【インタビュー】Cwondo=近藤大彗が表現し続ける「生きる」ことの意味──『Coloriyo』が提示するものとは

【インタビュー】Cwondo=近藤大彗が表現し続ける「生きる」ことの意味──『Coloriyo』が提示するものとは

『FUJI ROCK FESTIVAL ’22』での圧倒的なパフォーマンスも記憶に新しい5人組バンドのNo Buses。9月には新作アルバムのリリースも予定しているが、そのバンドのヴォーカル/ギターを務める近藤大彗によるソロ・プロジェクトがCwondoである。そんな彼が、Cwondo名義で2021年に1stアルバム『Hernia』、同年に2ndアルバム『Sayounara』をドロップし、1年を待たずして3rdアルバム『Coloriyo』をリリースした。恐ろしいまでのリリースペース。その表現欲求に感嘆させられるばかりだが、突き詰めれば「一体なぜ、そこまで彼は音楽に取り憑かれているのか?」と思う読者も少なくないはずだ。

今回musitでは、Cwondo=近藤大彗にメールインタビューを敢行。1stや2nd以上に優しさやたおやかさに溢れたポップネスを基調とした『Coloriyo』の制作過程と同時に、彼を表現に駆り立てる「音楽愛」というべき感覚を聞き出そうと試みた。『Coloriyo』に宿る「生への希求」に迫るインタビュー。

インタビュー=竹下力
編集=對馬拓

* * *

1. 3rdアルバム『Coloriyo』のリリースおめでとうございます。思わず何度も聴いてしまう中毒性があって、これまでの作品に比べてアンビエント色が強まり、そこには優しさと同時に喪失感が漂っている。けれども、黄昏時から夜に変わっていく雰囲気の中に、人々の生の営みに温かい視線が注がれている素晴らしい作品だと思いました。制作過程において、これまでとは違った手応えがあったかと思いますが、今作の出発点となったのはどんな経緯だったのでしょう。ご自身のバンド、No Busesとの対照化や差別化の有無を含め、制作の契機をお聞かせください。

ありがとうございます。大変嬉しい感想です…!!

今作も1st、2ndアルバムなどと取っ掛かりの面ではあまり大きな違いはなく、基本的に作ることが大好きなので普段からずっと音楽は作っていてその延長で生まれた作品というのはあります。

No Busesはどうしても物理的な面(メンバーとのスケジュール調整や録音にかかる時間など)なども含め時間がかかってしまうことが分かりきっている分、最初から諸々についても作り込むことが前提になっているのですが、その点Cwondoの方はもっとその面が自由なので過程がオンタイムな状態で作っている感覚があります。

なので、メンバーの嗜好なども含めてNo BusesとCwondoではやりたいことに違いは出していたりもしますが、その違いが生まれる理由は自然発生的なところがかなり大きいかもしれないです。

2. 『Hernia』(2021)、『Sayounara』(2021)と怒涛のリリースが続き、ついに3rdアルバムとなりました。今作に至るまで、近藤さんの作品を作る凄まじいまでのモチベーションになったものは何でしょうか。

前述でもあったのですが、正直作ることが相当好きだということに尽きるかも知れません…。笑

3. ご自身の曲は、作曲であれ作詞であれ、どのような経緯で生まれることが多いのでしょうか。近藤さんはビートやシンセ、ギターの音も含め、音の醸し出す雰囲気やエモーションから曲を作って行くのかなというイメージを持ちましたが、作曲方法について聞かせていただけると嬉しいです。

同じような話が続いてしまい申し訳ないのですが、日常的に制作をするようには心掛けていて、基本毎日、日記のようにその日の気分で楽器を演奏してみたりすることから曲のアイデアが生まれます。それを時間をかけて広げていく作業が繰り返されるという形です。

4. 近藤さんは声を器楽的な要素として使っている印象があります。しかも今作はもっと抽象度を増していますね。ご自身の声は、赤ちゃんの声のような、何かを訴えているようでいて訴えていないような気もする。でも同時に何かを伝えようとしている。それは聴き手に任されている。今作を作る上で、ご自身の声の役割をどのように考えていましたか。

自分の声を以前より心地良く感じることができるようになったのと、歌も少し上手になった気がするのでその辺りを活かすことを意識しました。

5. 具体的に曲のことについて聞いていきたいと思います。「Hoyoy」(M1)は、IDM的なキックがランダムに鳴らされ、そこにギターのフレーズが優しく覆っていきます。そこからドラムンベース風の曲に転調していく。赤ちゃんがハイハイをしているような忙しなさが感じられます。このあたりの意識としてはどのようなものがあったのでしょうか。

この曲は最初ギターを弾いた所から始まりました。普段リズムで始まらない曲は一つ目のアイデアをツーっと流し聴きしているとそれらを補完してくれるようなリズムが頭に流れてくるので、それに身を委ねるままにリズムを刻んでます。自分が聴きながらいつのまにか立ち上がって踊っていたら良い所に来てる合図です。

6. 今作の基調には、IDMのようにキックがランダムに鳴らされる曲が多いです。100 gecs、Kero Kero Bonito、Anamanaguchiといったハイパーポップなどを以前から志向されている気がしますが、全体としてリファレンスされた作品やアーティストは、これまでと変わらなかったのでしょうか。インタビューでVegynやYung Lean、Dominic Fikeをよく聴いていると伺いました。それとも新しい作品やアーティストに着想を得ていたのでしょうか。

結構短いスパンでのリリースだったので、聴いているものは前作などの時期からそこまで大きな変化はなかったのですが、今でもハイパーポップ的なものは好きで聴いたりします。今年の新譜だとJPEGMAFIAのEP(『OFFLINE!』)やBig Thiefのアルバム(『Dragon New Warm Mountain I Believe In You』)だったりがお気に入りです。

7. 「Midori」(M2)はバンドらしく音の重なりが丁寧で、さらに明確な歌詞があります。優しい音作りでありながら、喪失という感覚もキャプチャーされ、複雑な感情が込められた素晴らしい曲ですが、近藤さんの資質というか素のようなものが見えるような気もしました。近藤さんにとって歌詞の持つ意味合いにはどのようなものがあるのでしょうか。

僕は1人で部屋にこもって歌詞を書くことが基本で、自分に向けてのメモのように書くことが多いように感じます。基本、韻だったり音の鳴りとしての歌詞を意識することが前提にあるのですが、その上に載せるものは自分が普段から頭で唱えたりしている言葉が乗せやすかったりするので、またこれもその時々の日記のようになっていたりします。

8. 「Warmup」(M3)は短いインストで、リヴァーブのかかったビートの作り方や、今作にある神秘性は青葉市子の『アダンの風』をふと思い出したのですが、今作のアルバムに通底している優しさは意識しているものなのか、あるいは自然発生的に生まれたのか教えてください。

そこに関しては意識はあるもののそこまで徹底的ではないのですが、自分の好きな聴き心地を優先している結果なんとなく立ち止まるポイントみたいなものがある気がするので、それが影響しているのかなと思います。

9. 「Sarasara」(M4)に関しては、ピアノの旋律が循環し、ランダムにキックが鳴らされ、さらにフリーフォームになっていきますよね。これまでのアルバム以上に、より自由になった感覚があります。どこか感覚を解放しているような印象を受けました。これはご自身の中で具体的にどのような変化があったのでしょうか。

昔は(特にバンドを始めたてだった時など)何か枠組みがあり、その中で作るようなことにこだわりを感じていたり趣味の極端さが出ていたりしたような気がするんですが、自分の中にも色んな良さがグラデーションのように存在していることをある時期から感じて、そこから気持ち良いと感じることの点みたいなものがポツポツ増えて見えていっている気がするので、その影響かなと思っています。

10. 「Windo」(M5)は鍵盤とギター、オートチューンのかかった声、そしてキックの音が遠い方で鳴っています。これまでの近藤さんの曲には低音があえて抑え気味に鳴らされている印象があったのですが、この曲で意識されていたことはありますか。

確かに低音がちょっと今までより強調されてる気がしますが、そこまで意識的なものではなかったです。この曲に限らずの話なのですが、やはり曲ごとの気持ちの良いポイントを探すことは大事にしたいので、あまり良くない意味での一貫した個人的な凝り固まった様式などは、できるだけ頭からなくすようにしてます。

11. M2〜M5までは、曲のタイトルにあるように人々を取り巻くさまざまな自然がフィーチャーされていて、そこに純粋な喜びがあるといった風情なのですが、その雰囲気が「Oyasumi」(M6)で赤ちゃんの寝息のような声がサンプリングされていくことに繋がっていきます。周りの環境に癒されて眠っていく子供が描かれている気がします。このアルバムに通底しているのかもしれないのですが、「生きる」ということに関しての素直な喜びが感じられるような気がします。その辺りはどんな意識を持っていらっしゃったのでしょうか。特にM6ではアルバムの分岐点みたいな感じも受けます。

まさしくそのような意識はアルバムを作っている間、延いては普段から思っていることです。生まれた、生まれることを自分が決定できないことに対しての疑問は、人によって抱くことがあったりするかと思うんですが、自分自身の精神的にあまり良くなかった、自分の命に対してネガティヴになってしまった経験を踏まえて、それを与えてもらった、それを託していく立場どちらで考えてもそれを素晴らしいものにする、させていくことをずっと大事に持っていたいなという気持ちがあります。

12. 「Hanatare」(M7)はとてもユーモアが溢れていて(タイトルは「鼻垂れ小僧」の「鼻垂れ」から取られたものでしょうか)、切迫した感覚よりも情景が思い浮かぶ感じがします。「Pompoko」(M8)も可愛らしくて、子供の可愛らしいお腹のイメージがあったり、私は思わず『平成狸合戦ぽんぽこ』なんかを思い浮かべてしまって。シリアスな現実をとてもユーモアに捉えている印象がありますが、今作はユーモアの感覚を大切にされているのでしょうか。

今作に限らず、冷たすぎる感覚は自分っぽくないので、ユーモアの感覚というかホッとするポイントはなんだか持っていたいなと思っています。

13. 近藤さんの曲には風景を思い浮かせる描写力が素晴らしくて、特に「Hanatare」は感情よりも、場所=世界に含まれている人々への福音みたいな音が鳴っていて、私はコーネリアスの『point』のシンプルであり複雑、複雑でありシンプルな構成を思い浮かべました。音も複雑に絡まってはいますが、一音一音クリアです。曲の構成についてはいつもどのように意識していますか。

ありがとうございます…。曲の構成に関しても、また似たような回答で申し訳ないのですが、あまり捏ねたことというより自分が楽しんでいる上で自然に向かうところに向かっている感覚です。

14. 「1500」(M9)はまるで赤ちゃんが泣き出しそうな声がサンプリングされていて、「Pompoko」とは違ってとてもポップで、Aphex Twin『Richard D. James Album』の「Girl / Boy Song」の甘さや、Drakeの最新作『Honestly, Nevermind』、Beyonceのシングル「BREAK MY SOUL」など、最近のハウス・ミュージックにも通ずるポップネスに溢れているのですが、どのような意識で曲作りをしたのでしょうか。また、「1500」にはどんな意味があるのでしょうか。

爆発的な部分は持ち合わせつつも、そこに振り切りすぎて置き去りにするようなアルバムにしたくはないなと思っていたのが作品通しての意識だったので、そのようなスピード感があり激しいパートが特に目立つこの曲は優しさを少し意識したかもしれません。

「1500」は1,500mのことで、走りながら聴けそうだなと思ったから付けました。笑

15. 最終曲「Zzz」(M10)は朝起きて、そして夕暮れを迎え、眠りにつく1日の終わりの物語がリプレゼントされています。今作の『Coloriyo』というタイトルも、子守唄「ねんねんころりよ」を思い浮かべますし、やはり子供が遊び疲れて眠っていく様子が垣間見えて、そこには安堵と優しさとたおやかさがある気がして、近藤さんにとってもこれまでの作品とは違った視点があるような気がしました。今作に持ち込みたかったもの、例えばご自身の内面であったり、シグネチャー(ご自身の存在の証明のようなもの)はありますか。

昔の自分は、1人が好きだし1人で生きていけるし、1人で生きてきたような気になってた時期もあったんですが、僕は人が好きだし1人じゃ絶対生きてこれなかったなとここ数年本当によく感じることがありました。当たり前のことではあるんですが…。

1人の時間ももちろんすごく大切にしないといけない人間ではあるんですけど、周りの人とか近くにいる人とかあまりその人たちに向けられてるかは分からないけれど、可能な限り愛情表現はしたいなと思っています。

16. 最後になりますが、本作のリリースやバンドでのライブがあったりと、ソロを含め多忙を極めていらっしゃいますよね。今後、バンドとソロそれぞれについて、どのように活動をしていきたいと考えていますか。

バンドは仲間と楽しく、ソロは1人でマイペースにというのが一番です!

* * *

RELEASE

Cwondo『Coloriyo』

レーベル:Tugboat Records
リリース:2022年7月6日

トラックリスト:
1. Hoyoy
2. Midori
3. Warmup
4. Sarasara
5. Windo
6. Oyasumi
7. Hanatare
8. Pompoko
9. 1500
10. Zzz

配信リンク:https://tugboat.lnk.to/Cwondo3rdAL

竹下 力