インディー・フォーク・シーンを彩るアーティストたち──Big Thief/Cassandra Jenkins/Faye Webster

インディー・フォーク・シーンを彩るアーティストたち──Big Thief/Cassandra Jenkins/Faye Webster

現行フォーク/USインディー・シーンを代表する存在、あるいは名門《4AD》の新世代を象徴するアイコンとなった4人組、Big Thief(ビッグ・シーフ)。2月11日、通算5枚目となるアルバム『Dragon New Warm Mountain I Believe in You』をついにリリースする。

2020年には中心人物であるエイドリアン・レンカー、2021年にはギタリストであるバック・ミークがそれぞれソロ作品をリリースしていたものの、バンド名義のフルレングスとしては2019年の『U.F.O.F.』『Two Hands』以来。リリースに先駆け8曲もの楽曲が配信され、アルバム自体も全20曲、2枚組という相当厚めのボリュームとなっている。リリース当日はBig Thief祭となること必至であろう。

そこで、本稿ではBig Thiefと親和性があるような、いわゆるインディー・フォーク周辺のアーティストをいくつかピックアップしてみた。いよいよビッグ・シーフへの機運が高まる今、共に聴いてみてほしい。

※【2/28更新】『Dragon New Warm Mountain I Believe in You』のレビューは「musit的マンスリーレコメンド」にて公開中。

Cassandra Jenkins

Cassandra Jenkins『An Overview on Phenomenal Nature』
Ba Da Bing! 2021/02/19

岩場越しの海岸線と、水飛沫のような、あるいは光の集合体のようなものが、緩やかな放物線を描きながら輝いている──。2021年、この美しくも刹那的なアートワークを見かけたリスナーも多かったであろう。NY出身のシンガーソングライター、Cassandra Jenkins(カサンドラ・ジェンキンス)の2ndアルバム『An Overview on Phenomenal Nature』は、様々な音楽メディアや個人の年間ベストにおいても上位に数多くランクインした。

では、Jenkinsが生み出したアルバムは、なぜ多くの人々に支持されたのか。それは、本作がデヴィッド・バーマンの逝去を契機として制作されている点が大きいかもしれない。Silver Jewsとしての活動で著名なデヴィッド・バーマンは、2019年に新プロジェクトであるPurple Mountainsを始動させ、1stアルバムをリリース。しかし、彼はその後すぐに亡くなってしまう。Jenkinsはリリース・ツアーに帯同する予定だったというのだ。

『An Overview on Phenomenal Nature』は、そんなJenkinsの喪失感や、どこか死の香りが立ち込めるアルバムである。誰しもがコロナ禍において、多かれ少なかれ命について、もっと言えば生死について考えを巡らせてきただろう。本作の多層的なフォーク・サウンドは、そうした内省をなぞりながら、同時に深い癒しをもたらす。リード・トラックである「Hard Drive」はその作用における一つの到達点であり、叙情的なサックス、細やかで流麗なギター、控えめながらも確かに刻まれるドラム、そしてJenkinsのスポークン・ワードが一体となって前進していく。

不意に襲いかかる喪失を受け入れ、再び立ち上がるということ。それはここ2年ほどの間に我々へと課せられた、あまりに大きすぎる試練であった。デヴィッド・バーマンとの別れを経験し、その後コロナ禍に見舞われたJenkins自身となればなおのことだ。しかし彼女の場合は、その哀しみ、刹那をしなやかなサウンドで表現し、乗り越えようとしてみせた。『An Overview on Phenomenal Nature』はこの時代において聴かれるべくして聴かれ、人々の支えとなったことは想像に難くないだろう。ラスト・ナンバー「The Ramble」における雄大なサックス、煌びやかなシンセサイザーの音色、そして鳥たちのさえずりは、喪失の先にある美しい風景そのものである。

Faye Webster

Faye Webster『I Know I’m Funny haha』
Secretly Canadian 2021/06/25

アメリカ・アトランタを拠点に活動するシンガーソングライター、Faye Webster(フェイ・ウェブスター)。2013年、若干16歳にしてアルバム『Run and Tell』でデビュー。その後、The War on DrugsやWhitney、Stella Donnellyなどを輩出したことでも知られる名門レーベル《Secretly Canadian》の所属となった。

2021年、4枚目のアルバム『I Know I’m Funny haha』をリリース。本作はDeerhunterの2010年作『Halcyon Digest』などを手掛けたDrew Vandenbergがプロデュースに参加している。

ブルーグラス系のギタリストだった祖父、ギターとフィドル(カントリーの分野におけるヴァイオリンを指すことが多い)のプレイヤーだった母親など、カントリー・ミュージックの家系で育ったWebsterの出自を考えれば、フォーク・ミュージックを奏でるようになったのはごく自然なことだろう。

彼女の音楽を特徴付けているのは、甘さの中に気怠いニュアンスが漂うヴォーカルと、ペダル・スティール・ギターを多用したメロウなサウンド。ハワイアン・ミュージックを想起させる南国情緒と浮遊感があるが、トロピカルなテイストに寄りすぎることなく、バンドの演奏自体はあくまで彼女が紡ぐ美しいメロディを際立たせることに徹しており、その匙加減が絶妙だ。

そんな本作のハイライトとしては、mei eharaとのコラボレーションが実現したドリーミーなフォーク・ナンバー「Overslept」を挙げたい。何も予定がない土曜日の朝、陽の光を薄目で感じながら二度寝へと滑り込む怠惰な雰囲気を存分に味わえる。

Sun June

Sun June『Somewhere』
Keeled Scales / Run For Cover 2021/02/05

アメリカ・テキサス州オースティン出身の5人組インディー・ポップ・バンド。2021年、同郷オースティンのレーベル《Keeled Scales》と名門《Run For Cover》の共同で、2ndアルバム『Somewhere』をリリース。本作のドリーミーなフォーク・サウンドに酔いしれたリスナーも多いだろう。

自らの音楽を「後悔のポップス」(“regret pop”)と呼ぶように、憂いを帯びたギターとLaura Colwellの儚げなヴォーカルが、慰めにも似た優しさと、その裏側に潜む寂寥感を生み出す。「Bad girl」はそんな本作のハイライトの一つであろう。

“Falling off into silence
Knowing all I could say to you
I wanted to fight it
I wanted to let it go”
(静寂の中に落ちていく
あなたに言えることはすべて知っている
私はそれと闘いたかった
私はそれを手放したかった)

ドリームポップとフォーク・サウンドの折衷という点においては、シカゴのSlow Pulpとも近いマインドを感じるが、彼らの場合はより夢見心地で、文字通り眠りに誘うような調べが耳をそっと撫でていく。

ちなみに《Keeled Scales》は、2021年だけでもフォーク周辺の注目作を多数リリースしている気鋭のレーベル。アンビエントなフォーク・サウンドが心身の浄化作用をもたらすKarima Walkerの2ndアルバム『Waking the Dreaming Bosy』や、インディー・ポップ・シーンを賑わせるKaty Kirbyのデビュー・アルバム『Cool Dry Place』、Big ThiefのギタリストであるBuck Meekのソロ・アルバム『Two Saviors』など、どれも聴き応えのある作品だ。

Bona Fide

Bona Fide『Yield』
Escho 2020/02/14

Bona Fideは、Sophia LunaとEmil Palmeによるデンマークのゴシック・フォーク・デュオ。2022年1月現在、アルバムとしては2020年に同じくデンマークのレーベル《Escho》からリリースされた『Yield』1作のみ。

しかし、この1枚で十分──というのは語弊があるかもしれないが、『Yield』は自らの音楽性を“minimalistic gothic folk”と称するBona Fideの真髄を存分に堪能できるアルバムだ。肉体が朽ち果てた先に残る骨格の寂しさと美しさ。髑髏の眼窩から深淵を覗き込む怖いもの見たさ。日常の領域からはみ出そうとする音が、淡々と鳴り響いている。

環境音がそのまま収録されている点から、おそらくフィールド・レコーディングと想像できるが、bandcampの説明欄によれば、本作は“Recorded exclusively on telephones”──つまり電話(おそらくスマートフォンの録音機能か何かであろう)のみでレコーディングされているという。裸のまま絡み合う2本のギターと幻惑的なヴォーカルを小さな筐体に収めた、どこまでもミニマルな作品だ。

Bona Fideの時代を退行していくような手法は、もちろん単なる逆張りではない。テクノロジーに埋もれていった神話や魔法への希求、あるいはそうした非日常的なものだけではなく、当たり前に存在していたはずの自然環境やフィジカルが失われていく現状への警笛のようにも感ずる。暗澹たる響きの中に、希望にも似たものを見出そうとする、至極のゴシック/アンビエント・フォークである。

Alphabet Holds Hostage

Alphabet Holds Hostage『again and so soon』
Self Released 2022/01/07

筆者が2021年にその存在を知って以来、ことあるごとに推薦しているのがAlphabet Holds Hostageだ。イングランド・ノーフォーク州の海沿いに位置する街、グレート・ヤーマスを拠点に活動するミュージシャン、Jack Wiegoldの宅録プロジェクトらしい。1月7日にフルレングスとしては2作目となる『again and so soon』をリリースした。

2021年の1stアルバム『where were we?』がインディー・フォーク、マスロック、シューゲイズを往来する秀盤だっただけに新作への期待も高まっていたが、今作も繊細さと歪さが同居した孤高のサウンドを紡ぎ出している。

フォークトロニカ〜ベッドルーム・ポップの「deliver to:」や、高速ハイハットとParannoulとも通ずる打ち込みのドラムで攻め立てる前半部からスローダウンする後半部へと切り替わるコントラストが印象的な「temporary pharmacy」を筆頭に、彼が志向するサウンド・プロダクションはとにかく自由だ。筆者個人としては、不穏なコード感のアルペジオとざらついたギターが螺旋を描くように上昇していく「skulk artist」をフェイバリットに挙げたい。

ともあれ、彼の作品が全て宅録である(bandcampにも“written and recorded in my bedroom and my garden”との記載あり)という点を踏まえるとその完成度の高さには驚かされるし、それゆえに細部まで作り手の意匠が感じられる。現在フィジカルでのリリースはないようだが、音源は太っ腹にもbandcampにて「Name Your Price」(投げ銭)で購入できるので、これを機に彼のディスコグラフィーを覗いてみるのも一興だろう。

※【3/30更新】現在、Alphabet Holds Hostageの全ての作品が削除されており、ストリーミングはもちろん、bandcampでも聴くことができなくなった。理由は不明。

Indigo Sparke

Indigo Sparke『Echo』
Sacred Bones Records 2021/02/19

Indigo Sparkeは、オーストラリア・シドニー出身のシンガーシングライター。2021年、ブルックリンのレーベル《Sacred Bones Records》からデビュー・アルバム『Echo』をリリースした。

繊細なヴォーカルと優しく爪弾かれるギターが印象的だが、それ以上に奥行き──そこに確かな「空間」を認識できる、臨場感のある音像がリスナーを包み込む。ほのかにアシッド・フォークの香りを漂わせ、“This love feels like a curse to me”(この愛は呪いのようなもの)と歌い上げて幕を閉じる「Bad Dreams」や、ミュージック・ビデオでしなやかなダンスを見せる姿が美しい「Everything Everything」など、伸びやかなヴォーカルに宿った言葉の念、その身をもって音楽とするような姿勢が感じられる1枚となっている。

弾き語りを基調とした最小限のアレンジに、遠からずBig Thiefのエイドリアン・レンカーのソロ作のような空気を感じるかもしれないが、それもそのはず、『Echo』にはレンカーがプロデュースで参加している。Sparke自身もBig Thiefのオープニング・アクトを務めた実績があり、レンカーとは一時期私生活におけるパートナーだったようだ。そうした背景もまた、本作に感じられる「奥行き」の要因の1つかもしれない。

Aldous Harding

Aldous Harding『Designer』
4AD 2019/04/26

ビッグ・シーフと同様、《4AD》の新世代アーティストとして注目されて久しいAldous Harding(オルダス・ハーディング)は、ニュージーランド出身のシンガーソングライター、ハンナ・シアン・トップのソロ・プロジェクト。2019年リリースの『Designer』が高い評価を受けたのも記憶に新しい。

《4AD》から想起させられる重要なキーワードの一つに「退廃」がある。Aldous Hardingの音楽も、レーベルメイトであるDeerhunterとも通ずる、どこか退廃的な空気を纏ったインディー/ゴシック・フォークを奏でている(実際、Hardingはレーベルのカバー・アルバム『Bills & Aches & Blues』でDeerhunterの「Revival」を披露)。

3rdアルバム『Designer』では、より豊かなアンサンブルを志向。ピアノも多用されており、ミニマルなピアノ・リフの上で淡々と歌い上げる「Damn」は悟ったような詞も相まって、耳を預けていると不思議と心が休まってくる。

また、オーセンティックなサウンドを鳴らす「The Barrel」はミュージック・ビデオがシュールで、白いベールを抜けた先でヘンテコな衣装に身を包みヘンテコな踊りに興じるHardingの姿は、一度観てしまうとしばらく脳裏に焼き付くほどの破壊力がある。

一方ライブでは、時に鬼気迫るような、言ってしまえば「顔芸」とさえ思えるパフォーマンスも披露している(サムネイルの時点で強烈だ)。ここまで見せられたらいよいよ彼女の存在を放っておけなくなるが、そんなあなたに朗報、3月25日に4枚目となるアルバム『Warm Chris』がリリースされる。現在、アルバムから新曲「Lawn」が先行配信中だ。

※『Warm Chris』のレビューについてもリリース後に追記、もしくは別の記事で執筆したい。

Big Thief

Big Thief『Dragon New Warm Mountain I Believe in You』
4AD 2022/02/11

いよいよ、エイドリアン・レンカー擁するNY発の4人組、Big Thiefが、5thアルバム『Dragon New Warm Mountain I Believe in You』を2月11日にリリース。

Big Thiefは、2019年に『U.F.O.F.』『Two Hands』とフルレングスを2枚リリースした。特に『U.F.O.F.』はグラミー賞にノミネートされるなど、近年のバンドの躍進、もといクリエイティビティはかなりのものだった。

来たる新作も、ニューヨーク州北部、ロッキー山脈のトパンガ・キャニオン、アリゾナ州ツーソンなど、各地で行われた5ヶ月間にも及ぶレコーディング・セッションの中で生み出した45曲から20曲を厳選し、2枚組に収めたアルバムとなっている。バンドの状態が充実している、どころの騒ぎではない。

現在、その20曲から既に8曲が先行配信されているが、中でも特に目を見張るのは「Time Escaping」だろうか。この曲で彼らはフォーキーなバンド・サウンドから脱しており、リズムへの強い探究心を感じさせるパーカッシヴなサウンドを展開している。フォーク・ロックともアフロ・ビートとも違う国籍不明のポップ・ソングであり、彼らのプリミティヴな実験精神が見事に開花した新境地的ナンバーだ。

今のBig Thiefは、とにかく仕上がりまくっている。もういくつ寝るとリリースされる新作の全容が見える瞬間を、素晴らしいアーティストたちの作品と共に心して待ちたい。

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なお、今回は海外のアーティストに絞って紹介した。国内のアーティストについては、現行フォーク・シーンを「ニュー・フォーク」と定義付けたこちらの記事をご一読いただきたい。

對馬拓