musit的マンスリーレコメンド【2023年2月】

musit的マンスリーレコメンド【2023年2月】

2023年2月にリリースされた新譜の中から、musitのレビュアー陣がおすすめしたい作品を自由にピックアップ、全作品にコメントを付けて紹介。新譜のディスクガイドとして、是非参考にしていただきたい。

2月のレビュアー

Ace-up
Kaede Hayashi
Seimei
鈴木レイヤ
竹下力
對馬拓
仲川ドイツ
星野
宮谷行美
李氏

FULL OF LOVE『FULL OF LOVE』

Sparkling Records
2023/02/01

小山田壮平(AL/ex. andymori)を中心に結成された音楽集団、FULL OF LOVEがセルフ・タイトルを冠した1st EP『FULL OF LOVE』をリリース。「バラナシ発沖縄経由アンドロメダ行きミュージックロケット」を自称するように、小山田が旅先のインドや沖縄で出会ったメンバーを中心に制作されている。アコーディオンから三線までのオリエンタルなサウンドに、小山田の無性の愛に溢れた歌詞が心地よく響く4曲14分。「FULL OF LOVE」(M4)では、もう戻れない思い出の場所や遠い昔に会えなくなった人、その全てを包み込んで愛を歌う。

彼らは「世界中のどこにいても、誰でもすぐにFULL OF LOVEとして活動することができる」という言葉通り、固定メンバーのいない流動的なプロジェクト。だからこそ歌詞を一つ歌えば、リスナーでありながらメンバーの一員になったような連帯感を感じられることだろう。そこまで大袈裟でなくても、旅先で知り合った新しい友人たちとの団欒のような感覚が確かにそこにはある。目をつむれば彼らが見てきた旅の情景が浮かび上がる世界旅行のようなアルバムになっている。

(Kaede Hayashi)

*スマートリンク:
https://friendship.lnk.to/FULLOFLOVE

GEZAN with Million Wish Collective『あのち』

十三月
2023/02/01

GEZANは遡ろうとしている。

コーラス隊“Million Wish Collective”と共に、バンドは彼らなりの方法で国内文化の年代記を描いた。現代の混乱をラップやダブ、インダストリアルに託して描き出す「誅犬」から「We All Fall」までの流れ。続く「TOKYO DUB STORY」「翠点」における『新世紀エヴァンゲリオン』や岩井俊二といった90年代的固有名詞を想起させる展開(とりわけ「翠点」の人類補完計画感!)。そしてインタールード「そらたぴわたしたぴ(鳥話)」を挟みアルバム後半を彩る「We Were The World」から「リンダリリンダ」までの、じゃがたらを始めとする80年代国内インディ勢からの強い音楽的影響を感じさせるパート。

そこにあるのは、過去のある時点から分岐し得た別のオルタナティヴな可能性を幻視する視点だ。高度経済成長を経て消費社会の爛熟を迎えた80年代において、反バブル的なスタンスを直接/間接的に表明した一連のバンド群に対する深いシンパシーが『あのち』には横溢している。後半のある種ユートピア的にすら映る、非言語的な地平はまさしくこのような視点において理解されるべきだ。

(李氏)

*スマートリンク:
https://gezan.lnk.to/ANOCHI

Young Fathers『Heavy Heavy』

Ninja Tune
2023/02/03

リズムと共同体。本作のテーマを煎じ詰めればこの2つのワードに集約されるはずだ。

Young Fathers『Heavy Heavy』において実現されているのは、楽曲のリズムそれ自体にどれだけ多義的なニュアンスを込められるかという試みだ。フィジカルなドラミングとも打ち込みのビートとも解釈可能な音響的な多義性。特定の出自への還元を絶妙に拒む、無国籍的なリズムの多義性。あくまで簡易でミニマリスティックな骨組みを維持しながら、どこか謎めいた印象を残すダンス・アルバム。

そしてこのようなニュアンスの曖昧さは、同じリズムに合わせて体を揺らすことの、避け難い包摂と排除の機能に向き合った結果だとも言える。リズムが生む一瞬の共同性において、いかに排除の暴力性を回避するか。本作の慎重な手つきはそんな誠実さの表れだろう。「白人の男は黒人の男だ」という挑発的な文句と共に現れたYoung Fathersは、今作『Heavy Heavy』においてまさしく出自の壁を超えた新たなダンスミュージックのあり方を切り開こうとしている。

(李氏)

*スマートリンク:
https://youngfathers.lnk.to/heavyLT

Kelly Lee Owens『LP.8.2』

Smalltown Supersound
2023/02/10

英ウェールズ出身のクリエイター、Kelly Lee Owens(ケリー・リー・オーウェンス)。2022年に「Throbbing GristleとEnyaの中間の音楽を作ること」をコンセプトにしたアルバム『LP.8』がリリースされていたが、タイトルからも分かる通り本作もその延長線上の作品とのこと。プロデュースは前作に引き続き、Merzbow、Sunn O))などの仕事で知られるLasse Marhaugも加わっている。

本作は4曲入りEPながらバリエーション豊か。のたうつ電子音と荘厳なヴォイスの対比が心地よいM1「Rituals」。Raster Noton的なパルスで構築したトラックをベースに古典的な西欧的メロディーを歌うM2「Moebius」。ミニマルさの中にEnya的バスドラムが印象的なM3「The First Song」。本作中で最もメロディーが美しく、最もパルスが鼓膜を圧迫するM4「Find Our Way」。

Throbbing GristleとEnyaという非常に遠く思える存在も、Kelly Lee Owensを真ん中に据えることで「ヨーロッパ的美意識」といえるような通底する価値観を感じられるのも面白い。

(仲川ドイツ)

*スマートリンク:
https://songwhip.com/kelly-lee-owens/lp82

少年ナイフ『OUR BEST PLACE』

P-VINE
2023/02/15

少年ナイフの約3年振りのニュー・アルバム『OUR BEST PLACE』は、ペパーミントみたいに爽快で、マンボウみたいに可愛らしい楽曲が満載だ。それゆえ彼女らは楽器をアンプに繋いで自分たちの鳴らしたい音を奏でているだけなのに、世間に蔓延る欺瞞や思惑、陰謀を吹き飛ばす。

「MUJINTO Rock」(M1)は自由な魂のそよぎを感じるポップなパンク・ロック。最高にアナーキーな楽曲なのに、彼女たちの主張が殊更押し付けがましくないのはバンドの徳性だろう。

「Girl’s Rock(2023 Version)」(M6)では楽器や歌が下手くそだって、自分の想いの丈を音楽に乗せて真摯に伝えれば誰もがハッピーになれるというキラキラのアンセムだ。スコットランドのバンド、Pilotの「Just A Smile」(M10)のカバーに至ってはなんてたおやかだろう。しなやかなメッセージ曲から最後はパンクの歴史へのオマージュという構成も素晴らしく、彼女たちのクロニクルや音楽愛が垣間見えるアルバムと言えるし、何より聴くだけで笑顔になれる。「音楽の魅力は数値や流行りだけでは測れない」という、当たり前のことを軽やかに教えてくれる傑作だ。

(竹下力)

*スマートリンク:
https://songwhip.com/shonen-knife/ourbestplace

IFS MA『REIFSMA』

outlines
2023/02/17

ミニマルで実験的なフットワーク・サウンドをリリースし続けるポーランドのレーベル、outlinesの新作は、ポーランドのプロデューサー・デュオのIFSと、日本のヴォーカリストのMAとのコラボ作。

シンプルだが鋭利な建築のようなビートに意識を集中していると、どこからか呪文じみたヴォーカルが聴こえ始め、天から飛来した未確認飛行物体の光の如くアシッド・ベースが舞い踊い、まるで上品なB級SF映画に出てくる召喚儀式のワンシーンを切り取ったような音像がなんとも言えない魅力を解き放っている。一見対極にあるシステマチックなIFSのトラックとトライバルなMAのヴォーカルの親和性は、NASAが発表した宇宙の音がシンセサイザーで生成されたような音だった時の感動を思い出す。MAが歌うように“結局輪になる”。

ミニマル〜音響〜エレクトロニカ周辺のムードを漂わせながらもダンスフロアでもしっかり映える仕上がりがお見事。リビングルームにも現場にも不思議とスッと収まるフットワーク界のオーパーツ。お気に入りの曲は「Yaksoq」。おすすめです。

(Ace-up)

*Bandcamp:
https://outlineslabel.bandcamp.com/album/reifsma

Inhaler『Cuts & Bruises』

Polydor Records
2023/02/17

アイルランドはダブリンで結成された気鋭のUKロック・バンド、Inhalerによる2ndアルバム。「Love Will Get You There」(M2)や「There Are The Days」(M4)を筆頭にスタジアム・ロックなナンバーがアルバムの顔として存在する一方、「If You’re Gonna Break My Heart」(M5)など色気あるバラードが行儀良く組まれている点では、好奇心にテコ入れをせずそのままのサイズ感で投影した前作よりも明確な色分けがなされていて、その構成力にバンドの遥かな成長を垣間見る。

どの楽曲も、音像はダイナミックだがワンフレーズの繰り返しや万国共通のポピュラーな単語の頻出から親しみやすさを演出し、加えて2000年代に復権したUKインディー・ロックの面影を落としている。全体を通してゆったりとした空気が流れているように感じるのはパンデミック下でのレコーディングが起因してか、それとも「平均年齢24歳」が醸す大人の余裕か? ともあれ、ファンの期待値をブーストさせるには十分な出来。サマーソニックのステージで彼らの姿を観られる夏が待ち遠しい。

(星野)

*スマートリンク:
https://inhaler.lnk.to/cutsandbruises

Thurston Moore「Hypnogram」(Single)

The Daydream Library Series
2023/02/17

元Sonic Youthのサーストン・ムーアが、新しいスタジオ・アルバムを制作しているというニュースと共に新曲を公開。極めてシンプルなメロディがゆったりと進み、年齢と共に渋みを増したサーストンのヴォーカルが、パティ・スミス感のあるメロディを最小限の力で歌い上げる。心地良い一定のリズムが深い眠りに誘うようだ。

そして曲後半に差しかかる頃、曲終わりまで約半分の時間を残して歌が終わると、そこからはサーストンらしくギターの聴かせ方だけで魅せるターンに。艶のあるギターが即興的なメロディを奏で、オスティナートなシンセのメロディと上品に絡み合い、西洋・東洋のハイブリッドな空気感を漂わせるのが堪らない。

サーストンは昨年にアルバムサイズの『Screen Time』をリリースしているが、そちらは1人で録りためた何色ものギターを繋ぎ合わせたアンビエント・アルバムとなっており、バンド・サウンドの楽曲が集うのは2020年の『By The Fire』以来。Sonic Youth時代とダイレクトに紐づく前作とは異なる趣向のバンド・アルバムとなりそうで、タイトル・発売日も未定とのことだが、リリースが待ちきれない。

(宮谷行美)

*スマートリンク
https://songwhip.com/thurston-moore/hypnogram

Skrillex『Quest for Fire』

OWSLA / Atlantic Records
2023/02/17

TREKKIE TRAXというレーベルを東京で運営している、DJのSeimeiと申します。自分の出す作品や最近のDJスタイル的に、ここ数年はずっとテクノやハウスなどの四つ打ちものばかり聴きがちではありますが、Skrillex待望のニュー・アルバムがリリースというわけで、筆をとってみました。

2月17日にリリースされた本アルバムは、去年話題になったFred Again..の『Boiler Room』でもプレイされた、ここ最近のSkrillexらしいビッグなハウス・チューン「Leave Me Like This」から始まり、Mr. Oizo「Positif」を大胆にサンプリングした「RATATA」、前述のFred Again..とFlowdanとのコラボ曲「Rumble」、本作では一番のバンガーなダブステップ・チューンであるであろう「XENA」など、キャッチーかつ実験的な楽曲が歯切れ良く連なる、ポストコロナのクラブ・シーンを占う内容になっているかと。ラストは盟友Porter Robinsonを迎えた明け方系2Stepトラックで、一晩パーティーを楽しんだかのような錯覚を覚えました。

(Seimei)

*スマートリンク:
https://skrillexjp.lnk.to/QFFtw

Skrillex『Don’t Get Too Close』

OWSLA / Atlantic Records
2023/02/18

近寄りすぎることから起こる流血や拒絶は愛なのかもしれない。ヤマアラシのジレンマを模したアートワークとタイトルの元に集まった12曲は、青い後悔に溢れたメロディアスな10代の群像だ。しかし、その幼い思い出を語るスクリレックスはいまや35歳、かつての野心溢れる挑戦的サウンドを誇るあのEDMプロデューサーの趣は薄い。このアルバムはあまりにノスタルジックでとても人間らしくオーガニックだ。

9年ぶりのフル・アルバムは、2日間のうちに2枚連続でリリース。本作は2枚目にあたり、Four TetとFred Again..とのマディソン・スクエア・ガーデン公演のさなかに解禁された。

本作では去っていくものの存在が終始暗示されているが、ソニー・ムーアの母親との別れが大きな影を落としている。少年の日々が回顧し、帰らない日々が鮮やかなアルペジオで彩られるタイトル・トラック「Don’t Get Too Close」の景色は感慨深い。母親との間にあった確執、幸せだった青年時代から孤独なプレゼント・テンスへと広がっていく。前しか見えない勢い溢れるSkrillexもかっこよかったが、シンプルで広がりのあるSkrillexも堪らない。

(鈴木レイヤ)

*スマートリンク:
https://skrillexjp.lnk.to/dgtctw

butohes「Alba」(Single)

Self Released / FRIENDSHIP.
2023/02/22

お笑いコンビのオードリーのネタは、ASIAN KUNG-FU GENERATIONの名曲「ブラックアウト」に影響を受けているらしい。若林曰く、この楽曲の印象的なギターのリフレインにヒントを得て、同じボケを繰り返すネタを作りM-1の舞台に臨んだというのだ(※)。当然、ここでいう「リフレイン=繰り返し」は単調なもの/生産性のないルーティンを意味するのではない。

※2023年2月8日放送の『午前0時の森』より、オードリー・若林の発言を引用

butohesの新曲「Alba」は、反復を通してある地点へと向かい、やがて一つの大きな達成へと至る崇高な行為そのものであろう。正確無比な運指によるツイン・ギターのミニマルなリフレインを軸に、少しずつ場面や風景が展開していき、彼らの世界に没入していく。決して予定調和ではない。むしろスリリングでさえもある。血が滾るのを感じる。

“alba”という言葉は「白」や「夜明け」を意味する。曲終盤、徐々に増幅されていくダイナミズムが一点に集約され、カタルシスと呼ぶに相応しいラストを迎えた時──それはブラックアウトとは真逆の、君に朝が降る瞬間だ。

(對馬拓)

*スマートリンク:
https://friendship.lnk.to/Alba

musit編集部