ゴミ溜めとウイルスに満ちた世界で愛を叫ぶ──mizuirono_inu『TOKYO VIRUS LOVE STORY』

ゴミ溜めとウイルスに満ちた世界で愛を叫ぶ──mizuirono_inu『TOKYO VIRUS LOVE STORY』

生きることの痛みと喜びを与えてくれる9曲の物語

今年2月に発売されたmizuirono_inuのアルバム『TOKYO VIRUS LOVE STORY』のM1「YOUTH」の冒頭から聞こえるぼやけた声。「聞こえますか? もしもーし。僕の声が聞こえるように調整をお願いします」という呟き……でも誰の答えもない。

そこから己の存在を叩きつけるように僕のことを知ってくださいと歌う。僕のことを感じてください。そんな自己の承認欲求が、誰にも理解されず、いつしか悲しみに変わる時、このアルバムは産声をあげる。世界への絶望。あなたへの絶望。自分への絶望。こんな情けない自分なんてこの世界にいなければいいという消失への欲望。やがてそれは懇願へと変わる。「僕はここにいてもいいですか?」

そんな問いかけからなだれ込む、ポエトリーリーディングと爆発する轟音。アルバムからシングルカットされた「YOUTH」は、誰からも承認を得られないのなら、僕たちを受け入れてくれない全てに“マザーファッカー”だと叫んで拒否しようとするのに、それでも僕たちのことを認めてほしいと願う狂おしいばかり自己矛盾を描く。今作は、悶え苦しむ人のありのままの姿をスケッチしたダンテの『神曲』の如く、地獄から生還する人間を克明に描き、生きることの痛みと喜びを与えてくれる。

彼らの出自から垣間見える本作への必然

もちろん彼らの今作に通じるテーマは、このアルバムだけに流れている訳ではない。彼らはそんな想いを実直に表現するために生まれた。2006年に彼らの前身バンド、headbadderringerのメンバー、渡邊Яain、sashi、tokosuの3名が東京でmizuirono_inuを結成。2016年に《guns N’ girls Records》より、ファーストアルバム『Natural Beauty Skin Care』をリリース。その後、新しいメンバーを加え、sashi(Vo. Pg.)、渡邊レイン(Vo.)、コムギ(Cho.)、ヒロミザダークスキル(Pf.)、アメリカ(Dr.)、三菱鉄郎(Mani.)、カレッヂ(Gt.)という7名(サポートメンバーを加え8名)体制となり現在に至る。

彼らはバンドを結成以降、常に自らが感じた日常への違和感を研磨し続けてきた。そうした中で描かれているのは、ディストピアな世界であり、そんな世界を祝福する趣さえある天邪鬼で無邪気な彼ら自身であり、同時に必ずほのかな光が差し込んだ未来を願う祈りだ。壮大なカタルシスの嵐が吹き荒れ、聴いているだけで鳥肌が立つ。彼らの作品には、この世界に生きる全ての人たちがいる。日本の片隅に生きる人たちの生活のリアルさを、緻密な筆致で描こうとする。

今作でより研磨され突出したミクスチャー性

今作の惹句になっている‘‘ロック、J-POP、ヒップホップ、エレクトロニック、ゲーム、アニメ等々を引き篭もったゴミ部屋の中でミックスし、2022年のオルタナティブとして吐き出す’’は大袈裟でもなく、このアルバムの音と声は、2022年の時代性を孕む現実の諸問題を剥き出しにする。美しいピアノの曲もあるし、ハード・ロックのテイストも窺えるし、エレクトロニックな曲も、ヒップホップのビートも散りばめられ、ゲーム音楽だけではなく、往年のヒット曲からの引用だってある。歌詞は漫画やアニメ、文学の言葉をリファレンスし、現代の日本に生きている人々の「生」に内在するミクスチャー感覚を多角的に表現している。

そのミクスチャー性はコロナ禍においてバラけ、雲散霧消して個性が剥奪されてしまったもののように感じられるが、どこにでもいる僕らの人生に根付いていると彼らは信じている。それを暴露するために、東京というミクロな世界を歌の中に落とし込み、メンバー自身に日本人の「個」を投影し、極めて私的な曲群で作られた、という意味でアナーキーでさえある。突き詰めれば、今作は彼ら7人のルポルタージュでもあるのだ。

パンデミック禍の見えないウイルスに怯える日常、閑散とした東京の街。こうなってしまったのは誰のせいだ? 神か?──まさか。もっと現実的な束縛だ。そんなものはクソだ。金もない。ゴミだらけの部屋で音を紡ぐことだけで精一杯で、やっと音楽で生きる術が見つかったのに表現を披露する場所もなく、既に世界が漂白された感覚を覚える。何をしても達成されないデスパレートな感覚。他者と隔絶された世界の中で、オナニーだけしかない僕らにとって何が幸せなんだ? 誰か教えてくれと叫び続ける。

彼らは答えを見つけ出そうともがく。新型ウイルスと共に生きるだけで吐き気を催しながら、コンビニで廃棄処分された弁当を漁って、腐った部屋で生きる。経済と政治は破滅している。だけど、セックスやドラッグに縋りつき、生きることだけは諦めたくない。だって死ぬのは痛いじゃないか。死にたいのに、死にたくない。生きることがクソなら、死ぬことだってクソなんだ。だからこそ、2022年に奏でられるアルバムを作りたい。そんな彼らの決意が聞こえる。

まるでミュージカルのような作品

東京の片隅に生きる彼らの独白から始まる本作も、自己嫌悪から他者への憎悪に変わって、己のコミュニケーション不全を曝け出し、時にはどうしようもない性的衝動になって相手を求め、自傷して孤独になった心の痛みを吐き出し、自分の病理や狂気を受け入れて、ひたすら苦悩や葛藤、疎外感、喪失を誰かに受け入れてほしいと願う。まるで己の腹を掻っ捌いて臓物を引きずり出して見せるようなネガティブな内面を深く抉った歌詞は痛々しいほどリアリティがある。でも、そこには愛がある。愛だけが、愛だけがこの世界で救いだと歌う。

このアルバムは「YOUTH」でアルバムのテーゼが示され、それをブーストさせるのがミュージカル風の構成が耳に新しい「君の嘘と未来へ」(M3)だ。その想いはエントロピーの法則のもと過剰になって破裂して世界に放り出された時、「reborn」(M8)で回収される。ゴミ溜めで生きてきた人間はいつか生まれ変わるはずだと希望を見つけ出そうとする。しかし描かれているのは悲劇だ。生まれ変わったとしても悲惨な世界しかない。救急車のサイレンが鳴る中、エフェクトのかかった声が「午後10時20分頃、異様な光景。一体男性に何が起きたのか」と始まる曲で、梶井基次郎の『檸檬』を引用しながら、こんな世界では「ひとりぼっちは寂しいもんな」と達観する。

けれど、「Birth」(M9)で美しいピアノの旋律に導かれながら‘‘私は美しい金魚になれなかったけれど「頑張ったね」と泣いて笑う’’と慈しみのある声で生まれ変わったことの喜びを歌う。これまで描いてきたどの作品より、クソッタレな世界が広がっていても、人は生きることの困難を感じてもがきながら、挫けながらも立ち上がって生きている。それを肯定したい。「生」に対する極限なまでの執着。ここまでのリアルさは過去作には見られなかった。ラストのバラードを聴きながら、僕らは思わず泣いてしまうはずだ。

泣いてもいいんだよ、そうやってこのアルバムは背中をポンと優しく叩く。この世界がクズなのは分かっている。救いなんて……ない! でも、生きるしかない! そんな堂々巡りの音と声が耳に残響する。こんなにも心打つ作品は近年にはなかった。それを「エモさ」という言葉だけでカテゴライズするのはもったいない。まさに、「アルバム」という形態をもって多様な感情が入り乱れるミュージカル作品を作ってしまったような趣の大作である。そして2022年のリアルを真摯に活写している。

例えどんな世界にいても人は生きて死ぬ。生きるも意地……。死ぬるも意地……。 

このアルバムは現代を断罪し、そうして新しい未来を提示する。そこにあるのは絶望的な未来かもしれないけれど、その瓦礫の中で生きようともがいている僕たちがいる。クソッタレな世界を生き延びて未来へ突き進む。そんな現実を肯定してくれるのはmizuirono_inuだけだ。彼らだけがクソみたいな世界に生きている僕たちに寄り添ってくれる。

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mizuirono_inu『TOKYO VIRUS LOVE STORY』

レーベル:Virgin Babylon Records
リリース:2022/02/25(Digital)・2022/03/12(CD)

トラックリスト:
1. YOUTH
2. room
3. 君の嘘と未来へ
4. NERD ART
5. NERD ART(remix)
6. change
7. shy boy
8. Reborn
9. Birth

配信リンク:https://linkco.re/UChtXGbU

竹下 力