【エッセイ】くるりが心の薬だった頃(『THE WORLD IS MINE』リリース20周年記念)

【エッセイ】くるりが心の薬だった頃(『THE WORLD IS MINE』リリース20周年記念)

一生の中で一番多く聴いたアルバムを聞かれたら、宇多田ヒカルの『First Love』と椎名林檎の『勝訴ストリップ』、それからくるりの『図鑑』だと答えるだろう。

前者の2枚とくるりとを比べると、自分にとって大きな違いがある。

それは、くるりだけ唯一「聴き続けられなかった」ということ。私はくるりの8thアルバム『魂のゆくえ』を最後に、聴くのをやめてしまった。でもそれは、くるりを嫌いになっただとか、くるりの音楽性が変わっただとかそういう類の理由ではなく、本当にざっくりなのだが、「私が」変わってしまったのが原因だ。

20歳になりたての頃の私にとって、くるりは薬だった。傷の治癒をする回復薬ではなく、むしろ今ある痛みをよりはっきり体に覚えさせるような、そんな覚醒薬だった。ああ、ここで歌われているかっこ悪さを知っている、身に覚えがある、と自覚する時は決まって背中がびりびりと痺れるのだった。『図鑑』に収録されている「ピアノガール」や「街」はその最たるもので、私は何度も繰り返し楽曲を聴き、歌詞をなぞり、小さな絶望を数えることに飽きなかった。

また、くるりは「ブルース」の中でこんな風に歌っている。

‘‘夜更かしはつらい 何故って朝が来ない’’

そしてこう続くのだ。

‘‘血の味がする’’

眠れない夜を泳ぐ時は、歌詞を自分の心の声にすり替えた。孤独を理解した気になることが、孤独からまぬがれる一番の近道だった。

* * *

「くるりを聴くと地元に帰りたくなる」

そう言ったのは、社会人1年目で苦労を共にした同期入社の男だった。
彼が関西のどちらの生まれだったかは忘れたが、京都の大学を院まで出たこともあって、京都に並々ならぬ思い入れがあることは聞かされていた。

広く知られているとおり、くるりと京都は切っても切り離せない関係だ。立命館大学の音楽サークルで結成されたくるりは、ベストアルバム『ベスト オブ くるり / TOWER OF MUSIC LOVER』のジャケットに京都タワーの写真を使用したり、2007年より音楽フェスティバル《京都音楽博覧会》を主催したりと、地元への熱い想いを示している。

「京都」というアイコンで共鳴し、「地元に帰りたくなる」と言った彼の言葉が、私は羨ましくもあり、同時に恨めしくもあった。くるりを語るなら、地方を出ずにぬくぬく育った私よりも、京都から一歩踏み出した彼の方がふさわしい気がした。すると、くるりの楽曲に自分を重ねていたことが突然恥ずかしくなってしまった。ここで1度、私はくるりを喪失した。

* * *

友人らが次々と上京し、広島の地に1人残された春があった。歩けども歩けども見飽きた景色ばかりだったが、飛び出したいほど嫌な街でもなかったから厄介だ。

大学時代に同居していた親友にハガキを送った。地元愛の強い女性だったので、これでもかというほど広島らしい絵柄のハガキを選んだ。私は何を思ったか、そこにくるりのデビューシングル「東京」の歌詞の一節を書いた。

‘‘君がいない事 君と上手く話せない事 君が素敵だった事 忘れてしまった事’’

世に溢れる東京ソングは情緒的で切ないものが多い。くるりの「東京」ももれなくそうで、曲中の「僕」は故郷に残った「君」の存在が薄れつつある様子を歌っている。

聴き慣れたメロディーを口ずさめば、はっと気づくのではなく、じわじわと自覚してしまう。ここでの「僕」は親友で、私は「君」の立場であること。つまり、私は忘れられる側の存在であること。

きっとあの時が2度目の喪失だったのだろう。「バラード」の「眠れない主人公」だった私の手から、音楽が離れていく。くるりは最初から「私ではない別の誰か」を歌っていたという当たり前の事実を思い知らされる。それはとても空しいことだった。

* * *

くるりの4thアルバム『THE WORLD IS MINE』の発売から、今年でちょうど20年が経つらしい。

今でも当時のくるりの楽曲を聴くと、記憶が蘇る……というよりは、記憶の方が勢いよくこちらに寄ってきて私の体をまるごと飲み込んでしまうような、そんな畏怖に似た感覚がある。

ところで今のくるりはどうしているのかなあと思い、検索してみると2021年に13枚目のオリジナルアルバム『天才の愛』をリリースしているではないか! 歩みを止めず、相変わらず多くの人を魅了していることに感服するしかない。本当にすごい、本当に。

そんな感動に突き動かされて、早速『天才の愛』を聴いた。

今の自分には、くるりに重ねるような痛みや孤独はもうないけれど。それでも今なら、独占欲の強さと訳の分からない意地に囚われてくるりを手放したあの頃の私には拾い上げられなかった何かを、見つけられるかもしれない。

そして今思うのは、過去をどうこねくり回しても、やはりあの頃の私にはくるり以上に薬となる音楽はなかった。眠れない夜、恋とお金を1度に失って、周りの人が離れていき、自分以外誰も信じられるものかと奥歯に力を入れていた頃のあの孤独、静かな怒り、見栄、辻褄合わせ、言い出せない後悔、すべて。

20歳のあのすべてをくるりに包んでもらった。くるりを聴くことで不摂生な日々の整合性を得た。愛や希望じゃ救われなかった。確かにあの時、くるりでなければ駄目だった。

* * *

THE WORLD IS MINE

みくりや佐代子