たとえば祝福されない結婚がこの世にあっても【斉藤和義「ウエディング・ソング」】

たとえば祝福されない結婚がこの世にあっても【斉藤和義「ウエディング・ソング」】

大学卒業の数ヶ月前。結婚をすると報告した際の周囲の反応は様々だった。それもそのはず。「まだ身分は学生で、春からの就職も決まっているのに妊娠した」とケロリとした顔で言ってのける人間を前に、戸惑わないはずがない。

驚きながらも喜んでくれる人、「これから気軽に遊べなくなる」と残念そうにする人、叱りながらも「幸せになりなよ」と釘を刺す人、出産が楽しみだと舞い上がる人。
その裏に愛があるかないかを慎重に仕分けてしまうのは、私の臆病な性格がゆえだった。

「どうせすぐ離婚するに1票」

バイト先の先輩のmixiに投稿されたその一言は、次に開いた時には消されていた。ああそうか嫌われていたのだなという悲しみがどっと押し寄せる。どうせ卒業すれば付き合いのない相手なのに、妊娠中かつ卒論に追われナイーブになっていた私は必要以上に「喰らって」しまった。

誰かに気持ちを話したい。でも誰に? 結婚相手は精神的に強い人だ。「気にしないでいいよ」と言うだろうし、実際に彼は気にしないと思う。
親に話せば叱られるに決まっている。元々結婚に反対していた両親に、ネガティブなことを伝えるのは避けたかった。
友人に話したところで、優しい彼女らのことだから「うんうん」と共感してくれるだろう。おそらく私はそれを受けて「聞いてくれてありがとう。すっきりした!」と強がってしまう。1度や2度の吐露で切り替えられるはずはないのに。それは余計な嘘を重ねるようで気が引けた。

心を少し削れば平常心を保っていられる。私はそう言い聞かせて目の前のやるべきことに没頭し、自分の本音を掬い上げるのをやめた。

* * *

「結婚おめでとう! これ、あげる!」

4年間を共にした学科の友人が、そう言って袋を差し出した。
その人は体育会系でリーダーシップのある、常に陽のオーラが溢れ出た女性だった。決して仲は悪くなかったけれど、協調性がない私のようなタイプを彼女は好きではないだろうと思い込んでいた。そんな彼女が個人的に祝福してくれたのが不思議で、嬉しくて、どこかむず痒かった。

袋の中身は本だった。山田詠美の『チューイングガム』。学科の仲間たちとのたくさんの写真を小さく印刷した、オリジナルのブックカバー。本にはメッセージカードが挟まれていて、中にこう綴られていた。

「おめでとう! うれしいね。すてきだね。私が一番好きな結婚のお話を贈ります。『チャコレート・ベスト』のお礼です。」

『チャコレート・ベスト』とは、私が彼女に贈ったCDのことだった。以前、お気に入りの曲をまとめ、それに自分のニックネーム「ちゃこ」をもじったタイトルを付けたアルバムを渡したことがあったのだ。私は笑ってしまった。お祝いに本を贈ってくれる彼女のセンスへの脱帽と、オリジナルアルバムを配って回っていた自分の無邪気さ、能天気さに。

ある日の夜深く、当時ハマっていた斉藤和義の曲を流しながらその本を読んだ。

男女の関係がどうこじれ、どう修復していくかというありがちな物語ではなく、ただただ全編に多幸感が漂っていて、彼女がこの本を気に入った理由が分かる気がした。彼女の性格は真っすぐで、ハッピーエンドから逃げない人だったから。

その時流れてきた楽曲が、忘れもしないウエディング・ソングだった。

特段思い入れのなかったその曲。普段だったら聴き飛ばすはずだった。けれどその時は「なんてタイミングだろう」と驚いて、初めて歌詞を読み込んだ。

‘‘そのひとを選んだ人生がいまはじまる誰もしあわせしかいらないだろう
それだけを祈るだろう ’’

‘‘しあわせのこの日に君はなぜ震えて泣く世界でいちばんの笑顔のあとで世界に愛されながら’’

その瞬間、私は気付いてしまった。私、本当は誰からも祝福されたかった。本当は降り注ぐほどの「おめでとう」が欲しかった。彼女がくれたメッセージカードのように。「ウエディング・ソング」の歌詞のように。なぜなら、1番不安だったのはほかでもない私自身だったからだ。

蓋をした本音を暴かれたのが痛痒くて、その夜は繰り返し同じ曲を聴いた。
本音と対面して初めて、気持ちの整理がついたのも、また事実だった。

‘‘あぁ 思い出より あたらしい日々美しくあれ’’

* * *

今年の夏、引っ越しをした。荷造りの際、本棚を整理していてその本を久々に手にとった。
大切なメッセージカードは失くしてしまわないように、マスキングテープで裏表紙に貼っていた。
ブックカバーの中で笑う旧友たちの顔を撫でてみる。本を開いて冒頭の一文を読んだ時、このエッセイを書こうと思い立った。

本や音楽は自己表現のためにある。けれど図らずも多くの他者を救っている。
だから、たとえば誰からも祝福されない結婚がこの世にあっても、その人が孤独にならないようにと寄り添ってくれる本や音楽があってほしい。誰にも相談できず悲しみを抱える人が、決して1人ぼっちにならないように。

山田詠美の『チューイングガム』、冒頭の一文はこうだった。

「あの時の思い出話をしてみようか」。

* * *

みくりや佐代子