Souvenir 1stフル・アルバム『アルトリスト』完成──幸福を追求する、純然たるロック・バンドの行方

Souvenir 1stフル・アルバム『アルトリスト』完成──幸福を追求する、純然たるロック・バンドの行方

千葉を拠点に活動するオルタナティヴ・ロック・バンド、Souvenir(スーベニア)が今月29日、1stアルバム『アルトリスト』をリリースする。ヴォーカル・杉山悠佑とベース・近藤空良に加え、それまでサポート・ドラムとして携わっていたポルノ藤田が昨年9月に正式メンバーとして加入。現在は3人体制で活動を行っている彼らの、記念すべき初となるフル・アルバムだ。

Souvenirは存在意義を問い、肯定を乞い、愛想をつかないバンドだ。少年のような杉山のハイトーン・ヴォイスを活かした楽曲はどれもが一聴して純然な風を装っているように見えるが、その実態は聴き入るほどにどこか気怠く、諦観していて、だけど幸福には縋っていたい──ひどくリアリティな胸の内を吐き出す楽曲群は、無意識にいつまでも臆病な自分自身の日頃の振る舞いと重ね合わせてしまう。

‘‘少しくらいの「好き」をくれよ 息を吸うことの幸福感を’’(M3「Altlist」)

‘‘一番近くにいなくたって 分かってるフリでも言って どれだけ嘯いたって嘘にはできないんだから’’(M4「ジュネーヴ」)

存在意義を問い掛け、「肯定」という名の幸福を乞う。自分は居ていいものだと分かっていても「居てもいいよ」と言われたがる承認欲求を宥めながら、疑心暗鬼が宙を舞う。綴られる歌詞のほとんどが自身の幸福にプライオリティを置いたものでありながら、利他主義、つまり自分<他人の幸福を意味する言葉=アルトリスト、が名付けられた今作。それは即ち、「肯定」という名の幸福に縋って生きる我々と、彼らが同じ弱さを抱えていることの証明、彼らなりの聴き手へ寄り添う1つの形、とも捉えられるのではないだろうか。

前作でレビューを手掛けた際も言及したが、その姿はplenty、andymoriといった2000年代前半の日本語ロック・バンドとも呼応する。透き通るほど純朴な声で歌われるのは、決して綺麗な言葉だけではなかった、皮肉や社会への反感も孕んでいたはずだ。しかし彼らは一部の人間にとって「正義」であった。小難しいことは言わずに、彼らは自身が持つ声とメロディ、そこに乗る歌詞でいつも、見えない誰かを救おうとしていた。杉山のソングライティングは、そういった意味で彼らと同じ「正義」を作り上げようとしている。

例え1人よがりなものであろうと、聴く誰かにとってはその足元と行く先を照らす灯火になり得る。諦観にも似た弱さを時折見せつつも、息を枯らしながら懸命に生きようとしてみせる彼らの姿は、同じ純粋さを持ちながら10代の学生バンドでは到底表現為し得ないものであることを実感すると同時に、現在地に旗を立てて存在の証明をしているようにも思える。

‘‘束になって走り出して 置き去りの僕も連れ出して’’
‘‘今バラになって散ったって寄せ集めのマテリアルで’’(M2「束になって」)

「切り離されていくことへの恐怖」を流行病が猛威を奮い始めた頃に再認識した。その背景には10代の頃、苦手意識が先行して極力他者との接触を避けていた代償として受けた、強い孤独感の存在があった。あの頃「置き去りの僕も連れ出して」と言えたらどんなに良かったかと悔やむと同時に、今の自分なら言えるだろうかと胸に手をあてた──答えは出ない。
多分、根本にある内向的な性分は変わっていないから容易にイエスと答えられないのだろう。現にまだ、周囲の環境が導いてここまで連れて来てくれたとはいえ、怖気づく日も少なくない。そんな人間を前にして、杉山は続ける。

‘‘何でもできる気がした ゼロからのスタート 革新的な声で’’

「何も持っていない」からこそ「何でもできる」のだ。荷物1つ持たず歩くことにただ不安を感じるばかりのこの道は、今に至るまで目を遣らなかっただけで、案外多くの芽が花開く日を待っていたのかもしれない。

他者から受け取る「幸福」とは金銭に置き換えることができる。上手いこと遣り繰りできたら上等、しかし一方で散財癖のある人間にとっては、寝付けない夜の負債を積み重ねていくことになる。そんな深夜に湧き上がる堂々巡りを描いたM5「REM」や、‘‘もう命の価値は決まった? じゃあ代わりに何をくれるの’’とシリアスな問いから始まるM6「不等価交換」は、片付けられなくなってしまった負債の山を見下ろすような曲だ。そこから本作収録曲のうち最もアグレッシヴな、ポスト・パンク色の強いエッジの効いたギターとノイズ処理が施されたヴォーカルが印象に残るM7「Seven」へと繋ぎ、M8「Teardrop」で杉山は1つの誓いを立てる。

‘‘こんな後ろ向きな人生にケリをつける’’──。

聴き手が楽曲を自分の御守り代わりにすることは少なくないが、それはアーティストにおいても同じだろう。Souvenirを始動させた昨年の春、彼らは既にこの一文を矜持として掲げていたのではないだろうか。

後ろ向きな人生にケリをつける。かつて江沼郁弥も‘‘後ろ向き人生 回れ右’’と歌っていた。だらしなく引き摺っていた後悔の念を、そろそろ手放さなくてはいけない。切り離すのは、自分の方だ。

 

アコースティックの弾き語りで紡がれるM9「Starlight」を経て、最後は『近況報告』にも収録されていたM10「能く或るうた」で締め括る。ある種執着心とも捉えざるを得ないほどに感じた「幸福」への追求と、「自分の価値とは何か」を自分自身、そして聴き手に対し問い続けてきた彼らが本作で行き着いた答えが、この楽曲に込められている。

自分とは何か。自分はどこから来て、どこへ行くのか──眠れない夜を越え、募る不安を押し潰した先にも日は昇り、立てた旗の下で彼らは言う。

 

「ただ、ここにいるだけ」と。

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PROFILE

Souvenir

(写真:L→R)
Vo&G:杉山悠佑
Ba:
近藤空良
Dr:ポルノ藤田

HP:https://souvenir-official.vercel.app/
Twitter:@Souvenircb

翳目