【ミニレビュー】イハラカンタロウ「つむぐように(Twiny)」(2022)──ありふれた日常を何気なく紡ぐ大切さ

【ミニレビュー】イハラカンタロウ「つむぐように(Twiny)」(2022)──ありふれた日常を何気なく紡ぐ大切さ

イハラカンタロウの音楽を聴くと「日常」とは何なのかを考えさせられる。日常とは「常日頃、ふだん」という意味合いだが、その言葉に、『永遠に「何気ない」時間が流れる中で、心揺らぐことなく人生を送る』という含意があるとすれば、現代人は日常を過ごすことができないかもしれない。就寝前に、ベッドに横たわってボーッとスマートフォンに触れている時でも、友達や恋人、気に入らない上司から突然LINEがくれば、私たちの感情に起伏が起きて、その瞬間に日常から逸脱してしまう。

だからこそ、これまで以上に彼の健やかな感性が解き放たれた今作を聴くと、心の昂りを鎮静させる効果がある気がする。彼の音楽には終わりのない「日常」をさりげなく愛でることの大切さが通底しているからだろう。

私たちが音楽を聴く時に求めるのは、感情を揺さぶらせてくれることであって、それはある種の「ハレ」に対する嗜好だろう。けれど、今作の素晴らしさは「何気ない日常」という「ケ」の部分にフォーカスを当て、それを軽やかでポップに「ハレ」に転じさせていることだと思う。

そうなるのは彼のサウンドの影響が大きいはずだ。彼の音楽は現代版ジャパニーズ・ソウルだろうし、今作は軽快なギターのストロークにメロウなエレクトリック・ピアノと小気味良いドラムが絡むフリー・ソウルと言える。大切なのは、彼がなぜそのサウンド・フォーマットを選び続けているかということだ。彼にとってソウル音楽は、永遠に続く「何気ない日常」を平熱のまま描くことで自らの真実を見つけることができると教えてくれたのだと思う。彼は過去も現在も未来も素直に受容し、心の平穏を見つめることがソウルの「本質=ハレ」だと理解し、それを歌にすることが今の時代に必要だと信じているのだろう。

今作において、歌詞の中に〈ありふれた月/ありふれた好き〉という言葉が出てくる。私たちは、空を見上げ月を見るし、好きな人だってたくさんいる。けれど、寂しくて涙で月が歪んで見える時もあれば、大切な恋人だって好きでい続けることができなくなるかもしれない。そんな時、イハラは、物事や己の心をあるがままに受け入れれば全てが「ありふれた」ものになって、「あなたと私」は平穏な日常で時を紡いでいくことができると歌って励ましてくれる。彼の歌は、私たちにおける人生の「縁」として、いつだって寄り添っているのだ。

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イハラカンタロウ「つむぐように(Twiny)」

リリース:2022/10/05(*7inchは2022/12/14)
レーベル:P-VINE

トラックリスト:
01. つむぐように(Twiny)
02. つむぐように(Twiny) – edbl club remix-(*7inchのみ収録)

配信URL:https://p-vine.lnk.to/Q2mP7w

竹下 力