【インタビュー】カンパイ!ブルーイング・荒井祥郎が作り出す、街とビールの即興演奏

【インタビュー】カンパイ!ブルーイング・荒井祥郎が作り出す、街とビールの即興演奏

「酒場で生まれる縁」というのは、お酒を嗜む人なら一度や二度は経験があるだろう。

今回インタビューを行った、文京区のクラフトビール・ブルワリー、カンパイ!ブルーイングとも、musit編集部近くにあるビアバー・SCOO(読み:スクー)での出会いから始まった。musit編集部がSCOOスタッフと以前取材を行ったビアレストラン・P2B Haus Kichijojiの話をしていたら(P2Bは過去にカンパイ!ブルーイングとのコラボビールをリリースしている)、直後同じ店内にいたカンパイ!ブルーイングの2人から声を掛けられたのだ。

訪問した2021年7月下旬、東京都では新型コロナウイルスの感染者増加による4度目の緊急事態宣言に突入した直後だった。感染防止のための酒類の原則提供禁止については賛否両論があるものの、ここでその是非を問うことはしない。しかし楽しくて思いがけない奇縁が生まれる酒場、そして素晴らしいお酒を造ってくれる生産者を応援したいとmusitは考えている。なんせお酒好きが多いですから。

造るビールの全てに「坂道の名前」が付くことでも有名なカンパイ!ブルーイング。なんで坂なの? って素朴な疑問からmusitならではの音楽にまつわる話まで、代表取締役/醸造責任者・荒井祥郎さんと、ショップカードのデザインやSNSの広報などを行っているなんでもクリエイターの田口瑛美さんにお話を伺った。

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取材/文=仲川ドイツ
写真/編集=翳目

始まりは「街づくり」

──まずは、カンパイ!ブルーイングというブルワリーのネーミングに至った経緯を教えてください。

荒井:当初は地域の名前を付けたいと思っていたんですけど、ここはちょっと言い表しにくい場所なんです。住所上は文京区の端っこだけど、新宿はすぐそこ、豊島区もすぐそこ。駅も江戸川橋駅が近いんですけど、早稲田駅にも近い。人に場所を説明した際に「あそこですね」ってならない地域で。なので、うちのブルワリーを通して「どんなビールを目指すのか?」「どういったことがやりたいのか?」というのを表せるネーミングにしようと考えました。

開業前は会社員として、15年くらい都市計画のコンサルタントをやっていました。(コンサルの仕事は)「街が良くなる」「人々が住みやすくなる」などを目指してとても大きなことができますが、実現化までに非常に時間がかかります。特に上流側の計画策定などの仕事をしていたので、それが実際に実現してそこに住む人々から直接フィードバックを得るようなことは難しい状況でした。

なので、「直接的に何かを作って、売って、ダイレクトに反応が得られることをやってみたいな…」という想いも一方ではありました。

──そんな中で、どうしてビールを選んだのでしょう?

荒井:それについては明確には覚えてないんですけど…僕は大学を卒業してから2、3年、街づくりに関する勉強をするためにドイツへ行ってたんです。

──ビールの本場ですね。

荒井:そうですね。ドイツでは色んな街に小さな醸造所がいくつもあって。ビールを(実際に造っている)その場で飲めるっていうのが街の賑わいに貢献していて、日本から友達が遊びに来た時などは自分もよく飲みに行ってました。当時は自分でビールを造ろうとは考えていませんでしたが、「賑わいがあって良い雰囲気だな」という記憶が残りました。

そのあと日本に戻ってきて、街づくりのコンサルタントを経て、ビールを造ることを選んだんですけど…。名前を決める時にドイツの醸造所で見た光景を思い出して、「ビールで乾杯する時って皆笑顔だよな」と。そこから「カンパイ!」っていう誰もが知ってる言葉を選びました。

──笑顔を象徴する言葉ってことですね! シンプルですけど深いですね。

荒井:ビールって「まずは1杯目!」みたいな、気軽に飲めるものですしね。それと、ブルワリーを造ることで街の雰囲気を変えたいなという思いもありました。

──私たちは今日、早稲田駅から歩いてきましたが、お店に来るまでの街並みを見ていると古い商店が残っていますよね。

荒井:そうですね。元々この辺りは凸版印刷や大日本印刷などがある印刷業の街なんです。近くには講談社や新潮社などの出版社もあって。ただ、不況というか、紙媒体が読まれなくなってきたことで印刷所がどんどん廃業して、そこがマンションや駐車場に変わって…。それまでの「印刷業の街」という顔が薄れていって、街づくりの視点で見るとあんまり面白くなくなってしまったんです。僕は20年くらい前からこの街に住んでいますが、この近辺は良い場所なのに活用されていなくて、もったいないなあと感じていました。

この場所は神田川沿いなんですけど、ここから見える川沿いの木は全部桜並木なんですよ。目黒川より桜の木の密度が高いし、樹齢も古いから大きいんです。

──じゃあ、桜のシーズンにはお店で飲みながらお花見もできちゃうんですね。

荒井:そうなんです。神田川の向こうはホテル椿山荘があって、近くには肥後細川庭園があって。落ち着いた雰囲気の良い場所なんですけど…ほかは特に何もない。笑 なので醸造所があって、且つビールが飲めれば人が集まって賑わいが出て、注目が集まるだろう、という願いがありました。

──なるほど。タップルーム(飲食スペース)併設の醸造所は東京でも増えてきましたが、1階がバースペース(Grand Zoo)、2・3階が醸造設備というのは珍しいですよね。

荒井:ドイツの醸造所で自分が体験した、その場でビールが飲めるというワクワクするようなライブ感を目指しました。また、印刷所が多かった時代は工場から機械の音が鳴って、常に人が出入りしていたので、1階をビアバーにすることでそういった雰囲気を継承したいという思いもありました。醸造機器は重いですし、(漏水などの心配から)液体を上階に上げたくないので醸造所を1階に作るのが一般的ですが、ビアバーは路面店の方が気軽に入りやすいんですよね。

ここは建物を建てる所から始まったんですが、その当時(計画が始まった3〜4年前)はオリンピック関連の建設ラッシュの影響で鉄筋コンクリートなどの建築資材が高騰したり、鉄筋を組む職人がそちらに取られて人件費が高騰したりなどの問題がありました。なので、鉄筋でなく木造で建てようということになり、醸造設備を2、3階に上げても大丈夫な設計を工務店さんと相談して。本当は醸造設備もワンフロアに収めた方が良いのですが、奥行きがない立地なので階を分ける形となりました。

──木造で建てられたということですが、今インタビューを行っているこのGrand Zooもインテリアに木材が使われてますし、外装も木材をたくさん使っているのが特徴的ですよね。

荒井:何か目に留まる象徴的な建物の方が注目してもらえるだろうと思い、このようなデザインになりました。それとさっきも言ったように桜の木が多いので、コンクリートよりも木材の方が親和性も高い印象がありますよね。Grand Zooは経営が別なのですが、オーナーさんと相談して「外装との連続性がある方が良いだろう」ということで意見が一致し、店舗でも木材を使うことになりました。

坂があると、街に表情ができる

──ビールの名前にはブルワリー近くに実在する坂の名前が付いていますよね。どのような流れで決めているのでしょうか?

荒井:ビールを完成させてから坂の名前を探す場合もあれば、先にどの坂にするかを決めてからイメージに近いスタイルのビールを探すこともあります。

──名前を決める際には、実際に現地へ行くこともあるんですか?

荒井:そうですね。(当日の持ち帰りビールのリストに入っている)この『胸突坂DIPA』なんかはすぐそこにある坂なんですが、「胸を突くほど急な坂(*下記画像参照)」ってことで皆大変そうに登っていて、そのイメージから名付けた非常にパンチのあるビールです。また、喉越しが良くて色合いもグラスの向こうが覗けるくらいクリアなケルシュは「のぞき坂が良いな」と思い選びました。

一方で、ビアバー側から「今度うちの近くの坂の名前でビール造ってよ」と依頼されたものもあります(千駄木と谷中の境にある、ビアパブイシイの『団子坂インペリアルスタウト』など)。最近は一部架空の坂も増えちゃいましたけどね。笑 文京区は坂道が113ヶ所、新宿区は約100ヶ所、豊島区も数十ヶ所と醸造所の近辺だけで坂道が300ヶ所くらいあります。坂があると街に表情ができるので、平坦よりは坂が好きですね。

──映画やドラマなどでも、象徴的なシーンで坂道が使われますもんね。

荒井:そうですね。あとは「胸突坂の上に住んでます」というお客様がいたり、ビールが会話のきっかけになったりするのも面白いですね! 以前KUNITACHI BREWERYさんとのコラボで造った『たまらん坂 Hazy IPA』というビールがあるんですが、忌野清志郎が愛した坂ということで、ファンの間で少し話題になったこともあって(RCサクセションに「多摩蘭坂」という楽曲もあるほど)。それと、一橋大学のラグビー部だった人がこのビールを飲みながら「トレーニングでたまらん坂をダッシュさせられてたのが苦しかったんですよ」と教えてくれたのが印象に残ってます。

樽を洗浄する時は「うっせぇわ」でやっつけます

──全てのビールに坂の名前を付けているということですが、荒井さんはもしかして坂道グループのファンだったりしますか?

荒井:そうじゃないんですけど、それがきっかけでコラボの話に繋がっていったら面白いですよね。笑

──確かに。笑 では、音楽や映画などのカルチャーからビールのインスピレーションが沸く時はありますか?

荒井:アートからインスピレーションを受けることはあまりないんですが、作業する時はいつも音楽を流してます。音楽によって作業の進み方が変わりますし、気分も変わるので作業内容に合わせた音楽をかけるようにしてますね。朝はアップテンポな曲をかけたり、曇りの日はまったりした曲とか、チルい曲を選んだり。でも以前ビートルズをかけながら作業したら、なんか調子狂っちゃって作業が進まなかったことがありました。笑

田口:その日は樽洗浄をする日で、細かく工程が決められているんですけど「あれ? 次なんでしたっけ?」とか「うわ! やっちゃった!」みたいになって。途中で音楽変えました。笑

──そういった作業を行う時には、例えばどんな音楽が向いていますか?

田口:樽洗浄をする時は、ノリノリの音楽でテンポよく作業を進めないと私はダメですね…。最近はサブスクのレコメンデーションやプレイリストを流すことが多いです。

──最近流した中で相性が良いなと感じた曲はなんですか?

荒井:うーん、最近の曲…。「うっせぇわ」ですね。僕は樽洗浄の時は「うっせぇわ」を聴きながらやっつけるのが好きですね!笑

カンパイ!ブルーイングの魅力は「即興性があること」

──カンパイ!ブルーイングさんは様々なスタイルのビールを造っていますが、共通するブルワリーらしさはありますか?

荒井:できるだけ綺麗で飲みやすいビールを造りたい、というのはあるかな。あと「これ何のビール?」って言われるようなビールは造りたくなくて、スタイルの定義に沿ったビールを造る、ということですかね。

ラガーは完成まで時間がかかるのでうちでは造りませんが、エールであれば何でも造りますね。ただ自分が好きなものに偏るかな…。自分はあまりモルティーで重たいビール(麦芽の風味が強いもの)はあまり好きじゃないんで、イングリッシュ系は造りません。ヴァイツェン(ドイツの小麦ビール)もあまり造りませんね。今はアメリカン系が多いかな。

──今までに何種類くらいのビールを造ってきたのでしょう?

荒井:もうすぐ100仕込み目なんですが、種類で言えば60〜70種類くらいだと思います。1回しか造らないものもあれば何度も造るものもありますが、同じものであっても「次はこうしてみよう」とちょっとレシピを変えてみたりもするんで、全く同じように造るってことはあんまりないんです。

──ちょっとずつマイナーチェンジさせているんですね。

荒井:そういう即興性みたいなのもうちの特徴ですかね。うちの場合はエールビールなので、仕込みから大体約4週間で完成して、樽詰めして出荷します。そして空になったタンクで次のビールを仕込んで…という流れになっていて、(醸造/貯蔵用の)タンクが4つあるので、週1仕込みで月4回は仕込みができるようになってます。

ですが現状では(緊急事態宣言の影響で)飲食店が営業しておらず樽が出ないので、タンクが開かずに貯蔵したままになってます。売れないってのも辛いですが、造っている立場からすると「造れない」っていうのが何より辛いですね…。

──ボトルや持ち帰り販売の状況を教えてください。

荒井:3本セットのボトル販売、グラウラーや家飲み用のプラカップに詰めての持ち帰り販売を行っています。あとは少しボトルショップ(酒屋)に卸していますね。とはいえかなり厳しいですが、一度グラウラーを買ってまた詰めに来てくれる方も多いですし、「持ち帰りはやってますか?」って電話で問い合わせしてくれる方もいらっしゃるので、以前よりは良い状況になってきてます。

──なるほど、そうなんですね。

荒井:元に戻ることがあるのか分かりませんが、コロナ禍以前のような状態に戻ってビアバーで飲むスタイルと並行して、持ち帰りの文化も定着してくれれば良いですけどね。

──ビアバーで飲んで美味しかったからお土産で、ってなると理想的ですよね。

荒井:まあでも、家で飲むのも良いんですけど、やっぱりビアバーでワイワイ飲んでもらいたいなと思いますよ。

──そこはやっぱりカンパイ!ブルーイングのライブ感ですね。

荒井:なかなか以前のように戻らないから苦しいんですが、まあそんなに落ち込んでいるばかりでもないですし、普段から苦しいんで大丈夫です! 大したことない。笑

──ポジティブな〆の言葉、ありがとうございました。

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取材を終えて

「自分が住む街を面白くしたい」という想いから、街づくりの専門家がクラフトビール醸造に挑戦するというストーリーを荒井さんから伺って非常にワクワクしました。

荒井さんは「ブルワリーは基本的に規模産業なので、大きくしないとなかなか利益を上げられないんですよね。彼氏にしちゃいけない3B(バンドマン・バーテンダー・美容師)って言いますけど、そこにブルワー(醸造家)も入るんじゃないかな?笑」と仰ってましたが、僕の中ではロック・スターと同じようにブルワーもヒーローなんですよね。

気取らず飲めてシンプルに「美味しい!」と思わせてくれるカンパイ!ブルーイングのビール。気になった方はボトル購入やグラウラーでの持ち帰りをしてくれると嬉しいですし、酒類提供禁止が撤回された暁には、文京区にあるこのビアパブで「カンパイ!」してほしいと心から願ってます。

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カンパイブルーイング/Grand Zoo

所在地:東京都文京区関口1丁目28−12(最寄駅は東京メトロ/都電早稲田駅)

◯カンパイブルーイング
・Facebook:https://www.facebook.com/kanpaibeer/
・Instagram:@kanpaibeer
・Twitter:@kanpaibrewing

◯Grand Zoo(1Fタップルーム)
・HP:https://granzoo-beer.com/index.html
・Facebook:https://www.facebook.com/pages/category/Bar/グランズー-2293145407401925/
・Instagram:@craftbeer_granzoo

(ボトル販売、量り売りの銘柄や営業時間、営業状況はSNS等でご確認ください)

仲川ドイツ