全てがあるべき場所へ辿り着いた脱力の極意──The Smile『A Light For Attracting Attention』

全てがあるべき場所へ辿り着いた脱力の極意──The Smile『A Light For Attracting Attention』

Radioheadのトム・ヨークがジョニー・グリーンウッドとSons of Kemetのトム・スキナーと結成した新バンド、The Smileのデビュー・アルバム『A Light for Attracting Attention』がリリースされた。イギリスの詩人テッド・ヒューズの詩から引用したバンド名を冠し、2021年5月には、イギリスで開催される世界最大級の音楽フェス『Glastonbury Festival』にサプライズ・ゲストとして登場。その後は、数多くのシングルを発表、24時間3連続公演ライブの世界同時配信など精力的な活動で注目を集めてきた。そんな彼らのアルバムは一体、何を語ろうとしていたのだろう? 彼らの母体というべきRadioheadの最新作から6年余り。Radioheadとの違いは? 彼らにとっては余計なお世話かもしれない。そんなことを詮索するのはどうでもいいのかもしれない。いずれにせよ、The Smileは本当に素晴らしいアルバムを作ってくれたのだから。

Radioheadの変質の感覚と茫洋とした景色が見えたあの日

2016年8月21日は特別な日だった。その日は『SUMMER SONIC 2016』で千葉県の幕張に行っていたけれど、気になって仕方なかったのは、ヘッドライナーのRadioheadが何を奏でるか以上に、フランク・オーシャンが8月20日にApple Music限定でリリースした『Blonde』だった。周りの友人も私もスマートフォンを片手にフランク・オーシャンを聴いていた気がする。そこで私は、既に終わってしまった世界を見たような、どこか寂寥とした感覚を覚えていた。それはフランク・オーシャンがもたらした興奮によるものなのか(KOHHとLootaがクレジットされていることにも驚いた)、そのせいでホットな熱狂は薄れ、祭りのあとのシラケや倦怠を先取りして味わっていたからなのか分からない。それ以上に、その日のRadioheadのライブが、少し散漫で焦点がふらついていたように見えたからかもしれない。

トム・ヨークは(いつものことだけど)、奇声をあげることも、アンコールの中盤で唐突に始まった「Creep」にしても、Radioheadらしいと思えば感動的なライブだったのだろうか。どこか動機もなげ、意味も脈絡もない不感無覚な趣のライブで、QVCマリンフィールドから大勢の人たちと「平成のお蔭参り」のあとのように帰っていく私のどこか不安定な心の有様は、最新作の『A Moon Shaped Pool』が提示した、あらゆる物事は水面に映った月のように、全てが幻で儚く壊れていくことの暗示なのかもしれない。全てが消えていきそうだった。そこにいること自体が間違いのような気もした。ライブの最後に披露される「Street Spirit (Fade Out)」が耳から離れないし、なんだか、Radioheadは曲の如くどこか遠くに行ってしまうような気さえした。2003年のSUMMER SONICで一緒に「Creep」を歌った時のような高揚感は色褪せていた。彼らは新たな地平を目指していたのだろうか? あるいは、そんなことはどうでも良かったのかもしれない。もう、どうでも……。

Radioheadの「自我」を形成することへの抵抗

Radioheadは、最新作をドロップし、各地のフェスティバルを転々としたあと、個々人の活動がメインになっていった。ソロ作品をリリースし、映画のサウンドトラックを手掛け、バンドとしては『OK COMPUTER OKNOTOK 1997 2017』や『Kid A Mnesia』をドロップしたし、旺盛に活動していた。その数年の中で、新作に関して届く情報はあやふやで、本人たちはバンド自体に期待していなかったのかもしれない。なんとも言えない茫洋たる感覚が彼らにあったとすれば、彼らには何かが足りなくなっていた。あるいは、何かが違っていたのかもしれない。そしてそのズレは決定的なもので、彼らにとって時代の気分とそぐわなかったかもしれない。こちらで分かることは、2022年においても新しい情報はないわけだから、何かが終わり、何かを始めようとしているのだろう。そう、彼らの6thアルバム『Hail to the Thief』の「Where I End and You Begin」が提示したように。彼らのここまでの軌跡を辿っていけばそこに至る必然もある気がする。竹内好の近代論(『近代とは何か(日本と中国の場合)』)に絡めて言えば、絶えず外発的な強制やファンの羨望や期待といった圧力への抵抗を通して、Radioheadは内発的に「自己」を形成してしまったのかもしれない。それは彼らが最も嫌うことだった気がするのだ。

変貌よりも己をあるがままに受け入れること

そうした背景を度外視し、Radiohead名義ではなくドロップされた今作は、トムが初めて映画音楽に筆を染めた『サスペリア』(2018)のサウンドトラックで獲得した、薄寒い日常を逸脱した恐怖をすり抜けた先に得られる安堵感、吹き荒れんばかりのリズムとシンプルでありつつ緻密に練られたプロダクションの楽曲群だ。ポストパンク、ガレージ・ロック、ダブ風のアフロチューン、痙攣する小刻みなビート、低音を響かせるモジュラーシンセの音もぶっといダンサンブルなベースを鳴り響かせ、ジャズのアプローチにも近接していた。現行の音楽シーンを横断しつつ、生音とエレクトロニックな音を使い分け、最新の注意を払って「過去」と「近い未来」をリファレンスして「現在」を提示しながら、リスナーに世界の本質を俯瞰で揺れ動きながら見せてくれる「眩暈」に近い感覚を与えてくれる。そういう意味では『A Moon Shaped Pool』に近いのかもしれないが、もっとカジュアルな音作りでもある。手軽で吹っ切れてもいる。誰もがアクセスできるポップさがある。

目を奪うほどの見事なアルバムの構成力

モジュラーシンセやジャングリーなギターとストリングス、シンプルな打ち込みビートから始まるM1「The Same」から「僕らはみんな同じ」と歌われ、僕らはほかの誰かであり、同時にほかの誰でもないのに、どこか冷めた固執を抱きながら同じ夢にで縋りつく世界にいることが提示される。バラけた個人がなんの文脈もなく集合体となり、連帯として持つエネルギーは皆無なのに、それらの活動が日常を規定してしまうコロナ禍の荒んで歪んで冷え切った世界を示しているようだ。

M2「The Opposite」は、トム・スキナーの見事なドラミングが堪能できる。複雑なリズムから始まり、やがてブルージーでエコーのかかったギターが織りなす楽曲スタイルはRadioheadが2009年にリリースしたシングル「These Are My Twisted Words」に似ているが、聴こえてくるのは優しく時に突き放すトム・ヨークの声だ。まるで大切な誰かにプレゼントを届けるかのような曲でもある。この辺りは7thアルバム『In Rainbows』を経た感覚に近いけれど、プロダクションが精緻になり、音のバランスが良い。

続くM3「You Will Never Work In Television Again」は、本作のハイライトのひとつ。ガレージ・ロック風であり「お前は二度とテレビで働けない」という警鐘は、権力者が、若者の希望や魂を利用する脅しに聞こえる。曲調としては『Hail to the Thief』の「2 + 2 = 5」のようにどこか勢いに任せており、歌詞は同作の「We Suck Young Blood」のように強者が弱者を搾取する構造を揶揄している。強者の搾取。それへの抵抗。それはすでにトム・ヨークにとって大切なテーゼになっているのだろう。

M4「Pana-Vision」では、3曲目のタイトルと韻を踏みながら言葉遊びを見せつつ、幻想的なピアノにオーケストレーションが鳴り響く『サスペリア』のサントラの影響を感じるムーディーな曲。M5「The Smoke」では、印象的なベースラインを刻みながら「本当の革命」と歌う革命讃歌のように思えるが、その革命がRadiohead(あるいはトム・ヨーク自身)がかつてから取り組んでいる地球温暖化の活動に対するものなのか、コロナ禍で明らかになったネオ資本主義的な世界──強者は永遠に強者であり、弱者は永遠に弱者であるということへの現代批評なのかはっきりしていない。あくまで私たちの想像力に任されている。この辺りの突き放した感覚はRadiohead的だけど、同時にThe Smileというバンドサウンドでしか表現できない温かみもある。

M6「Speech Bubbles」では、7thアルバム『In Rainbows』収録の「Faust Arp」を思わせるような作品の分水嶺となる曲。ストリングスや湿り気のあるドラムとトム・ヨークの声が混ざり合い、「どうしたら君のことを知ることができるのだろう?」と歌われる他者への懇願がモチーフとなっている。1曲目のように繋がり合えない世界なのに、行動は常に繋がり合っているように見える──そんな欺瞞を他者への問いかけで我々が問い直すという形式が垣間見える。

またM7「Thin Thing」ではジョニーのギターのピッキングに合わせてトム・スキナーの手数の多いドラムが鳴らされ、徐々にギターが高らかに曲全体を覆っていく。そこにはRadioheadが見せた水垢離を取るような清らかさというより、思わず踊り出したくなるような喜びがある。ここで本作がこれまでの作品をもう一段階高いスペクタクルに持っていくことを教えてくれる。Radioheadやトム・ヨークが作ったスーパーバンド、Atoms For Peaceのライブでも披露された「Open the Floodgates」(M8)は、今作では異質で、優しさを差し出すようなピアノが鳴り響き、またトム・ヨークの声の表現力が人々の心を慰撫する。こういった曲を早くから披露していたことを考えると、彼の心情の変化が垣間見えるが、だからと言って一筋縄ではいかない彼のことだ。「とりあえず今がベストなので曲として作品に織り込んだ」感もRadioheadにはあるので、まさに今がその時だったのだろう。トム・ヨークは難しい。と同時に、愛さずにはいられない感覚もある。本人はそんな思いを抱かれたら嫌いだろうけれど。

続くトム・ヨークがパンデミック後に初めて公衆の場で披露したM9「Free In The Knowledge」では「全ては変わる」と、ビリー・アイリッシュの最新作でも表現されていた、後悔や痛みの先にある未来のほのかな温かみを、シンプルなアコースティック・ギターとストリングスで表現する。

M10「A Hairdryer」では一転し、小刻みに鳴るビートの上にジョニーのギターが重なり、「恥を知れ」と彼らにとって許せない誰かを、いや我々さえも断罪する。人間の普遍的な生の営みを許容し、それを受け入れない皮肉な世界が一方的に押し付けてくる不合理な圧力に抵抗できない我々に対しての苛立ちを表現しているようだし、それはそっくりそのままRadioheadの立ち位置に置き換えることができるかもしれない。2009年リリースのシングル「Feeling Pulled Apart By Horses」がドロップされた辺りの、『In Rainbows』と『The King Of Limbs』をつなぐ生々しい不穏な感覚は、今作に継承されている。M11「Waving a White Flag」では幽玄的なシンセサイザーの音色にストリングスが絡まり、全てが自分の埒外なのに、それに巻き込まれて身動きが取れなくなってしまう世界の理不尽な様をカオティックに描いていく。 

「You Will Never Work In Television Again」との対句であるM12「We Don’t Know What Tomorrow Brings」は、後半部のハイライトにあたる楽曲で、イントロから鳥肌が立つアグレッシブなロック・ナンバーだ。「僕らは明日何がもたらされるのか知らない」と権力者の見えない圧力に屈している無自覚な私たちを「それでも大丈夫」と微かに認めてくれる(皮肉を交えながら)。M13「Skrting On the Surface」ではゆったりしたギター・アルペジオとトム・ヨークの素敵なスキットやファルセットが融和しながら、うわべだけを取り繕って生きていなかったとしても、私たちは必然に導かれ、やがて世界の、いや人間の本質に辿り着くだろうと歌う。MVではトム・ヨークが炭鉱を掘り進み、例え出口が見たくない真実で汚れていたとしても、それをあるがままに受け入れようという「脱力」の境地を垣間見せる。

切なさや、悲しさや、喜びさえも超えた、言葉にならない言葉や感情にならない感情が曲から滲み出ている。諦めでも、楽しむわけでも、悲しくもなく、ただそこに溶け込んでいること。波のように揺らめきながら人々の人生を様々な色合いに彩っていく美しいソングライティングと構成が見える。なにより、聴いていて楽しいのだ。それは彼らが楽しそうに演奏しているのが伝わってくるからだ。それが本作の全てのような気もする。楽しくないことは、楽しくない。つまらないことは、つまらない。そんな割り切りも今作にはあるのだろう。

The SmileからRadioheadへ繋がる回路

こうして13曲のマテリアルを聴いていると、改めてRadioheadとは違った顔色が見えてくる。Radioheadは自己批評的な側面を併せ持つ民主的なバンドであり、常に変化を課しながら、ざらっとした諧謔もリスナーへの直截的な言葉のアクセスが生み出すデスパレートな暴力性もあった。つまり現実が孕む矛盾からはみ出そうとする存在だった。けれど、The Smileは、そんな矛盾を受け入れ、普遍的な人の営みの哀しみや優しさに目を向けて外に開かれており、自己を形成することへの抵抗はそこに見受けられない。The Smileというシグネチャーがそこにあるのなら、誰かに己の自己を規定されるのだとしても、それを良しと受け止める脱力感がある。そして、このアルバムには今を生きている人々がいる。今を呼吸している人々がいる。それがなんだか嬉しい。今作はRadioheadとは違った、批評性を孕んだ開放的な快楽を与えてくれる。それが今の時代に必要だと感じるし、人が生きるための「よすが」になってくれているようにも思えるのだ。

あの2016年のライブの時のような、一人ぼっちになって取り残される感覚はない。彼らは「そんなに肩肘張らずに一緒に力を抜こう。そうすれば溺れていても浮き上がれる」という避難ブイのようなアルバムを作り上げた。『A Light for Attracting Attention』は私たちに「焦らなくても大丈夫。そこに辿り着くべき光がある」と指し示す、か弱いけれど確かな灯台となった。力を抜いて息を吸う。弱いものは弱いままに。良いことも悪しきことも、全てをあるがままに。そう、それはかつてビートルズが歌ってくれたように。

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The Smile『A Light For Attracting Attention』

竹下 力