今、改めて、銀杏BOYZ『光のなかに立っていてね』を思う

今、改めて、銀杏BOYZ『光のなかに立っていてね』を思う

20201021日、銀杏BOYZ6年ぶりの新作『ねえみんな大好きだよ』をリリースする。サポートメンバーを迎えた現体制以降、初めてとなるアルバムだ。

思い返せば、2014年リリースの前作『光のなかに立っていてね』は実に9年ぶりのアルバムだった。リリースされる頃には峯田和伸(Vo. G.)以外のメンバーが全員脱退し、そのことから制作期間の壮絶さが垣間見えたわけだが、前身であるGOING STEADY時代から鳴らしてきたパンク/ハードコア路線のサウンドから一転、打ち込みを多用したノイズ・ロックに傾倒した点にも驚かされた。

あれから6年。彼らが新作をリリースすると知った時、まず前作よりもリリースの間隔が短くなったことに不思議と嬉しさに似たものを感じたが、公式ホームページに掲載された峯田自身による覚書を読み終えた瞬間、脳内に4年前の記憶が突如フラッシュバックしたのだ。それは、覚書の終盤に書かれたとある一文がきっかけだった。

* * *

あれはもう、4年も前の話らしい。

2016年、大学を卒業した僕は、就職のため札幌の実家を離れ室蘭に引っ越した。夜景が有名な北海道の工業都市だ。娯楽らしい娯楽はカラオケかパチンコで、近所のイオンにあったCDショップは入荷日に新譜が買えないという有様だったが、僕はこの街の美しい海と潮風と錆びついた建物が妙に気に入っていた。

確かあれも、今みたいにすっかり秋めいた頃だったと思う。

遠方で働く大学時代の同期と久しぶりに会うことになった。彼は同じサークルで出会った、音楽の趣味が近いほとんど唯一の男友達だ。そんな彼が遥々、軽自動車を運転して僕が住む街までやってきた。

ふたりで焼き鳥屋(室蘭で言う「焼き鳥」は豚串のことを指す。この日も正確には豚串を食べたと記憶している)に入り、くだらない話に花を咲かせた。彼は理論立てて話をするのが得意で、この日は恋愛をマーケティングに例えて熱い議論を繰り広げるなどしていたが、僕にはそれが面白くて仕方がなかった。ただ、話せば話すほどお互いが冴えないナードだと確認することになってしまい、ただ苦笑いして酒をあおるしかなかった。結局のところ僕らの精神はどう足掻いても一生童貞なのだろうと、その時は嫌というほど確信したのだった。

そんな話の流れの延長線だったと思う。お互い数杯しか飲んでいないのに妙にアルコールがまわり、おぼつかない足どりでようやく家に転がり込むと、僕は当時入れ込んでいた銀杏BOYZの『光のなかに立っていてね』をおもむろにコンポで再生した。ナードどうしで共鳴した矢先だったので、彼にも銀杏BOYZの音楽が響くだろうという確信はあったが、案の定好反応だったのが嬉しかった。そして気づいた頃には、耳をつんざくようなノイズと美しいメロディで溢れ返るこの部屋で、彼は穏やかな表情を浮かべながら胎内回帰するかのように眠りについていったのだった。

言ってしまえば、僕は救われたかった。この街に漂う閉塞感に気づき始め、あるいは仕事で日に日に削られていく精神の限界に見て見ぬ振りをして、モノで溢れているのに何も無いこの部屋の海で溺れながら、一筋のを探していたのだと思う。だから、そういうノイズをノイズで塗りつぶすために、このアルバムを繰り返し繰り返し繰り返し聴いていたのかもしれない。

いけるかな 君のいる場所へ いけるかな 光の射す場所へ
-「光」

僕は、静かに眠る彼が羨ましかった。数ヶ月後、僕は仕事を辞めた。

* * *

4年が経って、僕は今、東京にいる。中央線に乗りながら大音量で「ぽあだむ」を聴く日常に憧れていたこともすっかり記憶から消えていた。自分が置かれた環境や状況は随分と様変わりしたが、相変わらず僕は生活することが上手くならない。同じような小さな過ちを積み重ね続け、現実はどんどんねじ曲がっていくようだ。

銀杏BOYZが新作をリリースするという知らせは、どんなアルバムになるのだろうという興味に先立って、しばらく忘れ去っていた『光のなかに立っていてね』を思い出させた。

日々の生活に追われる中で、ノイズをノイズで上書きしてくれたアルバムは、いつしかノイズでさらに上書きされていた。しかし、峯田和伸による覚書の、こんな一節が僕の記憶を引っ張り出した。

<この音楽たちが、聴いてくれるひとの精神の避難場所になってくれる事を、強く、強く望みます。>

僕にとって、『光のなかに立っていてね』はまさしく精神の避難場所だった。

空間を引き裂くノイズと南沙織が邂逅した衝撃のカヴァー「17才」、耳を埋め尽くす轟音の「金輪際」、ほとんどトランス状態の「愛してるってゆってよね」「I DON’T WANNA DIE FOREVER」、懺悔と覚悟の「愛の裂けめ」、切実なバラード「新訳 銀河鉄道の夜」「光」、かつての彼らを想起させる瞬発力の「ボーイズ・オン・ザ・ラン」、一気にカタルシスを迎える「ぽあだむ」、そして諦観と希望が入り混じる「僕たちは世界を変えることができない」--。

彼らが真っ向から音楽と向き合い、想像を絶する苦しみの痕跡が、このアルバムには刻まれている。それが僕には美しく、桃源郷のようにさえ思えた。

「ノイズってきもちーね、カオスって綺麗だね」
-「ぽあだむ」

この一節が全てと言っても過言ではないかもしれない。元来シューゲイザーを好んでいた僕にとって、『光のなかに立っていてね』の精神性は自然とフィットするものだったのだ。

そして、銀杏BOYZは奇しくもこのタイミングで、避難場所になるであろう作品を再び投下しようとしている。なんと言っても『ねえみんな大好きだよ』である。ここまで全肯定してくれるようなタイトルがあるだろうか。

音楽は宗教ではないし、ましてや絶対的なものでもないだろう。ただ、心の拠り所になってくれると信じ続けているし、傷を癒してくれるものだということを生活の節々で感じてきた。

しかしそんなことより、僕は今『ねえみんな大好きだよ』が純粋に楽しみで仕方がない。そして、この懐かしいような感情は、新譜を追いかける作業に身を投じる以前の、音楽を聴き始めた頃のキラキラした期待感に似ていることに、僕は気づいたのだった。

おすしたべいこ