Deafheaven『Infinite Granite』が浮き彫りにする静閑かつ凶暴な実像

Deafheaven『Infinite Granite』が浮き彫りにする静閑かつ凶暴な実像

ブラックゲイズのパイオニアであり、西海岸インディー・ロック・シーンの要でもあるデフヘヴン(Deafheaven)の新作『Infinite Granite』がついにリリースとなった。シューゲイズ・リバイバル前夜とも言える2010年、カリフォルニアはサンフランシスコに打ち上がったこのバンドは、ブラックメタルとシューゲイズを融合させたブラックゲイズの名を世界に知らしめた。

しかし、今年リリースされた5thアルバム『Infinite Granite』で彼らはブラックゲイズの甲冑を脱ぎ捨てる。今作であらわになったのはデフヘヴンというバンドの底知れぬ可能性と、ロックの枯れかけた20年代の荒野に咲く一輪の黒バラだ--ここにジャンルの箍を外した静かで凶暴な音楽が始まる。

『Sunbather』から『New Bermuda』で完成したブラックゲイズ

デフヘヴンとその代名詞であるブラックゲイズが世に知れ渡ったのは2013年の『Sunbather』をリリースしたタイミングだろう。コンヴァージ擁するレーベル《Deathwish》からリリースされた1stアルバム『Road to Judah』はグラインドコアやブラックメタルにポストロックの旋律をぶつけたような作品だったが、ブラックゲイズの第一人者へと成った背景には、元来的なシューゲイザーよりも当時においてその周辺ジャンルで最も有力であったドリームポップの影響が大きかった。

『Sunbather』にはLushの「Sweetness and Light」やChapterhouseの「Pearl」、そこから例えばBeach Houseの「Zebra」などへと続く、ある種のドリームポップの潮流が見えてくる。オープナートラック「Dream House」のタイトルからもその匂いは感じれる通り、伝説的アルバムとなった背景には、ひとつ踏み込んだポップネスを持ち込むことによる化学反応が存在していたのだ。この点でやはり、収斂的に重なりはすれどアルセストにおけるブラックメタル×シューゲイズとはニュアンスが異なっており、後続であるデフヘヴンの方がブラックゲイズのパイオニアと称されるケースが多いのだろう。

彼らが『Sunbather』でものにした武器を鋭利に磨きあげ、実際の意味におけるブラックゲイズを完成させたのは2015年リリースの『New Bermuda』でのこと。本来的なシューゲイズを振り回せるようになった彼らはドリームポップ性を一段深層に沈めてよりハードでエッジーな作品を完成させ、ブラックメタルを強固にしたうえで、さらに先祖返りしスラッシュメタルからオルタナティヴ・ロックへ接近するメタリカのようなリフを奏でる一面も披露した。

つまり2015年の時点でデフヘヴンは一旦ブラックゲイズというジャンルの旅を完走し、新たな境地へ踏み出す地盤を作っていたとも言える。既に存在していたポストロックとメタルを掛け合わせたポストロックに比べれば、ポストメタルとドリームポップの融合はほとんど新ジャンルの錬金に近い。最新作『Infinite Granite』を聴いてやっと気付いたのは、かけ離れた2つのジャンルを繋ぎ合わせるようなことができるバンドは、当然のようにアイデンティティの強固な鎖を持ち合わせているということだ。

Deafheavenが手に入れた新しい声

『Infinite Granite』を聴いてまず気になるのは、ブラックメタル然としていない所に違いない。静かなアンビエント・ノイズから始まり、ブラストビートどころかポストロック的なドラム、そしてディレイとリヴァーブのギター・サウンドへと繋がっていく1曲目「Shellstar」。この時点で予想できることではあるが、ジョージ・クラークは叫ばずに歌い始める。今作に取り掛かった早い段階で、ジョージは新しいスタイルのヴォーカルで歌うことを決めていたようだ。

しかし、これまでの「叫び」という武器を使わないことは大きな決断である。シューゲイズを基軸にアルバムを作るにあたって、ジョージは柔らかいウィスパー・ヴォイスに懸念を持っていた。数々のバンドを目にしてきた中で、アルバムでは轟音のギター・サウンドとコントラストを描いていたウィスパー・ヴォイスが、ライブの場面では必ずしも上手くミックスされていないケースがあったという。そこでジョージはニーナ・シモン、チェット・ベイカーなどのクラシックや、ティアーズ・フォー・フィアーズ、デペッシュ・モードなどを参考に、新しいスタイルをアルバム通して武器にできるまで力強く磨き上げたのだ。

(出典:Deafheaven on evolution, reinvention, and Infinite Granite

ブラックゲイズのその先

また、今作を通して強く感じられるのはNYのインディー・ロック・バンド、DIIVからの影響だ。彼らは現代のNYインディー・サウンドにシューゲイズを持ち込み革命的な音楽を作り、多くのフォロワーを生み、オリジナル・シューゲイザーのRideへまで影響を及ぼしている。

一見、意外な組み合わせだが、DIIVのザカリー・コール・スミスが薬物依存治療のリハビリ後バンド全員でLAへ引っ越し、彼らが兄のように慕ったのがデフヘヴンだった。2018年夏にはジョイントで全米ツアーも行っており、インタビューでも幾度となく親交の厚さが伺えていた。DIIVにおけるデフヘブンからの影響はアルバム『Deceiver』に色濃いが、DIIVからデフヘヴンへの影響が見えるのが『Infinite Granite』なのだ。しかし、デフヘヴンの幾分スキッピーでポップな方向への舵取りがここまで進展するとは誰も予想していなかったはずだ。

「In Blur」はシンプルなシューゲイズ・トラックして幕を上げるが、展開が進むにつれデフヘヴン流のオアシスへのオマージュとも感じられる曲になっており非常に面白い。そこへノイズと肥大化していく感情が着実に重なり、カタルシスがちがちのギター・ソロを鳴らすエンディングへといざなっていく。どこまで明るくなっても長尺で濃厚な曲になってしまう--そんな、このバンドのポストロックへのリスペクトには愛を感じずにいられない。「疾走感」と称しても差し支えないであろう爽やかなリズムとメロディーにそこまでの意外性を感じないのは、これらがいずれもブラックゲイズという膜の内側で胎動していたからにほかならない。

『Infinite Granite』はM83やAirなどを手がけたジャスティン・メルダル・ジョンソンをプロデューサーに迎えているが、制作にあたってジョージはM83の『Junk』を多く聴き、そのバリエーションの豊かさにインスピレーションを受けたと語っている。その結果、今作がギター・サウンドにこれまで以上にこだわった作品になったのだ。

(出典:Deafheaven on evolution, reinvention, and Infinite Granite

そして、恐らくこのアルバム一番のハイライトは2曲で1組の「Neputune Raining Diamonds」から「Lament for Wasps」の10分間になるだろう。アンビエント〜モグワイ譲りのポストロック〜00年代風インディー・シューゲイザーと、5分かけて坂を駆け上りながら様々な景色を見せてくれる。ちょうど「Lament for Wasps」の真ん中でテンションは最高潮に達するが、そこから突如としてあれよあれよとデフヘヴンの誇りとも言えるブラックゲイズのクライマックスへと押し込んでいく。数分かけてオーガズムを誘うこれこそがデフヘヴンの真髄なのだ。例えデスヴォイスのシャウトが存在しておらずとも、これまで自らが定義してきたブラックゲイズを駆け抜けたあとでも、これがブラックゲイズなのだとすら感じさせるこれこそがデフヘヴンなのだ。インソムニアの青暗がりで父母性を咽び語る新境地においてもその事実だけが残響となって在り続けている。

RELEASE

Deafheaven『Infinite Granite』

Label – Sargent House / Daymare Recordings
Release – 2021/08/20

鈴木レイヤ