シンガーソングライター・aoが『LOOK』で描く痛みや喜び──大輪の花を咲かせる未来への道筋

シンガーソングライター・aoが『LOOK』で描く痛みや喜び──大輪の花を咲かせる未来への道筋

気怠いのに優しくて凛とした声。それに寄り添うダークで時にカラフルな2020年代のグローバルな音像。そんな声とサウンドと共に産声を上げたのが、若干15歳のシンガーソングライター、ao(アオ)だ。aoは現代の音楽シーンにとって類い稀な才能を持った存在として注目を集めている。いつだってポップスターは現実を超越する存在だ。同時に、そんな予感とまだ自分の感覚を掌で弄んでいるような若さが同居しているアンビバレンツな雰囲気を醸し出すアーティストでもある。1st EP『LOOK』を今年の3月2日にリリース。曲作りを始めたのは小学校6年生からで、2020年9月に「no THANKYOU」を自主配信し、昨年9月に「Tag」でメジャーデビュー。そして、小学校6年生から中学校3年生までの4年間の8曲を収録したEPが描いたのは、彼女のか細いけれど確かな未来への道筋だ。

普遍的な想いを表現できる稀有な才能

作家・野上弥生子に「あたらしい星図」という詩がある。彼女が68歳の時、とある男性への手紙に書いた恋の詩で、そこにはまるで15歳の少女が初恋をしたかのような初々しい心根が描かれている。

あなたをなにと呼びませう
師よ
友よ
親しい人よ
いつそ一度に呼びませう
わたしの
あたらしい
三つの星と。
みんなあなたのかづけものです
救ひと
花と
幸福の胸の星図
──「あたらしい星図」(『田辺元・野上弥生子往復書簡集』岩波書店)

晩年まで小説を書き続けることができる彼女のような巨大な才能であれば、誰もが永遠に抱いている失われない魂を描くことができる。己を見つめ他者を理解する表現者としてのタフネスがあるからだ。そして2022年。そんな普遍的な想いを表現できる数少ない才能の持ち主が誕生した。

“目を開けたら見える暗い世界に 少しの希望を持ってしゃがみこんでいる”──そんな声と共に産声をあげたシンガーソングライターのao。薄暗い部屋。天窓から光が見える。彼女はそこに閉じこもっているし、おまけに逃げられないかもしれない。けれど微かに差し込む光が希望だと歌う彼女の声から強さを感じる。もちろん暗い世界にいるから、そこにはやさぐれた感じもあって、どこか希望への拒否感もある。それこそが15歳の彼女だから描くことのできるサウンド・スケープなのだろう。彼女が奏でる景色は新鮮なショックとなって多くのリスナーに感銘を与えてくれるはずだ。

彼女のリアルな日常の日記というべきEP『LOOK』。4歳の時からピアノを習っていたそうで、もしかするとサウンドは打楽器的な音作りから始めているのだろうか。ピアノほど広域の音を表現できる打楽器はないのだから、彼女にとってビートメイクは曲作りの骨格のように感じる。ビートという選択が最初にあり、憂いや優しさといった表情豊かなメロディーを重ねていくのが彼女のスタイルなのだろうか。そんなサウンドと共に、他者と距離を一定に保ちながら、クールな観察者としてどこか遠いところに佇んでいるのに、思わず惹かれてしまう魅惑的な声が全編に渡って聴こえる。

EPから流れる一音一音に、未来の可能性への信念を込めて

M1「Tag」はトラップ・ビートにベルが重なっていくが、フェードアウトの部分では印象的なピアノの旋律が聴こえる。どこかNine Inch Nailsのトレント・レズナーが生み出す曲のような印象だ。彼も5歳からピアノを習い始めて、孤独な魂のありようや憂いをピアノによって癒そうとしていた。aoのサウンドや声にはトレント・レズナーに通じる、自分や他者を慰撫する効果がある。

ピアノのイントロから始まる荘厳なM2「月」は、円環を描くピアノを軸に、フィオナ・アップル的な空へ浮遊してしまうサイケな感覚を味わえる一曲。そこで彼女は世界の現況を俯瞰しながら見ている。15歳とは思えないほどぶれない視線で、こんな残酷な世界から消えてしまいたいという感覚と、自らのありかを見つけてほしいという承認の願いが同居している。その心の揺れ動きは人間の「生」に他ならない。

一方、M3「you too」では視線を他者へと向け、辛い経験でも自分と向き合っていけば強くなれると励ます。ここでの彼女の声はEPの中でもポジティブで、たとえどんなに辛くても、私たちは日常と隣り合って必ず未来へと繋がっていくという柔い希望を表現する。だからこそ「あなたにしかない目的地を見つけよう、そう思わない?」と歌う。彼女は観察者でありながら同時に当事者にもなれる多様な視点を持ち合わせているのだ。

M4からM6は、プロデューサーのTomoLowとの共作ということもあって一連の流れを感じる。M4「already」は、恋をした少女の気持ちを描いており、彼女自身の人生を反映させた曲のように聴こえる。恋の喜びも、楽しさも、やっぱり上手くいかなくなりそうな恐れの感覚もそこにはある。“ありがとうごめんねが混ざりあって”という心の疼きは15歳の正直な心情だけれど、彼女の声はそれを普遍的な人間の営みまでに昇華できるパワフルさがある。それは野上弥生子に通じるだろうし、ラテン・ポップっぽい曲調も、彼女の持つ根源的な明るさを提示しているようだ。

M5「I know」ではビリー・アイリッシュの1stアルバムのように自身の内面に歪みがあることが提示される。曲を先導するピアノと、投げやりな心情の吐露や諦めを含んだ歌詞を聴けば、失恋を経験した曲のように思えるのだ。“もう君には会いたくないから”なんてもう、大切な人への別れの挨拶ではないか。

M6「with you」は、先の2曲を通り過ぎたことで自身が成長したことを窺わせるバラード。小説家のポール・オールスターが描く登場人物のようにどこか達観した趣さえある。“もう全部終わったと思えるようになりたい”と歌いながら、“頑張れと自分を奮い起こした”彼女がいる。心のねじれは彼女にとってのテーゼなのだろう。それはダイレクトに人間の肉体性に結びつき、若者たちのリアルな日常をくっきりと表現することに成功している。これらの3曲には私小説風の生々しい趣があるのだ。

M7「no THANKYOU」の出だしは“最高のBad Day 最悪なMonday”とある。彼女は不貞腐れた感情を素直に吐き出すことを厭わない。この曲は、きっと自身の身に何か嫌なことがあって、やけっぱちになっている節があったからの歌になったと思うけれど、それが政治であったり経済といったマクロな蠢きのせいにはしない。それ以上に彼女は身近な、ミクロな日常を描くことが第一義のようだ。彼女の歌はあらゆる人々の生活の圏内というべき世界を描いているが、その裏に流れる大河のような巨大な胎動をも感じることができる。それを声とシンプルなサウンドだけで構成できるのは彼女のポテンシャルの高さゆえだろう。

M8「kekka」は、彼女の若さと初々しさが肌に感じられるアップテンポな曲。今作で最初にできた曲らしいが、ピアノの旋律がシンプルな四分打ちのビートに絡まり、伸びやかな彼女の声を支えていて色彩豊かだ。彼女の声は打楽器的に母音を叩き出すように歌いながら、どこか世界をつっぱねているようだが、“なんだって 乗り越えよう”と歌うポジティブさには、たとえ悲惨な状況でもそれを受け入れて前進していこうとする気概を感じさせる。彼女は等身大の己のリアルとリアリティーを行ったり来たりしながら、EPから流れる一音一音に、未来の可能性への信念を込めている。

作品ごとに表情を変えながら成長し、やがて美しい大輪の花になる

彼女の声やサウンドは決して完成されているわけではないけれど、EPを聴けば未来への大きな可能性を感じるはずだ。彼女の感情は目まぐるしく変わり、15歳の若さが持つ無防備さからくる痛みも、全てが初めての体験だという喜びも感じさせてくれる。そうして、痛みや喜びと折り合いをつけながらタフになっていこうとするポップ・シンガーとしての覚悟が垣間見えるのだ。やがて大きな花となるべく蕾が目の前にある。これからも作品ごとに表情を変えながら成長し、やがて美しい大輪の花になる。そんな期待を抱かせてくれる傑作だ。

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ao『LOOK』

レーベル:Colourful Records
リリース:2022年3月2日

トラックリスト:
1. Tag
2. 月
3. you too
4. already
5. I know
6. with you
7. no THANKYOU
8. kekka (first recording ver.)

配信リンク:https://jvcmusic.lnk.to/LOOK

竹下 力