【インタビュー】創業30年、池袋のレコードショップ・だるまやのチャレンジと情熱
「チャレンジするレコード屋なんです。」
──そう語るのは萩原貴久さん。2021年で創業30年、池袋の中古レコードショップ「だるまや」の店主だ。
だるまやは池袋東口徒歩5分ほどの線路沿いの店舗から、今年1月に東池袋に移転。大通りから1本裏に入った、住宅なども多い比較的落ち着いたエリアだ。店舗の後ろにはJRが走り、店内BGMと共に電車の走行音が聞こえてくるのは変わらずだ。
だるまやは移転を機に、クラフトビールの取り扱いを開始。しかもボトルや缶のパッケージだけでなく、タップ(樽)からの持ち帰り販売も行っている。11月24日からはファントム・ブルワリー「IKEBUKURO BREWING(イケブクロ・ブルーイング)」でのオリジナルビール販売に向けたクラウドファンディングもスタートした。
また、2022年には、だるまやを舞台にしたショートムービー『ツクモ電蓄達磨奇譚(仮)』の上映も控えている。
「好きだからやっているだけ」と萩原さんは控えめに仰るが、そのバイタリティーはどこから来るのか? まずは創業時のエピソードから伺ってみた。
インタビュー/文/写真=仲川ドイツ
編集=對馬拓
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様々なテイストのビールを追求していくのとレコードを聴いていくのが似ている

萩原:23歳の頃にイギリスに行って、半年弱滞在しました。向こうではライブに行ったりして遊んでました。笑 日本に帰ってきて程なくして、まずは通販で中古レコードの販売をスタート。3年後に店舗を持ちました。僕が始めた頃は新譜リリースはレコードからCDに移り変わって、レコード針の製造がなくなるという噂も出たり、みんなレコードを手放していく時代でした。
とはいえ、その頃はヒップホップの12インチブームなどがあり、レコードの需要は高かった。2000年以降、DJ文化の衰退で日本国内でのレコード需要の減少はあったものの、コロナ禍で渡航に制限が掛かるまでは海外からの買い付けのお客さんも多かったそうだ。
萩原:今はよく知り合いから「レコードって人気なんでしょ?」って言われますけど、僕の感覚では売上は昔からそんなに変わらないですよ。でも最近はちょくちょく若いお客さんも増えましたね。ジャンルはバラバラです。「お父さんの誕生日にレコードをプレゼントしたい」とかね。
今回の移転はどういったきっかけだったのか?
萩原:移転はこれで3回目ですが、今回は物件の賃料の値上げの話があったからです。ただそれだけでなく、クラフトビール販売を始めたいという考えがあったので移転を決めました。

そして移転を機に酒販免許を取得し、クラフトビールの販売を開始した。萩原さんは10年ほど前からクラフトビールの魅力に取り憑かれているそうだが、萩原さんが考えるクラフトビールの面白さとはどんな所なのだろうか?
萩原:元々ビール自体は好きだったんですが、クラフトビールはブルワリーやスタイルごとに特徴があって、それぞれ全然違うところが面白いですよね。飲んでたらどんどんハマりました。音楽との共通点は、様々なテイストのビールを追求していくのと、(ルーツを掘り下げながら)どんどんレコードを聴いていくのが似ているかなと思います。あとパッケージ(ラベル)のデザインも多彩ですよね。
だるまや店内の冷蔵庫にも色とりどりのクラフトビールが並び、パッケージを眺めているだけでも楽しい。レコードのジャケ買いならぬ「パケ買い」をするのも一興だし、萩原さんに好みを伝えて選んでもらうのも良いだろう。だるまやではタップからプラカップやグラウラーに注いでもらったビールの持ち帰りも可能だし、いわゆる角打ちスタイルで店内カウンターでも楽しめる。

そして冒頭でも書いたが、現在は新事業としてファントム・ブルワリー「IKEBUKURO BREWING(イケブクロ・ブルーイング)」でのオリジナルビール販売に向けたクラウドファンディングがスタートしている。どのようなビールを醸造予定なのだろうか?
萩原:スタイルはWheat IPAです。小麦やオーツ麦を使い、最近流行っているヘイジーIPAのように、少し濁っていて飲みやすい。でもヘイジーのように甘ったるくなく、(従来の)IPAらしい苦みもあるタイプです。以前、常陸野ネストビールで自分で造ったビールが結構良かったんです。(※常陸野ネストビールでは超小規模醸造の受け入れプランがある。)
名前は「ノルウェーのネコ(Norwegian Urban Cat)」。ここ数年で注目されているノルウェー原産の酵母「kveik(クヴェイク)」と、萩原さんの愛猫の品種「ノルウェージャン・フォレスト・キャット」に由来する。「ファントム・ブルワリー」とは自社の醸造所を持たず、間借りのようなスタイルで醸造するブルワリーのこと。今回の醸造は、以前musitでも紹介した文京区のカンパイ!ブルーイングだ。
萩原:しばらくはファントム・ブルワリーとして色々なブルワリーで造って試していく、って感じです。ただ最終的には自社の醸造所を持つ可能性、というか夢はあります。
「奇譚=怪しい話」っていうモチーフが決まりました
だるまやはTwitterのツイートがユニークだ。レコード屋のSNSというと新入荷情報が一般的だが、そういったツイートはほぼない。その代わり、その日が誕生日のミュージシャンを教えてくれる。このツイートを始めた理由を、SNSの運用を担当している合津ちゃちゃまるさんに聞いてみた。
ちゃちゃまる:私たちは音源を売ったり買ったりする業態ですよね。だからそれを創ったミュージシャンに対するリスペクト、そして生まれてきてくれたことへの感謝の気持ちを表したかったんです。他のお店では命日を挙げるところもあるんですが、どちらかといえばハッピーな響きの方が良いだろうと思いました。なので「Happy Birthday!」とツイートしています。ツイートを見た方がそのミュージシャンの作品を聴いてみたり、周囲とのコミュニケーションのきっかけになればと思っています。
ちなみに、ちゃちゃまるさんはなんと有頂天のオリジナル・ベーシスト。現在は「世界一楽しいパンク・バンド」、暴動天国のメンバーだ。

取材当時のタイトルは『グラモフォン達磨奇譚(仮)』だった
だるまやが映画になるプロジェクト『ツクモ電蓄達磨奇譚(仮)』も楽しみだ。これは「巡る×シネマ×cafe 3」の上映作品の1つ。
「巡る×シネマ×cafe」は、池袋に点在するカフェやバーを舞台に、インディーズの監督が映画製作を通してコラボレーションする企画イベント。第3弾となる今回は、9店舗を舞台にそれぞれの監督が30分程度のショートムービーを制作。2022年2月頃に舞台となった各店舗で上映予定だ。店内にあるポスターにはこんなあらすじが書いてある。
“ひょんなことから池袋の中古アナログレコード屋で働くことになったフリーターの将樹。その日から将樹の周囲で巻き起こる奇妙な出来事の数々。日々来店するユニークな客たちとの出会い。やがて将樹は、この店「だるまや」と「レコード」と「謎の事象」の相関関係に気づき、その奇想天外な世界に没頭していく。そして訪れる奇跡のような結末──。”
日常を舞台にしたミステリーなのだろうか。『ツクモ電蓄達磨奇譚(仮)』という、ちょっと不思議なタイトルの意味も気になるが。
ちゃちゃまる:「レコード、ビール、猫」という、だるまやの要素を入れてほしいとプロット段階でお願いしました。ただしその後、猫は撮影時間を鑑みて外されてしまいましたが…。あと、私は横溝正史や江戸川乱歩が好きなので、和風なタイトルを付けてほしいとお願いしました。乱歩の小説に『パノラマ島奇談(奇譚とも表記)』ってありますよね。まず「奇譚=怪しい話」っていうモチーフが決まりました。とはいえ大正・明治などの時代物ではなく、現代が舞台です。ツクモとは「付喪神(つくもがみ)」で、日本に伝わる、長い年月を経た道具などに精霊が宿ったものです。人をたぶらかすとされました。つまり、レコード店にある「電蓄」(=レコードプレイヤーの古語)に精霊が宿って妖怪と化したものという意味です。
新旧、オールジャンルのレコードを取り揃えるだるまやの店内を眺めていると、様々な年齢やルックスの人々が真剣にディグしている。「そこにミステリアスな相関関係があったら?」と想像すると少しワクワクしてくる。ビール片手にほろ酔いで鑑賞したい。
これからも池袋からレコードとビールを発信していきますよ

今回お話を伺っていると、2000年以降のインターネットの普及、そしてコロナ禍でさらに加速したEC需要により、だるまやも現在はオンライン販売が売上のかなりの規模を占めているという。今回の移転に際して、賃料の安い郊外に移転し、実店舗を持たずオンライン販売のみに方向転換するという選択肢もあっただろう。しかし、だるまやはそれらのある意味安易な選択をせず、池袋での新店舗とビールというもう1つの武器を手にする道を選んだ。
最後に、池袋という街にこだわる理由を伺った。
萩原:んー、ずっと池袋ですからね。もし今後、ビールを自社醸造するとなった場合に、どこかの地方に醸造所だけを建てる可能性はありますが。これからも池袋からレコードとビールを発信していきますよ。
穏やかな言葉の奥に、街とレコードとビールへの情熱を感じた。
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だるまやで流れる時間は本当に至福だ。
早く家に帰って購入したレコードを聴きたい気持ちを抑えつつ、明るく開放的な店内でタップから注がれたフレッシュなビールを呑むのはなんとも言えない充実感がある。時折、ガタンゴトンと電車の音が聞こえてくるのも良い。
さっき棚に戻したレコードを「やっぱり買うべきか…?」と悩みながら。

だるまや
所在地:〒170-0013 東京都豊島区東池袋2-59-7 松山ビル1F
営業時間:12:00〜20:00(年中無休)
・HP:https://darumaya.to
・Twitter:@darumaya3
・Instagram:@darumaya_japan
・YouTube:だるまやチャンネル
暴動天国
・HP:https://head69.com/bdtg/
・YouTube:暴動天国チャンネル presented by だるまや
仲川ドイツ
