばしている姿を思うと、パンデミック下に置かれた我々における「散漫」な日々の中にも一筋の光を見出せる気がするのだ。

(翳目)

Lingua Ignota『Sinner Get Ready』

Label – Sargent House
Release – 2021/08/06

アメリカのマルチ奏者・Kristin Hayterのソロプロジェクト、Lingua Ignotaによる4枚目のアルバム。ドゥーム/スラッジ・バンド、The Bodyのアルバムに参加していたことでご存じの方もいるだろう。

オペラ/ヨーロッパの民謡的歌曲をインダストリアル、ノイズ、辺境音楽などの要素で汚していくという手法は前作『Caligula』から引き継がれているが、今作では暴力性は鳴りを潜め、アレンジがより緻密になり、彼女の声の響きやメロディーに重点が置かれている。クラシック音楽の訓練を受けたことによる素養の高さが発揮されているのだろう。しかし、それが逆に怖いというか、例えるなら高2まで札付きのワルだった先輩が、高3で急に真面目になったような不気味さ(?)に近いものがある。

個人的にはニコやスロッビング・グリッスルのメンバーによるプロジェクト諸作を思い起こしたが、例えばディス・ヒートやマイケル・オシェイなど《Dome Records》関連作が好きな方にも是非聴いて欲しい。

それにしてもこのアルバムで1番驚いたのが、ある箇所で微かに聴こえるミンミンゼミの声。アメリカにもミンミンゼミっているんですかね。

(仲川ドイツ)

月ノ美兎『月の兎はヴァーチュアルの夢をみる』

Label – SACRA MUSIC
Release – 2021/08/11

2018年のデビューから既にトップクラスの人気を誇るVtuber・月ノ美兎。1stアルバムとしてリリースされた本作は、まるでウサギが自由に広野を駆け回るかのようにカオティックなポップ・アルバムだ。

ド派手な楽曲提供者のラインナップに加え、彼女自身の類稀なヴォーカリストとしての才能も相まって本作には一切過不足がない。長谷川白紙の持ち味であるブレイクコアとジャズを変幻自在に操ったサウンドと呼応するかのように彼女のウィスパー・ヴォイスが乗る「光る地図」、COALTAR OF THE DEEPERSのNARASAKIが手掛けた「浮遊感UFO」に見られるニューウェーブのスパイス、さらにはデビュー当時、彼女が洗濯機の上に機材を固定して配信を行っていた過去のパロディが歌詞の中に描かれている「みとらじギャラクティカ」など、もれなく全楽曲が月ノ美兎のエンターテイメント性を表現しているように思う。

‘‘ガラス越しのリアルまで この歌届けたい 目指すは一流 夢のヴァーチャルアイドルへ’’--本作を長い夢だとするならば、眠りからさめる寸前で自らの「夢」をこんな風に語る彼女はなんて力強く、愛おしい存在なのだろう。

(翳目)

八十八ヶ所巡礼『幻魔大祭』

Label – PPR
Release – 2021/08/18

マーガレット廣井率いるバカテクスリーピース、八十八ヶ所巡礼の3年ぶり8作目のアルバム。

トリッキーなリフやアンサンブルなど持ち味を出しつつ、近作は「歌」「言葉」をよりシリアスに聴かせようとするマインドを感じる。前作『凍狂』収録の「紫光」は、そういう意味でもキャリアハイを更新する名曲だった。今作も時折ほろっと泣かせる詞を差し込んでくる。ずるい。ミディアムチューン「慧光」はその筆頭で、“誰もいないのに ぬくもりが悲しい 眠たくないのに ずっと飲んでしまった珈琲 ”と、まあ…切ない。「神@熱」では“正気な僕らが莫迦にされていく ”、「狂感できない」では“嗚呼 僕のこの世が わかんない ”と、そんな具合だ。

極め付きは“昔々 おかしな疫病が ひっきり無しに流行ったらしい ”なんて言い出す「IT’S a 魔DAY」。既に過去形なのがグッときてしまう。その風貌もあって浮世離れした印象の彼らだが、きっと同じように悩み、行く末を思案しているのだろう。そりゃそうか、酒飲みだもの。外で酒、飲みたいな。

なお、彼らの作品はほぼストリーミングにない。MVはYouTubeにアップされており一見の価値ありまくりだが、アルバムを聴きたきゃ谷口崇の強烈なジャケットを手に取るしかねえぜ!

(對馬拓)

んoon『Jargon』

Label – FLAKE SOUNDS
Release – 2021/08/25

2014年結成、キーボード、ベース、ドラム、そしてハープという特殊編成のフィメール・ヴォーカル・バンド、んoon(フーン)。ソウル/ファンク/ジャズ/ポップスの境界線を揺蕩うことをコンセプトとしている彼女たちの新作EP『Jargon』は、まさにその権化となった。

ヒップホップ・アーティスト、valkneeとコラボした楽曲「Lobby」は、アシッドジャズを基盤に50年代ファンクのアプローチも伺える。そしてvalkneeの軽快なラップが彩ることで、曲のバランスが整う。まさにアルバムの1曲目に相応しい。

んoonの楽曲は常識に囚われないユーモラスさがある。ラストナンバー「Sniffin’」はそれがよく現れた曲だろう。基本的に曲の土台として決められた音域があるベースだが、この曲ではその役割を放棄している。代わりにハープとピアノが土台を作り上げ、ベースはヴォーカルに寄り添うメロディーラインを弾き続ける。そのスタンスは70年代を代表するベーシスト、ジャコ・パストリアスをも彷彿とさせる。

んoonの音楽はよくある「クロスオーバー」という言葉では表現できない。様々なジャンルの点と点を結ぶ線のような存在と言えるのだ。

(Goseki)

 

musit編集部