【インタビュー】言いたいことを明確に抱き続ける──MACKA-CHIN『muon』が発する愛の言霊
MACKA-CHINは己の信念がブレないアーティストだ。話を聞いているだけでこちらの姿勢が正される。ニュー・アルバム『muon』から感じることができる優しくも美しい凛としたエネルギーは彼の性格によるものだと感じさせてくれる。
彼は、NITRO MICROPHONE UNDERGROUNDのブレインとして多くの人に知られているが、肩書きはラッパー/ミュージシャン/ビートメイカー/プロデューサー/映像クリエイター/DJなど幅広く、ジャンルに捉われない活動を続けている多彩なクリエイターとして名を馳せている。
彼はどんなジャンルの表現からも目を背けない1人のピュアで誠実な表現者であり、彼の内的な宇宙に迸っているのは一言で言えば「音楽への愛」だ。このインタビューからリアルに感じる、彼の音楽への慈愛に満ちた言葉は普遍性を持って、あらゆる人々が抱く「愛」の有り様を的確に描いているとも言えるだろう。まさに愛の伝道師。彼の言葉から世知辛い世の中で生きる術を感じてほしい。

取材/文=竹下力
写真/編集=星野
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あえて違うジャンルの表現でラップにアプローチをしようと
──ニュー・アルバム『muon』のリリースおめでとうございます。アンビエントな作風で静謐な感覚を覚えますが、テクノやハウスなど様々なジャンルがボーダレスに溶け込んだパンキッシュなヒップホップ・アルバムだと思いました。前作の『MARIRINCAFÉ BLUE』から6年経ちますが、今作の制作の経緯を教えて下さい。
ソロとしては前作から6年経ったんですけど、その間にもNITRO MICROPHONE UNDERGROUNDやZEN RYDAZといったグループで作品を発表していたので、休んでいた気はしませんでしたね。2022年は「寅年」で年男という縁起の良い年だったので、これまでになくペースを上げて、さらに畳み掛けて多くの作品をリリースしようと画策していた程で。笑 そこでP-VINEのA&Rのマッスンと話をして、2021年の初頭ぐらいかな? 「2022年の年末までにはアンビエントなインストのソロアルバムを出したい」と打診したのがきっかけです。

──コロナ禍の社会や個人の生活、政治などが起因して生まれたアルバムではなかったんですね。
そうですね。コロナ禍に突入するとむしろスタジオワークで忙しくなってしまったので、あまり関係なかったんですよね。笑 アーティストのプロデュースとか、TOKYO FM(『MURO PRESENTS KING OF DIGGIN’』)のパーソナリティやクリエイティブ・ディレクターの仕事もキャリア的に多くなって、忙しかったんですよ。
俺は基本的にオタク的なノリの延長で自分を表現するタイプで、スタジオも自宅に完備しているから、ひたすら籠って作業をすることは苦でなかったんですけどね。もちろん時代の影響は常に受けているから、今作の制作に取り掛かっていくと内向的になって…例えば「テキーラ」っていうタイトルの曲とか、明るいイメージの曲は作れないな、って思ったんですよ。笑 あとそれ以上に大きかったのは、俺にとって大切な子供が産まれたことで。子供を寝かしつけてからじゃないと楽曲作りができない状態だったので、そうなると必然的に静かな曲を作るようになったんです。
──時代の要請でないとすれば、何かコンセプトは決めていらっしゃったんですか。
ここ数年、漠然と『静かな月と夜』(2014)というアンビエントのインストアルバムの「パート2」を作ろうと考え続けていたんです。映画『ポリスアカデミー2/全員出動!』(1985)や映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー PART2』(1989)みたいな。俺はプリンスみたいにしっかりしたコンセプトを打ち出しながら、内容もジャンルも異なったアルバムをこれまで作り続けてたけど、明らかに「パート2」と言えるような作品をリリースしたことがなくて。そういう思いもあって『静かな月と夜』の続編に収録できるようなトラックを暇な時に作っていて。そこでマッスンと音源を共有して話し合いを続けていくうちに、チルでアンビエントな楽曲に俺のラップを乗せるっていう、狂ったアルバム・コンセプトを思いついたんです。笑
──笑。お話を伺っていると、意識的にラップ・アルバムから離れようとしたんですね。
俺が普通にラップ・アルバムを作ろうとすると、どうしてもヒップホップの方程式に則った曲を作る気がしてしまう。食べ物に「味の素」を付け加えて余計な味わいにするのではなく、特別なことをしなくても美味しいと思える、天然のピュアなアルバムに仕上げたかったというか…。笑 俺はヒップホップ愛が強い傾向にあるから、一周回ってあえて違うジャンルの表現を使ってラップにアプローチをしようと考えながら作業をしていったんです。それこそ仰ってくれたように、既存のラップ・アルバムの形態ではないと思うので、パンクなアルバムになったと言えるのかもしれないですね。
──アルバムの方向性が決まった具体的な曲はありますか?
今作は、プロデュースを含めて制作のほとんど全権を自分に任せてもらったんですが、定期的にマッスンへ作業経過の報告はし続けていて。作業を進めるうちに「ヨルノモリ」(M5)や「earthwind」(M3)といったアンビエント色が強くて、且つ自分でも満足のいくインストのデモがいくつかできたので、そこにラップを乗せて試行錯誤する内に今作の内容が固まっていきました。
──何曲か制作を並行させしながらアルバムが完成したんですね。
そうですね。今は配信の時代だし、先に1回シングルを出さないといけない状況だったので、あれこれと色んな曲を矢継ぎ早に作っている間にテンションが上がって…もっと変態的な曲で全員を悩ませてやろうと考えながら。笑 とはいえ、これまでストックとして持ってた曲もあるし、アルバム自体は1ヶ月半ぐらいで作れたんですよね。

DJ的な感覚を駆使してアルバムを構成していった
──今作のサウンドのトラックメイクで気を付けていたことはありますか?
音楽も料理と同じで、塩が足らないから塩を加えていくと味が濃くなって水で薄めてもダメになって、慌てて醤油を入れてしまうといった間違いをして訳が分からなくなっていく…みたいな、できあがったものを加工していけばいくほどおかしくなってしまう。なので、自分の曲を作る時はファースト・インプレッションを大切にしています。最初は曲のこの部分にスクラッチを入れようとか、フックに行くまでに四小節の間を空けた方がいいと思っていたのに、曲を聴いている内に違和感を覚えて、バースのあとにすぐにフックを入れてみようとする。そうすると途端に普通の曲になってしまうんですよ。だから気になる歌い回しが生まれれば、そこがリスナーの印象に残ると思ってわざと生かしておくんです。
──今作のサウンドは、個人的にこれまで以上に日本の伝統芸能の影響をにMACKA-CHINさんの作品から感じたんです。
デビュー・アルバムから三線や三味線の音を取り入れて、外国人のリスナーが聴いた時に、「日本のヒップホップは狂っている」と感じてもらいたかったんです。若い時から笙とか篳篥を使った雅楽も好きだし、ZEN RYDAZは「ワールドミュージック×クラブミュージック」を目指してるから、海外の宗教音楽や民族音楽にも影響を受けていて。例えば日本のアーティストでもKendrick LamarとかSZAとか、A$AP Rockyみたいなアメリカのヒップホップの影響を受けて研究していけば、元々レベル3の楽曲をレベル5に高めて仕上げることは日本人の気質的に得意だと思うけど、やっぱり自分は0を1にするというオリジナル性にこだわりたいんですよね。それが俺的にはやりがいがあるというか…意識として自分の中に取り入れていきたいと思うんです。
──そうやってできあがっていったアルバムですが、構成はどのように決めていきましたか?
自分の中には音楽ジャンルがいくつかあって、それに従って作った曲を1曲ずつ摘んで、DJ的な感覚を駆使してアルバムを構成していったかな。例えば「earthwind」(M3)はアフリカのウォーター・ドラムだけを使って歌い切りたい願望があったから、曲ができた時にアルバムに入れたいと思ったし、最近はスローなハウスが流行ってるから、BPM60〜120ぐらいの四つ打ちを作りたくて「つなぐ風」(M2)を2曲目に入れて全体のバランスを考えたり…エレクトロニカが好きで作った「マデイラ島」(M7)もアルバムに入れてみよう、みたいな感じですね。最終曲の「YUKIYAMA」(M9)はグランド・ビートで、俺が高校生の時にハマったジャンルなんだけど、今の高校生は知らないから逆にアルバムに入れておきたくて。そんな感じかな。
歌手やトラックメイカーやDJを平等に扱ってもらいたい
──今回は客演がないことも話題になっていますが、どのような意図があったのでしょうか。
前作は、俺のキャリア的にも若い子をどんどん取り入れて彼らに活躍してもらおうという気持ちで作ったので、自然と客演が多くなったんです。「音楽に年齢は関係ない」というテーマでアルバムを作りたかったんですよ。ただそうなると、全国ツアーをやるってなった時に、一度に10人ぐらいアーティストを連れていく状況になってしまって。新幹線の料金とか、色々考えて「無理だわ」ってなって。笑 じゃあ1人でやるかって。今作に関しては物を持たないというか、「荷物を軽くする」っていう、そんな裏テーマもありました。「風の時代突入!」みたいな。笑
──確かに「風」はこのアルバムの大切なテーマになっていますね。そして全曲でプロデュースをしています。この時代に、全てを1人でこなそうとするMACKA-CHINさんに誠実さを感じました。
そう仰っていただけると嬉しいですね。ただ、そういった考えは時代の影響というより、デビューする前から抱いていたんです。俺のアーティストとしての永遠のテーマといってもよくて。音楽業界の「あるある」なのかもしれないけど、誰かにトラックを作ってもらったり、歌詞を書いてもらっても、曲の名義って結局は歌った人のものになってしまうことに対して疑問を持っていて。俺としては日本だけでなく海外を含めて、歌手やトラックメイカーやDJを平等に扱ってもらいたいんです。そういう考えに至ると全てを自分1人でやるしかない。ただ、作曲をして歌を歌っていくと、たくさんの人たちとのセッションに楽しみを覚えていくようにもなって。優れたミュージシャンと作品を作れば必ず「1+1=2」になっていくのが魅力的なんですね。
──なるほど。
例えば『incompleteness theorem』(2013)は、プロデューサーのGRUNTERZにトラックを全て作ってもらい、俺がラップだけをするというコンセプト・アルバムで、作品をドロップした時には強い満足感を覚えましたからね。それでも基本的に自分でトラックを作り、歌詞を書き、歌を歌うというスタイルを貫かないと納得できないんですよね。自分で全てをこなせばリュックを背負うだけで全国を回ってプレイできますしね。ただ、自分名義で全てをこなしてしまうと結局「1+1=1」でしかないんだってジレンマを抱くこともあるんですけど。笑
それでも大切にしているのは、自分の本当に伝えたいメッセージがないと、音楽を作ることができないということですね。自分の表現したいテーマがなくなると俺は音楽を作れなくなるぐらい、音楽を通して自分を表現しています。結局の所、セッションする相手だって、自分の信念に従ったスタイルを相手にきちんと伝えて心を通い合わせてこそ見つかるんです。本音を言い合って初めて人と仲良くなれる人間関係の大切さは、誰もが経験する恋愛にも通じるだろうし、「俺はこういう風に思っている」と怖がらずに意見を伝える方が人と力強く結び付くと思う。ヒップホップを作っているから過激な考えという訳ではなくて、単純に自分の言いたいことを明確に心に抱き続けるというスタンスを大切にしているんです。

「ホシトソラ」は俺の愛しい人たちへのラブレター
──このアルバムは聴き手がどの曲を好きになっても構わないというオープンな感覚を覚えます。私の場合は特に「ホシトソラ」(M1)に感動したのですが、例えばこの曲はどのようにしてできあがったのでしょうか。
「ホシトソラ」(M1)は簡単にできたんですよ、30分ぐらいでサクッとね。笑 リリックは子供が寝ている横でiPhoneのメモ帳に打ち込んで書いてて。最初のバースに6年前に亡くなった親父のことを書いていくと、やがて親父が星になるという詩的なラインができて、大切な息子の名前にも「宙(ソラ)」という字が入っているので、完全にパーソナルで今っぽいエモい曲になりました。
やっぱり親父を見送って思うことがあって、自分の人生が一皮むけた気がしたんですよね。そこから子供が産まれて不意に思ったのは、息子は俺よりも長く生きるということだった。そこから〈時は経ち 人は旅立ち そして新しい命の価値〉というリリックに繋がっていって。国ごとのカルチャーの違いは置いておいて、〈Dear Mama〉といった家族への愛を歌ったり、〈R.I.P.〉的な追悼の曲は、あまりに私的過ぎて作ることができなかった。けれど、俺が親父の元を離れ、やがて親父が俺たちから離れ、そして俺の子供もいつか離れていくんだと感じると、ラブレターとして俺の想いを残しておきたいと思うようになりました。
──お話くださったことが腑に落ちるというか。私も他者の喪失を味わったことがあって、そこに親和性を抱いたんだと思います。
なんかね、皆言ってくれるんだよね。けど、この曲は俺と父親の超個人的な思い出がモチーフだし、例えば〈サシで出かけた 深夜のドライブ〉というラインは、反抗期の俺がサシで親父の運転する車に乗って深夜に横浜まで行ったり、六本木のライブハウスに連れて行ってもらった時のことを具体的に書いたんです。俺が親父や息子に向けた自分にしか聴かせない感覚で作ったから、皆が共感してくれて嬉しいし不思議だなあと。もし、俺が自分の感情とリスナーの心を共振させるつもりで書くのであればこんな風に曲を作らないし、もっと抽象的になっていくはずなんです。マッスンに曲を送った時に「この曲はMACKA-CHINとしてどうなんだろう?」って聞いたぐらいで。
──たった1曲にアーティストの色々な想いが垣間見えて非常に興味深いお話ですね。笑
あはは。この楽曲は自分でも愛しいほど狂ってると思うけど、未だによく分かってなくて、「良い曲だね」と皆さんが仰ってもらえることに感謝するだけです。本音を言わないと伝わらないってお話したけれど、そういう意味で、この曲は俺の「本音」なんでしょうね。100%の俺の想いが込められているからこそ、リスナーの皆が耳を傾けてくれたんでしょうね。リリックに〈音楽はセラピー〉と書いたけれど、本当に音楽は心を動かすんだなって思ったよね。

音楽が邪魔だと感じるマインド
──タイトルの『muon』にはどんな想いを込めたのでしょうか。
大抵のアーティストはアルバムのタイトルを初めに決めると制作に苦労すると思うけど、今作は珍しくタイトルが先行して決まったんですよ。俺の体験もあったからだと思うけど、まず、俺が近年ハマっていて尊敬する写真家の矢内絵奈さんのInstagramにDMを送って、アルバム制作に協力していただくことから始めたんです。ある日、矢内さんたちと打ち合わせをしている時かな? 矢内さんが「MACKAさん、雪に囲まれた世界にいると分かるけれど、雪は音を吸収して世界が無音になる。それが怖いんですよ」って言ってて。
それと、そもそも俺は夜中にDJをしてクラブで爆音を浴びまくって朝帰りみたいなことが多いんですけど、そういう時って、クラブで爆音浴びてるからか車の中で音楽を一切聴かないんですよ。20年ぐらい前は、ラジカセでミックスCDを回して海やキャンプ場でもパーティーみたいに盛り上がっていたのに、年齢を重ねていくと「音楽を止める時間が欲しい」っていう気持ちが芽生えるようになったんです。そこから、鳥の啼き声とか葉っぱの擦れる音とか、自然の音を楽しめるようになっていって。どうしてかは分からないけど、音楽をやっているのに、音楽が邪魔だと感じるマインドがここ10年ぐらいで生まれるようになったんですよね。そんな俺のマインドと矢内さんのお話がクロスオーバーして「今作は『muon』でいこう」となって、トラックが完成する前にタイトルが決まりました。

──アルファベットにしたことで複雑な意味合いも生まれていますね。
大切にしたのはビジュアルですね。小文字の字並びに美しさを感じたんですよ。漢字の「無音」にすると俺が今作に抱いている清潔感や透明感に合わない気がしてしまった。それから、俺にとっては外国のリスナーも大切なんで、例え意味が分からなくても、発音によって俺の伝えたいメッセージの雰囲気を感じ取ってもらえるんじゃないかと思ったのも小文字のアルファベットにした要因かな。
──それでは、今作ではどのようなライブをする予定ですか?
まだ具体的に決まってなくて、ここから詰めていこうかなって所ですね。笑 最近は、The Chemical BrothersやUnderworldみたいな、Ableton Liveからオーディオデータを走らせたライブセットが多くなって…例えばZEN RYDAZではそういったライブをしているんですよね。今回に関してはヴォーカルの処理もあるから、ZEN RYDAZのように自分で全ての機材を持ち込むライブになって、ワンマイクでワンDJは…やらないかな。ただ、俺は普段からDJをやってるので、その中でアルバムの曲を流してつまみをいじってダブワイズさせていくこともあるだろうし、プレイ中50分ぐらい俺の目の前で歌うのを待っている少年がいることもあるので笑、そういう時に歌ったりすることもあるかな。笑
──最後に、MACKA-CHINさんの音楽人生のこれからを教えてください。
自分の想いを誰かに100%伝えるには言葉しかないけど、言葉だけで表現すると想像力の羽を広げさせてくれる音楽が掻き消されてしまう。俺は皆が「春に聴きたい曲」とか「海で聴く音楽はどんな曲がいいだろう」と想像を紡いでいける行為を大事にしたい。だから今の俺は、メロディーがあるギター・ソロのように歌ってラップをして、ヴォーカルをなるべく楽器っぽく扱っているのかもしれない。だからこそインストの楽曲も自分ができる表現の1つだと確信しています。今作も9曲のうち2曲がインストだけど、歌やラップの曲と同じように楽しんでもらいたいな。次作はインストでビート・アルバムのような作品をリリースして、俺をここまで育ててくれたヒップホップに恩返しをしたいですね。

<2023年1月11日 都内某所にて>
RELEASE
MACKA-CHIN『muon』

リリース:2022/12/14
レーベル:P-VINE
トラックリスト:
01. ホシトソラ
02. つなぐ風
03. earthwind
04. NOTV
05. ヨルノモリ
06. 綺麗 (INST)
07. マデイラ島
08. アイガーの夕陽
09. YUKIYAMA
配信URL:https://p-vine.lnk.to/pMA0wm
竹下 力
