【インタビュー】「自分は希望だけを歌えない」──水槽とクレマチス・甲斐莉乃が燦然と輝く物語の果てに求めるもの

【インタビュー】「自分は希望だけを歌えない」──水槽とクレマチス・甲斐莉乃が燦然と輝く物語の果てに求めるもの

2022年9月に生活、ライブ、旅の3つを軸とするアイドル・プロジェクト、水槽とクレマチスが始動した。部屋と現場と映像を行き来しながら、イベントとグッズと配信が重なり合う不思議なプロジェクトを届けるのはSOVA所属のアイドルグループ・RAYの元メンバーである甲斐莉乃と月日萌花。7月でRAYとしての活動に幕を下ろした彼女たちは、水槽とクレマチスを通して我々に何を伝えようとしているのか。

今回musitでは2023年3月にお披露目ライブを控えている水槽とクレマチスのこれからに迫るべく、甲斐莉乃に単独インタビューを実施。RAYを脱退してから約半年。RAYの人気メンバーとしてステージに立ち続けた彼女にこれまでの歩みと水槽とクレマチスの目指す未来について話を聞いた。

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取材/文=すなくじら
写真=井上恵美梨
編集=星野

あえて「卒業」ではなく「脱退」を選びました

──まずは自己紹介からお願いします。お名前と、休日の過ごし方を教えてください。

甲斐:甲斐莉乃(かいまりの)です。3月にお披露目されるアイドル・プロジェクト、水槽とクレマチスのメンバーとして活動しています! 休日の過ごし方は…実は最近オフを作っていないんですよ。笑

──ええっ! 意図的にオフを作らないようにしてる、ということですか?

甲斐:うーん、そういうわけではないんですけど……あんまり気持ち的に休めなくて。ここ最近は「忙しいモード」のメンタルなのかも。お披露目までの準備期間という意味で、オフの日はやらなきゃいけない作業をやってます。

──水槽とクレマチスはお披露目前ではありますが、既にYouTubeを中心に動画配信を行っていますよね! とはいえ、甲斐さんといえば以前所属していたRAYでのイメージが未だ残っている方も多いのではないかと思います。まずは水槽とクレマチスへの加入と、活動開始に至るまでの経緯を教えてください。

甲斐:まず、数字として「3年」というのは1つの区切りだなと思っていて。だからRAYとして3周年を迎えたあとに環境的・心境的変化が訪れ、脱退という形を取らせていただきました。「このタイミングで変わるべきだな」と思ったんです。そのうえで、言葉としてもあえて「卒業」ではなく「脱退」を選びました。

──RAYとして駆け抜けた3年間は本当に濃密な時間だったかと思います。「卒業」にしようと思わなかった理由について、もう少し詳しく聞かせてください。

甲斐:3年間の活動は自分の中で大きな存在ではあったものの、終わる瞬間にやり切ったとは言えなかったんです。だから、次の場所で自分が納得いくまでやり切って「卒業」できるようにRAYでは「脱退」を選びました。ただ、アイドルを続けたいという気持ちは変わらなかったので、RAYではない形で新しくアイドル・プロジェクトを始動させる運びになったんです。

──ありがとうございます! 水槽とクレマチスは、生活/ライブ/旅をコンセプトにしていますが、この3つの柱は何かゴールがあって決まったものなのでしょうか?

甲斐:そうですね、生活/ライブ/旅を中心にファンの方の日常に寄り添えるような形態を目指しています。例えばファンの方の生活の中に推しのグッズがあることで生活に潤いを見出してくれればいいな、とか。笑

──なるほど。ただ「旅」はほかの2つと少し系統が異なりますよね?

甲斐:そうなんですよ! 「旅」については、水槽とクレマチスが旅をする中で全国各地に仲間を増やしていって、目標に向かっていく…みたいなイメージです。RPGみたいですよね。本格的な活動は来年から始まるんですけど、今の段階で日本中の色々な土地を回ることを考えてて。

あとは楽曲にも旅が関連してます。楽曲制作者さんの思い入れの地にまつわる楽曲を制作してもらって、そこを実際に回ったり動画コンテンツに絡めたり、とかも予定している所です。

──甲斐さんが「旅」の中で行きたい場所を教えてください。

甲斐:岩手です。岩手出身というわけではないのですが、母方の実家が岩手で馴染みが深く大好きな場所です。いつか岩手でライブしたいなぁ。

アイドルとファンが作り上げる「物語」を求めて

──水槽とクレマチスはマネタイズも含めてかなり「アイドルの裏側」を見せていくスタイルだと感じますが、これは意図的な取り組みなのでしょうか?

甲斐:はい! 「アイドルの裏側を見せていく」ことは実はRAYの時からずっとやりたいと思っていたんです。普段どういう姿勢で自分たちが活動に望んでいるのかをファンの方に知ってほしいという気持ちが強かったので。

自分はアイドルグループをもう1回やるに当たって、「物語性」を強く押し出していきたいと思ってて。グループや楽曲についてはもちろんですが、それ以上にメンバーの一人ひとりに愛着を持ってほしいと思っています。普段自分たちが触れられる物語って漫画とか映画とかだと思うんですけど……アイドルってファンの方との距離がほかのアーティストさんより近いじゃないですか。だからこそ、成長過程を見守ったり現実の中で一緒に物語を追っていけるのが、アイドルの良さであり魅力かなと思っていて。

──「物語性」という話を聞いて、甲斐さんが「卒業」を目指していく姿により納得がいきました。挑戦的な新しい取り組みが印象的な水槽とクレマチスですが、最近告知があった『STAND ALONE』シリーズについて解説をお願いしてもいいですか?

甲斐:『STAND ALONE』はRAYから引き継いでいる「個性を大切にする」視点に特化した水クレの主催のイベントです。水クレは、ソロでのアイドル性も支援してもらえる環境なんです。だから、ほかのグループに所属していて、ソロでもステージングができるアイドルさんをお呼びして、テーマに沿ったコンセプトのステージを作るシステム……って言って伝わりますかね?笑

──すごく理解できました! ファンの方に向けたTwitterのタグもありますよね。タグを使っておすすめの演者さんを募る、みたいなイメージでしょうか?

甲斐:そうです。毎回違うテーマを用意する予定なので、今後も色々な方をお呼びしてファンの皆さんと一緒に楽しめたらいいなと思っています!

──新しいことを始める時って、人によっては楽しさだけでなく不安を感じることもあると思うのですが、甲斐さんは水槽とクレマチスで新しい取り組みに挑戦する時に、不安や恐怖に近い感情を持つことはありますか?

甲斐:不安は常にあるんですけど…。 思いついたことはなんでもまずは形にしてみないと分からないのがアイドルだと自分は思っています。その点水クレは、新しい物事をやるにあたって運営もメンバーも尊重性がある所が好きです。

──不安はあるけど、まずはやってみる……勉強になります。率直に脱退の直後の心境はいかがでしたか?

甲斐:当時は怖い気持ちもあったし、その気持ちも否定したくなかった自分もいます。自分はライブ・パフォーマンスをする中で「希望だけを歌えない」と思っていて。その時も絶望に落ちた瞬間があったんですけど、絶望まで行くともうどうやっても切り替えられないんですよね。

だからやってみて、それでも絶望を拭えないのであれば、絶望を抱いたまま共存していく道も間違いじゃないと思うんです。無理に取り繕わないでネガティブなままでもいいんだよって寄り添ってあげられることが自分のアイドルとしての価値なんじゃないかと。

──水槽とクレマチスの動画内では、グループ名を決める際に「水槽と眺める人の構図が演者と観客の関係性に似ている」と話していたのが印象的でした。甲斐さんが演者としてオン/オフを感じる瞬間を教えてください。

甲斐:ファンの方と接する時のオン/オフはないです。割と素に近い自分を見せてるかも。ただライブでステージに上がって歌って踊る瞬間ってなるとオン/オフは結構あって。自分の描いている届けたいものを強くイメージする瞬間に「スイッチが入ってるな」って思います。

──なるほど。ちなみに甲斐さんのファンの方って、甲斐さんに似ていたりするのでしょうか?

甲斐:めちゃくちゃ似てます。笑 自分のファンの方って「静かに熱狂的」って意味で「サイレント・クレイジー」って呼ばれているんですよ。だから大人しい方が多いかな。でも、好きなことにはとことん夢中になる所は自分にそっくりです。欲を言うなら……もうちょっとだけ騒いでほしいなって思います。笑 自分の中で好きを大きくしていくのは変わらずに、サイレントじゃなくて周りにも広めてくれたらもっと嬉しいです!

──脱サイレントですね。笑 甲斐さんは過去に個展も開かれるほどイラストの分野も含めて多彩なイメージがありますが、クリエイティブな分野でのほかの表現方法とライブでの表現に感じる違いはあったりしますか?

甲斐:ライブって生モノじゃないですか。一瞬で過ぎ去っていくのに、その一瞬がキラキラしてる。それを共有できる「リアルだからこそ」の魅力はやっぱりライブにしかないものだと思っていて。自分の内側にある感情を剥き出しにして、一瞬に全部を詰めていく。自分が一番思っている「届けたい」と「残したい」を同時に表現できる場が自分にとってのライブです。

──ありがとうございます。反対にイラスト分野での表現についても少しお聞きしたいのですが、いつ頃から絵で表現することに興味を持ち始めたのでしょうか?

甲斐:物心ついた時から絵を描くことが好きで「将来はイラストレーターになるぞ!」って思っていました。笑 だから原点っていう意味ではイラストの方が先です。ただ、時を経て絵が音楽に変わる瞬間があって。単に演者として歌って踊るだけではなく、作詞作曲やDAWソフトを使って音楽を作って表現することもあって…気持ちとしてはイラストも音楽も、自分の内側を正直に表現していくという点では共通していますね。

──それこそソロ曲「ユメ」は甲斐さんが作詞/作編曲を手がけ、DAWソフトで制作した楽曲でしたよね?

甲斐:そうです! 「ユメ」は現実的な意味で叶えたい目標としての「夢」と睡眠の「夢」の中間に焦点を当てた楽曲で。元々何かと何かの中間を表現することが好きなんです。捉え難い曖昧さとか、間にあるからこその揺らぎや不安定さとか……。その点で、白と黒の中間の灰色が好きだったりします。

その灰色と同じっていうわけではないのですが、「ユメ」だって本当は日本語での表記があと2つあるはずですよね。漢字の「夢」、ひらがなの「ゆめ」。でも漢字だと固すぎるし、反対にひらがなだと柔らかすぎちゃう。だからその中間をとって、カタカナの「ユメ」をタイトルにしました。

──今振り返ってみて「ユメ」を作る前後で自身で感じている変化はありますか?

甲斐:1つの作品を自分の中から生み出せたことで、自信がつきました。周りの方から良い評価を頂けたことももちろんですが、それ以上に音楽を作ることがとにかく楽しくて。この「ユメ」の制作は、イラストよりも音楽への活動に比重を傾けたいと思った分岐点の1つです。ここで踏み出せたことは自分にとって大きなプラスになったかなと。

──ありがとうございます。それでは、甲斐さんにとって音楽のルーツとなったアーティストは?

甲斐:BiSHのアイナ・ジ・エンドさんです。自分の中でアイナさんは圧倒的な存在で…ネガティブな感情も抱えながらも全てぶつけてライブをしている所は特に憧れますね。

──そうだったんですね。甲斐さんといえばギター・ブランド、ZEMAITISのエンドーサーを務めていることもあり、プレイヤーとしてのイメージも強いのですが……。ギターとの出会いはいつ頃でした?

甲斐:ギターは中学生の頃に習い始めました! きっかけはアニメで……って、この話をすると「『けいおん!』でしょ」ってよく言われるんですけど、『涼宮ハルヒの憂鬱』がきっかけです。笑 中1から3年ほどやって、嫌になって辞めちゃって。でもRAYに加入して生誕祭をやるってなった時にふと「弾き語りをやりたいな」って思ったんです。で、久しぶりに弾いたらハマっちゃった。笑 だから長年触っていると言いつつ、実はちょっとブランクがあるんですよ。

──音楽もイラストもマルチに活躍される多才さに魅了されるファンの方も多いかと思います。そんな甲斐さんのお披露目ライブへの意気込みは?

甲斐:実は、RAYが終わったあとに心の居場所が分からなくなっちゃった時があって。今までRAYに向けていた気持ちをどうすればいいんだろう、って。そんな時に水クレの楽曲に出会って、居場所を感じました。だからどんな人にとっても、水クレを故郷だと思ってもらえるようなグループでありたい。水クレが自分の居場所であり、ファンの居場所でもありますように……そんな想いを込めたお披露目ライブを届けられればいいなって思います。

──最後に、RAYという1つの大きな区切りを終えた甲斐さんが水槽とクレマチスでこれから新しくやりたいことを教えてください。

甲斐:たくさんあるんですけどね。笑 すごく大きなこと、物語としてファンのみんなが楽しめることを考えています。詳細はまだ言えないのですが、旅と音楽が絡まり合う物語を一緒に歩んでいけたら嬉しいです! 水クレだからこそできることに、ファンの皆さんを巻き込んでどんどん挑戦していきたいと思っています。

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「自分のファンは『サイレント・クレイジー』って呼ばれているんです」と愛おしそうに笑う甲斐の話を聞きながら、その所以にとにかく頷き倒した。実際に彼女と対面で話をしてみて、その可憐で儚げ、どこか大人しそうな雰囲気とは対照的に「内に秘めた芯の強さ」を強く感じたからだ。自身がこだわりを持って決めた「脱退」という表現にもその片鱗は表れている。自分が心から愛する居場所で迎える卒業を追い求めて、甲斐のアイドルとしての物語はもう一度始まっていくのだろう。

思えばRAYのコンセプトは「異分野融合」と「圧倒的ソロ性」であったが、インタビューで語ってもらったように水槽とクレマチスはこの2つに共通する要素を持ち合わせている。そう考えると、この3年間で彼女がファンと一緒に見てきたもの、触れてきたものの全てが融合して新しい「甲斐莉乃」を作り上げているようにも思えた。終わりのための脱退ではなく、再起のためのスタートとして彼女が選んだ新しい道を心から応援したいと思う。

クレマチスの花言葉の1つに「旅人の喜び」が挙げられる。甲斐がこれまで大切に作り上げてきた水槽は、旅を通じてさらに美しく幻想的な世界に変化していくに違いない。甲斐の持ち前の表現力が織りなす水槽の中の光の屈折と、その光が導く景色をこれからも穏やかに眺めていきたい。

 

INFORMATION

第七弾『甲斐莉乃 ~楽曲発注~』

甲斐莉乃のcollection(クラウドファンディング)プロジェクト第七弾!
自身にとって‘‘シューゲイザー’’との出会いであるナカノイズの中野さんにオリジナル・ソロ楽曲を制作依頼。MV・衣装まで制作(予定)、‘‘立って歌う’’ためのcollection。

支援期間:〜12/31(土)23:59

詳細:https://collections.id/gakkyokuhattyuu/

すなくじら