musit的マンスリーレコメンド【2023年1月】
2023年1月にリリースされた新譜の中から、musitのレビュアー陣がおすすめしたい作品を自由にピックアップ、全作品にコメントを付けて紹介。新譜のディスクガイドとして、是非参考にしていただきたい。
1月のレビュアー
Kaede Hayashi
竹下力
對馬拓
仲川ドイツ
星野
ウ山あまね「Ghostyard」(Single)

Self Released
2023/01/16
昨年、自身2枚目となる作品集『ムームート』をリリースしたウ山あまねによるニュー・シングル。今作はアルバムのリリースパーティー3日前にドロップされ、既に来場チケットを入手していたリスナーは現地で披露されることを期待しながら今作が織り成す斬新で豊かな音色に浸った。
本人の言葉を引用すると、「Ghostyard」は「『ムームート』の制作過程で抱えた無数の苦難やトラウマを乗り越えるために作り上げた」楽曲とのこと。彼の特色である過剰なほどエクスペリメンタルな面は少し抑え気味に、ギター・ロックを主体とした「ポップス」として機能している点が特徴的だ。加えて、歌詞をなぞっていくようなヴォーカルは哀愁に満ちていて感傷的だし、歌詞を見れば逆三角形をなす〈僕には終わらない明後日の準備の準備…〉が彼自身の音楽に対する煩悶と高揚の共存を表しているような気もする。
昨年末、多くの人々が年間ベストアルバムに挙げた『ムームート』から繋がれた襷を肩に引っ掛けて、破壊と安寧が交わるヒットポイントを今後も手探りで求めていくのだろう。それは少しだけ不器用で、人間味に溢れたピュアなソングライターの姿だ。
(星野)
*スマートリンク:
https://809.lnk.to/au_Ghostyard
坂本龍一『12』

commmons / Milan
2023/01/17
坂本龍一(a.k.a 教授)の71歳の誕生日に発売された、約6年ぶりのオリジナル・アルバム。大きな手術後、東京の仮住まいでの闘病生活中に、日記を書くように制作した音楽のスケッチから、12曲を選び1枚にまとめた作品集とのこと。曲タイトルは制作した日付。
『12』特設ページに記された教授自身の言葉によると、「何も施さず、あえて生のまま提示してみる。」「録音ボタンを押していきなりシンセサイザーの鍵盤を触りました、最初の音も決めずに。」など、自らの中から湧き出る音をそのままパッケージした内容。前作『async』が構図を決め、様々な濃淡を重ねて描かれた水墨画だとすれば、本作は教授自身が言うようにスケッチだろう。Alva NotoやFennesz、Christopher Willitsとの共作を出していた頃に近い質感だが、音符1つに当時より確実に重みと奥行きがある。
なお、タワーレコード新宿店では2月22日(水)までリリースを記念した特設展示を開催。アルバムで使用された鈴や教授自ら絵付けした陶器の破片、YMO初期からの教授のアイコンとも言えるシンセサイザー「Prophet-5」などが展示されている。
(仲川ドイツ)
*スマートリンク:
https://commmons.lnk.to/twelve
Cory Wong『The Power Station Tour (West Coast)』

Self Released
2023/01/20
LA拠点のミニマル・ファンク・バンド、Vulfpeckでギターを務めるCory Wongが、昨年末に行った『Power Station Tour』のハイライトを集めリリースしたライブ・アルバム。Vulfpeckのサイド・プロジェクト、The Fearless Flyers「Assassin」の鋭いカッティングで華々しくライブの火蓋を切れば、その勢いはもう止まらない。長尺とはいえスラスラと聴けてしまうのは「ライブ・ガイ」を自称するCory Wongから満ち溢れるエネルギーのおかげなのだろうか。
ラストナンバー「Starting Line」での「今日もステージに立って観客に全てを託そう」という歌詞通り、彼は今作について「ミュージシャンがステージで全力を尽くし、満員の観客がそのエネルギーを返してくれるのは特別だと感じる」と語る。あっという間の19曲100分間。ツアーにて10ピース・バンドを率いたギタリストとして、彼のマルチな才能が遺憾無く発揮されている作品だ。時にユーモラスで時にパワフル、本作はまさに「音楽は楽しい」の具現化。聴いているうちに笑顔になること間違いなし。
(Kaede Hayashi)
*スマートリンク:
https://songwhip.com/corywong/the-power-station-tour-west-coast
佐藤千亜妃『TIME LEAP』(EP)

A.S.A.B
2023/01/25
佐藤千亜妃がリリースした新作『TIME LEAP』は、前作のEP『NIGHT TAPE』の地続きだと感じさせるタイトルの語感を下敷きに、前作以上に情感豊かなEPに仕上がった。さらに、彼女のルーツであるR&B、ソウルを深掘りし、クールで知的な彼女の内面がピュアに表出した嫋やかな曲調の5つのマテリアルから成り立っている。
今作のテーマは「時間旅行」。彼女はきのこ帝国時代から時間を主題にしてきた。代表曲「クロノスタシス」も「あなた」と「私」を行き交う愛が生まれる時間の大切さを歌っていた。だから時の自然な流れを肯定する感覚は彼女の常なるテーマだろう。宇多田ヒカルの「Automatic」をサンプリングした「タイムマシーン」(M1)も過去の憧憬やオマージュ以上に、彼女が現在進行形の時間を生きることを素直に慈しむ趣を感じさせるし、全曲にポジティブなバイブスが通底している。
同時に彼女の詩的な感性はこれまで以上に研ぎ澄まされ、彼女の内的宇宙を誰もが共有できる普遍性を獲得した強靭で肉感的な歌詞は、時制を超えた艶やかなビジョンを見せてくれる。彼女の資質である音楽に対するストイックな姿勢が垣間見える美しい作品。
(竹下力)
*スマートリンク:
https://asab.lnk.to/timeleap
Spangle call Lilli line『Ampersand』

felicity / P-VINE
2023/01/25
誤解を恐れずに言えば、SCLLがやっていることは昔からあまり変わらない。アルバムごとに固有の色はあるが、それらは水槽に垂らした絵の具のようで、それぞれの色を掬い上げようとしても混ざり合ってしまう。一方で、透明な壁で外界と遮断されたその世界では、余計な色と混ざり合うことはない。今作のアンパサンド(=&)、つまり何かと何かを繋ぎ合わせるという意味のタイトルも示すように、全てのSCLLの作品は一繋ぎで、我々はその何色でもない(あるいは何色にもなれる)水槽の中を泳ぎ回っているのかもしれない。
今作は、全体的に軽やかで落ち着いたトーンだった前作に比べ、歪んだギターが鳴らされる「She Is」(M5)、イントロのリフや小気味の良いカッティングが印象的な「lean forward」(M6)など、ギターの役割が強いバンド・アンサンブルも随所で楽しめる。そして、前作のラストを飾った同名曲の別バージョン「near you (z-mix)」は、アルバムの幕引きとしてこれ以上ないだろう。よりアンビエンスを強め、バンド・サウンドは解体され、夜の縁へと滑り込んでいくような音像。コーラスワークがあまりにも美しい。
(對馬拓)
*スマートリンク:
https://p-vine.lnk.to/vKKNLy
Ulrika Spacek「The Sheer Drop」(Single)

Tough Love Records
2023/01/26
個人的にリリースを待ち侘びていたロンドンの5人組、Ulrika Spacek(ウルリカ・スペイセク)がついに5年ぶりのカムバックを果たすようだ。「The Sheer Drop」は3月リリースの3rdアルバム『Compact Trauma』からの先行シングルで、アルバムの冒頭を飾るナンバー。これぞ!と言いたくなるヘンテコなパーカッションとヨレヨレのシンセから始まり、彼らの帰還を実感する。
しかし、跳ねるようなドラムに有刺鉄線のようなギターが絡みついてくると、途端に焦燥感や切迫感が増幅させられる。アルバムのタイトルを踏まえるとパンデミックの影響を想像してしまうが、そもそもメンバーの個人的な問題によりバンドは分裂の危機を迎え、パンデミックがそれを決定的なものとした、というのが順番的には正しいらしい(Bandcamp参照、詳しくはアルバムのリリース時に書きたい)。後半の強迫観念に駆られたような鋭いギターのリフが、その事実を痛切に物語っている。ここ数年、結果的にパンデミックと重なるテーマとなった作品も多いように感じるが、彼らがクライシスを乗り越えた体験も、我々にとって少なからず何かの手助けになるはずだ。
(對馬拓)
*スマートリンク:
https://songwhip.com/ulrika-spacek/the-sheer-drop
Ayane Yamazaki「Phase – Extended Version」(Single)

FORLIFE SONGS
2023/01/27
まず、2022年にリリースされたアルバム『魂のハイウェイ』を未聴の方は是非そちらから再生することを強くおすすめしたいのだが、これがとにかくドリームポップ〜エレクトロ〜アンビエントの名盤で、煌びやかで緻密なトラックと、ベールのような透明感と神秘性を宿したヴォーカルに酔いしれること必至の1枚だ。
そんな彼女の最新作は、イタリアのメディア『Brots』からNFT限定(!)の作品としてリリースされていた「Phase – single edition」のリミックス・バージョン。オリジナルの「Phase」(アルバム『Ribbon』収録)に比べてビートが抑えられ、スペーシーでエセリアルなトラックの上にシルキーなヴォーカルが流れ込んでくる仕上がりとなっており、その非凡な美しさに思わず宙を仰いでしまう。『魂のハイウェイ』収録曲で言えば、「Mimosa」や「TRANSPARENT HEART」のリミックスもリリースされており、いずれも原曲を生かしつつ彼女の異なる側面が提示された名リミックスなので併せて聴いてみてほしい。
(對馬拓)
musit編集部




