ささくれた心に優しい光を照らしてくれる2022年の代表作──Horsegirl『Versions of Modern Performance』

ささくれた心に優しい光を照らしてくれる2022年の代表作──Horsegirl『Versions of Modern Performance』

昨年11月にリリースしたシングル「Billy」が世界中の音楽ファンの話題を呼び、NMEを筆頭に海外メディアで絶賛されたシカゴの3人組のバンド、Horsegirlのデビュー・アルバム『Versions of Modern Performance』がリリースされた。Sonic Youth、カート・ヴァイルを手掛けてきたジョン・アグネロを共同プロデューサーに迎え、NirvanaやPJハーヴェイのプロデューサーとしても知られるスティーヴ・アルビニのエレクトリカル・オーディオでレコーディングが行われた本作は、オルタナティヴ・ロックやポストパンク、シューゲイザーなどの要素を感じさせながら、時代の新鮮さとうねりが表現された素晴らしいアルバムとなった。

※著者はApple Musicの配信でアルバムを参照した。そのため、CDやヴァイナルに収録されることになる1曲目の「Electrolocation 1」を省き、代わりに、配信中の「Electrolocation 2」を論ずる。

新しい生命体が誕生する瞬間に立ち会ったようなワクワク感

時代は巡る。世界は変わる。どんなにビクともしないと思っていた壁が崩される。予想もしない角度から、予想もしない場所で、予想もしない瞬間に。そこから新しいムーブメントが生まれる。世界中に拡散する。たった1枚のアルバムの1曲だけで。それがどれだけ幸福なことだろうと考える。まるでThe Jesus and Mary Chainの傑作『Psychocandy』(1985)の「Just Like Honey」(M1)が流れた時のように。シンプルなドラム、骨太なベース、ディストーションのかかったギターから始まるHorsegirlの「Anti-Glory」(M1)も同上の曲と似た構成を持っている。彼女らが歴史的傑作をどれだけ意識して「Anti-Glory」を作ったのか分からないけれど、現行する音楽シーンに新たな息吹をもたらしてくれる。そう考えると、歴史の巡り合わせとして誠に面白い。ただし、この曲は「Just Like Honey」のように甘美な不安はあまりない。彼女らはもどかしさを感じるよりも、そんなもの蹴飛ばして「私と踊ろう」と歌う。どこかフレッシュさがあって、何より演奏することも作曲することも歌うことも楽しそうだ。彼女らを見ていると新しい生命体が誕生する瞬間に立ち会ったようなワクワク感を覚える。

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コンプレックスやルサンチマンとも無縁に

バンド・メンバーは、ペネロペ・ローウェンスタイン(Vo. Gt.)、ノラ・チェン(Vo. Gt.)、ジジ・リース(Dr.)の3人。2019年に結成した彼女らは全員が未だ10代で、シカゴの青少年芸術プログラムで楽器の演奏を学ぶ際に出会い、意気投合した。既存のシーンに属することなく、ZINEを制作・流通させるために、彼女ら自身で小さなコミュニティを立ち上げ、バンドが愛する80年代、90年代のインディペンデント・ミュージックからの影響を受けながら活動を続けていった。この辺り、まさに90年代のオルタナティブ・ロック・シーンのDIY精神を体現している気がする。そしてバンドを結成してわずか1年で様々な場所で演奏を開始。2019年、1stシングル「Forecast」を自主制作し、2020年には《Sonic Cathedral Recordings》から『Ballroom Dance Scene et cetera(best of Horsegirl)』をリリース。それらが音楽ファンの中で話題を呼び、名門《Matador》との契約を手にした。

彼女らの活動を見ていると、「10代は無敵だ」とつくづく思う。想像力の羽を自由に羽ばたかせ、コンプレックスやルサンチマンとも無縁に、自分の好きなことを好きなようにチャレンジしていたら、いつの間にかバンドになってしまった、そんな自分たちの有り様を素直に肯定しているといった、颯爽とした趣の音が鳴っている。だから、80年代や90年代のオルタナティヴ・ロックにあった、鳴らさなければならない切迫感のある音やざらっとしたデスパレートな感覚も見受けられない。彼女らが鳴らすダークさと歪みを兼ね備えた音は、皆が知っているかもしれないけれど、誰もが知らない温かみに溢れている。

彼女らは、己の出自に影響を与えてくれた様々な音楽に最大限の敬意を払いながら、それを知性とアイデアで換骨奪胎し、自らの音楽の栄養にしている。それはどんなバンドにも当たり前のことだろうけれど、その当たり前の感性が、彼女らの場合、突出しているのだ。Sonic Youthのライブにおける不協和音だらけのフィードバック・ノイズがカラフルに変化し続ける美しさも今作にはあるし、My Bloody Valentineのように安らぎや調和もある。Yo La Tengoの持つ優しさもある。多くのライブをこなしながら、先輩たちの意匠を己の身の丈に合った感覚にチューニングし、ユニークなメロディセンスを発揮させて、ポップでありながら、同時に「今」でしかない曲を作っている。

怖いものなしの自由な気風に溢れる12曲 

10代特有の、怖いものなしの無敵のフレッシュさが全開になっている12曲。M1は既に述べた通りだし、「Beautiful Song」(M2)は、不協和音の中にファルセットを印象深く配置していて不穏で緩さがあるけれど、怠すぎず一定の緊張感を保っているクールさがある。「Live and Ski」(M3)は、彼女らのあどけないラフな音響が残っているけれど、印象的なフィルとタムタムを使ったドラム、また気怠い声に淡い声のコーラスが被さっていてどこか可愛らしい。フィードバック・ノイズにだらけの短いインスト「Bog Bog 1」(M4)を挟み、「Dirtbag Transformation(Still Dirty)」(M5)のミドル・テンポで、ディストーションのかかったジャングリーなギターのストロークの間に特徴的なメロディーが流れ、高音のコーラスがリスナーの感情に揺さぶりをかけてくる。 

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「The Fall of Horsegirl」(M6)はギターの歪みがずっとバックグラウンドに鳴っていて、彼女らの声や演奏をドラムが支えている。彼女らにしか出せないグルーヴがあって感動的だ。「Electrolocation 2」(M7)もノイズの残響が響くインスト曲。彼女らは構成の面で緻密に計算をしながら、聴き手をどこか遠いところに連れて行ってくれようとする。それは桃源郷なのか、はたまたもっと別の場所なのかは分からないが、声や演奏が不器用でも、私たちには見えない景色を見せようとしてくれる誠実さに心を打たれる。「Option 8」(M8)はパワーポップらしい疾走感のあるギター・リフに低音の声が被さっていくのだけど、どこかコートニー・バーネット風のユーモアも感じる。この曲は聴いているだけで思わず踊り出したくなってくる。

「World of Pots and Pans」(M9)は、彼女らが最初に筆を染めたラブソングらしく、「歌詞は、Tall Dwarfs、Belle and Sebastian、Pastelsを参照にしながら、片思いのロマンスが展開される世界を想像した」とメンバーは答えているが、「彼女の踊りも彼女が走っていく姿も見て欲しくない」という歌詞から垣間見える、片思いだけでなく、心情の行き違いやちょっとした勘違いの感情を上手にコントロールできない……そういった若者ならではのリアルな心根を丁寧に表現している。

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 「The Guitar is Dead 3」(M10)は、美しいピアノのインストで、タイトル通りギターは鳴らないけれど、そこに深い意味を持たせるよりもっとカジュアルである。ギターが鳴らないなら鳴らないで、それでいいじゃないかという柔らかい楽天性がある。「Homage to Birdnoculars」(M11)は、色んな声が環境音楽みたいに自然と空気に溶け込み、彼女らが間近に見ている現代の世界をカオティックに立ち上げる。このカオスな空気感を持つ曲は、著者はどういうわけかThe Horrorsの1stアルバムに流れている感覚に近いものを感じてしまった。彼女らは曲ごとに色を変え、世代を超えて、時代を行ったり来たりしながら、様々な時代の音を鳴らしている。だからこのアルバムを聴いている人にとって、自らが生きてきた時代とその雰囲気が思わずオーバーラップして、その時に感じていた高揚感を「今この瞬間」に味わうことができる。彼女らのどの世代のリスナーもグリップしてしまう曲の力に圧倒される。

最終曲「Billy」(M12)は、印象的なギターフレーズから始まる曲で、音はシューゲイズらしく丸っこくてこもった音の処理がされて気怠いけれど、明るさもある。が、歌詞の内容はシビアだ。ある若者がどんな人間にも突然「死」が訪れるという、己の死角から不意を突かれる出来事を悟る曲。「死」とは日常のすぐ隣にあって、それはある日突然、現実になるという恐れを与えてくれる不穏なメッセージが込められた曲だ。

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この曲を聴くと、なぜか高校生の時に大江健三郎の『セヴンティーン』を読んだことを思い出してしまった。そこに何が書かれているかより、「ああ、ここに登場する人物の考えていることは僕と同じかも」と思わず感情移入してしまう。10代のセンシティブな若者がある作品に触れて抱く、一種の共感覚(音楽の世界がまるで自分の世界のように思えること)を直截的に曲にしている。オルタナティヴ・ロックは極北に達すると、無闇な感情移入を避ける拒否感(分かるやつしか聴かなくてもいいという突き放した感覚)もあったし、この曲にもそんな面影は少なからず感じられるけれど、今作には「受容」の感覚が強くある。どんな人だろうと聴くことができる間口の広さがある。そして、アルバムの最後に、どこか宇宙的な壮大な感覚を抱く瞬間を繊細なタッチで描いて作品に膨らみを持たせ、作品に通底するイメージの豊かさを感じさせて、リスナーの想像力を喚起して締め括っているあたり、アルバムの構成の妙と彼女らのほとばしる感性の凄さを感じる。

「アルバムは、地元のシカゴや私たちの友達、そのバンド、ギターを弾ける人、ギターを弾けない人皆のためのものだ」とメンバーが答えていたように、Horsegirlの『Versions of Modern Performance』は、2022年という様々な制約のある時代に、精神の自由さが溢れ、誰にでも平等な優しい目線を兼ね備えている。時代の暗さの中にも未来の明るさを信じる気分が、ほのかな空気となってアルバム全体を覆っている。だからこそ、現代に生きるささくれた心を抱く人に降り注ぐ一筋の光となっている気がするのだ。

3人が自ら選び取った人生に祝福を

人は生まれ、時代と巡り合い、人と交わり、経験し、失敗し、そうして死んでいく。そんな当たり前のことをとてもカジュアルに、それでいて力を抜いて表現している。これからも作品ごとに多くの経験を経て、失敗したり、チャレンジをして成長していくのだろう。まだまだその先があるはずだ。この作品は今が2022年だから生まれたのではなくて、ミュージシャンになることも、バンドを結成することも、3人であることも、今作をドロップすることも、彼女らが自ら選び取った人生なのだ。その決意と信念に素直に拍手を贈りたい。そして彼女らがこの先、リスナーをどんな見たことのない世界に連れて行ってくれるのか楽しみだ。

* * *

Horsegirl『Versions of Modern Performance』

レーベル:Matador Records / Beat Records
リリース:2022年6月3日

トラックリスト:
1. Electrolocation 1
2. Anti-Glory
3. Beautiful Song
4. Live and Ski
5. Bog Bog 1
6. Dirtbag Transformation (Still Dirty)
7. The Fall of Horsegirl
8. Option 8
9. World of Pots and Pans
10. The Guitar is Dead 3
11. Homage to Birdnoculars
12. Billy

配信リンク:https://songwhip.com/horsegirl/versions-of-modern-performance

竹下 力