「どつきあい」を通して生を確認するエロティックなアルバム──black midi『Hellfire』

「どつきあい」を通して生を確認するエロティックなアルバム──black midi『Hellfire』

2019年、音楽シーンの話題を攫った1stアルバム『Schlagenheim』から早3年。black midiの3rdアルバム『Hellfire』が7月15日に発売された。ロックダウンが続くロンドンで制作された本作は、これまでの作品に通じるカオティックな音を踏襲しながらも、ホーン・セクションやアコースティック・ギターを大胆にフィーチャーし、前作、前々作よりもさらにエクスペリメンタルなアルバムとなった。また、プロデュースはバンドの代表曲として名高い2ndアルバムの『Cavalcade』の「John L」(M1)を手掛けたマルタ・サローニが担当。人間の本質を射抜こうと試みた、野心的な素晴らしいアルバムとなっている。 

※著者はApple Music配信のアルバムを参照にした。そのため、CDやヴァイナルに収録されていない「Half Time」(M6)を含めた作品として論じる。

 アーティストは「己の最高の作品は次回作」と考えて進化し続ける

気ままなリスナーの著者からすれば、アーティストは「己の最高の作品は次回作」と考えて進化し続ける気概を抱いている──といつも感じている。突き詰めていくと、black midiほどアルバムごとに斬新なサウンド・アイデアや歌詞を持ち込むバンドはいないから、これまでリリースした3作のアルバムを聴けば、自ずと彼らのアルバム・ランキングが作られる。それと同時にリスナーとしてはどの作品を聴いても常に新しい発見が得られる、という極めて難儀なアーティストでもある。

例えば処女作の『Schlagenheim』を改めて聴けば、サウンドや歌詞のボギャブラリーに興味深い発見があるし、そういえば、FONTAINES D.C.やBlack Country, New Roadなどの作品を手がけるプロデューサーのダン・キャリーが参加していたよな、と考えるとその時代のシーンの状況や何が起こっているのかを見直すことになる。つまり、リスナー側にとっては聴き直した作品が最高傑作になりうる難しい存在とも言えるし、それがまた彼らの曰く言い難い魅力でもある。それは我々が彼らの常に未知なる音楽を追求しようとする姿勢に畏敬の念を抱く理由にもなるだろう。いずれにせよ、そんな彼らが彼らたる所以は出自から明らかなのかもしれないと思う。

リスナーが長らく求めていた結果として鳴らされる音

black midiは、ジョーディ・グリープ(Vo. G.)、キャメロン・ピクトン(Vo. B.)、マット・ケルヴィン(Vo. G. ※現在は休養中)とモーガン・シンプソン(Dr.)の4人で構成された、まだ20代のフレッシュなバンドだ。アデルやエイミー・ワインハウス、キング・クルールらが在籍したイギリスの名門校、ブリット・スクールで出会い意気投合した彼らだが、気の合う仲間との馴れ合いはせずに、当時から孤高の存在となっていた。その辺りはハードコア・バンド特有というか、己のシグネチャーに向き合い続ける勇敢な戦士の趣であるし、それは音や歌詞にも表れている気がする。要はストイックであり、合理主義的なのだが、そこを突き詰めると彼らの存在自体が極めてプリミティブな「音と声を鳴らす集団」と化す。宗教や哲学をも超えた「何か」になるのだ。それこそ音楽に取り憑かれた人々と言えるだろう。だからこそ、いつも新しいアイデアを生み出し続けなければならないオブセッションを作品ごとに発散させているのかもしれない。 

バンドを結成後、度々ゲリラ・ライブを敢行しながら精力的に活動を行い、圧倒的な演奏力とオリジナリティ溢れる楽曲で次第に耳目を集めていく。前述した1stアルバム『Schlagenheim』では、インプロヴィゼーションを極めるべくあらゆる情緒を排し、徹底的にプレイヤビリティとソングライティングにこだわった成果として、イギリスのマーキュリー・プライズにもノミネートされた。2010年代のイギリスのポストパンク・バンドの前衛と位置づけられる彼らだが、決して独りよがりにならない、リスナーにとっても愛着が湧く音楽を作っている。彼らは数多の音楽ジャンルと結び付きあい「リスナーをワクワクさせるためならどうすればいいのか」という考えを合理主義的に追い求めていたら、誰もが楽しめるエンターテイナーになってしまった──そんな自分たちを素直に肯定している、というような風情さえ感じられる。彼らのサウンドの特徴であるプログレッシヴでノイジー、時にシンフォニックで低音をあえて抑えた音は、リスナーが音楽シーンに長らく求めていた結果として鳴らされる音とも言えるだろう。

ロックダウン期を経た過剰なまでの痛みへの欲求

しかし、今作はこれまでとは少しだけ位相が異なっている。彼らはいつもリスナーの求めている感覚を鳴らしてきたが、今回は、あえてアーティスト側からリスナーに提示しているものがある。それは「痛み」だ。この3rdアルバム『Hellfire』では過剰なまでに、己の肉体に痛みを与える(あるいは与えられる)。それは、バンドメンバー以外にカイディ・アキンニビ(Sax.)、ジョー・ブリストウ(Tb.)、イフェ・オグンジョビ(Tp.)らによるホーン・セクションを招集し、さらにはボクシング・アナウンサーのハス・ラギップの声が収められていることからも明らかだ。今作からは、己の作品に必要な血肉を分け隔てなく掻き集めて、これまで築き上げた音楽を解体し再構築していく過程が窺える。

では、なぜ彼らは「痛み」という感覚にキャプチャしているのか?という疑問が湧く。それは「痛み」こそが己の肉体の存在を最も知らしめる方法だからだ。ロックダウンが「肉体=人間」の繋がりに分裂をもたらし、自己喪失なる感覚を蔓延させたとするなら、「痛み」を通して自己を確認する方法を見つければいい。もちろん、痛みを通して自分の体とそれが生きていることだけを知るためだけであれば、音楽というメディウムはいらないだろう。だからこそ、リスナーの存在が必要になってくる。反駁や共感であれ、リスナーの反応がなければ行為としての意味が成り立たない。翻って、リスナーとの共感覚が強い彼らにとって、聴き手に強いたことが己にも跳ね返ってきたと言えるだろう。つまり、彼ら自身も今作を作り上げるまでに必要な感覚として得た「痛み」を通して、己のアイデンティティを確認し直す契機になったのだ。

それは「Sugar/Tzu」(M2)のMVを観ればわかるだろう。歌詞は2163年の男たちによるボクシングの試合を描いている。それがSFやファンタジーの設定だろうと、歌詞にインスパイアされた映像を観れば、生身の男たちのぶつかり合いとそこで発生する痛みを体感することこそが己の在処を感じる術だと言っているような気がする。痛みという個人的な身体性(傷や病気などの痛みは誰とも共有することができない)に執着しながら、音楽という開かれたメディアで、きっちりとドラマを仕込んで娯楽としてリスナーに提示する。そうすることで、アパシーに満ちた世界で、誰もが痛みを通り越して「生」を再確認することができるのだ。

「Hellfire」(M1)はこれから始まるボクシング・ショーに案内するような、手数の多いドラムにシンセやストリングスが加わり、サーカス小屋で鳴っているコミカルな音楽で世界観を立ち上げる。そして先ほどの「Sugar/Tzu」(M2)は、肉体の躍動を凄まじいまでのポリリズムで表現する。「Eat Men Eat」(M3)では、リズミカルなアコースティック・ギターのフレーズとストリングスの絡みが絶妙なバランスを保ちながらテンションをマックスに高め、歌詞では人間の実存にまで迫っていく。

「Welcome To Hell」(M4)では、ファンキーなギター・リフとホーン・セクションが目まぐるしく展開する、彼ららしいハードコアでプログレッシブな曲だ。「Still」(M5)でアコギのシンプルなフレージングでリスナーに安らぎを与えたかと思えば、「Half Time」(M6)のノイズまみれの音とサンプリングされた声に合わせ、緊張感を保ちながら転調する。「The Race Is About To Begin」(M7)、「Dangerous Liaisons」(M8)、「The Defence」(M9)の3曲は、前半とは異なりゆっくりとしたテンポで展開されるが、それは今作にドラマツルギーがあって、まるでミュージカルの如くリングの様子を雄弁に語っているように思える。そして最終曲の「27 Questions」(M10)では、試合が終わった控え室で「どつきあった2人のボクサー」の傷だらけになった肉体がドラマティックに描かれる。そして傷ついたボクサーは痛みと向き合いながら、安堵したように「おやすみ」と呟き幕を引く。こうしてblack midiは、リスナーと「どつきあい」、人間であることの意義を、なぜ生きるのかということを、聴き手一人ひとりと確認しあい、この世界でサバイブしていくことを促すのだ。

私たちはこの世界でこんなにも強く生きている

このアルバムは痛みにもがき、苦しみ、その中で手に入れた「生」への愉悦こそが生きる証だと歌っている。アルバムを聴き通すと、「どつきあい」から生まれる「死」に内在するエロスが顕在しているのも垣間見える。ここまで切実な音と声は、煩雑なコミュニケーションを振り捨て、リスナーとアーティストの肉体同士の極限までのぶつかり合いを生む。すなわちセックスである。それこそロックダウン期に忌避された行為の1つかもしれない。セックスとは「私」と「あなた」がここにいることを確認するための媒介であり、同時に「どつきあい」でもあるのだ。だから我々は、今作を聴き終わった時に気付くはずだ。私たちはこの歪んだ世界で、こんなにも強く生きている。

* * *

black midi『Hellfire』

レーベル:Rough Trade
リリース:2022年7月15日

トラックリスト:
1. Hellfire
2. Sugar/Tzu
3. Eat Men Eat
4. Welcome To Hell
5. Still
6. The Race Is About To Begin
7. Dangerous Liaisons
8. The Defence
9. 27 Questions
[BonusTrack]
10. Sugar/Tzu (Live at Electrical Audio, Recorded by Steve Albini)
11. Still (Live at Electrical Audio, Recorded by Steve Albini) 

竹下 力