【インタビュー】元役者、髙柳将太率いる気鋭のクリエイト集団・GOJUが目指す「新たなエンターテイメントの形」

【インタビュー】元役者、髙柳将太率いる気鋭のクリエイト集団・GOJUが目指す「新たなエンターテイメントの形」

エンターテインメントには、オリジナリティが不可欠だ。日々大量に生まれ、そして消費されていく中で、1人でも多くのユーザーへリーチするためには独自性、またそれをさらに芯の太いものとして伸ばす革新性が何より重要ではないだろうか。

今回は東京世田谷区にスタジオを構える映像制作チーム・GOJUのCEO、髙柳将太氏へインタビューを敢行。10代の頃から役者の道を志すも「役者人生はあと5年」と宣告され、30歳という節目の年に<演じ手>から<作り手>へと転身した髙柳。そんな彼が挑む「全く新たなエンターテイメント事業」とは、一体何を示しているのか。そして、コロナ禍の中で制作されたオリジナルCM《Equal Answer》について、詳しく話を聞いた。

取材/文=翳目
写真=musit編集部

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木村拓哉のインタビュー記事を読んで「こんな世界があるんだ!」って

--髙柳さんがエンターテインメントの世界に興味を持ったのはいつ頃でしたか?

高校生の頃ですね。元々は名古屋のサッカー少年だったんですよ、僕。でもある日、監督とたまたま入った漫画喫茶で芸能雑誌を読んでいたら、木村拓哉さんが芝居について語るインタビューが載っていたんですね。それを読んで、役者がエンタメを作っていく過程の面白さを初めて知って、こんな世界があるんだ!って衝撃を受けて…。気付いたらその場で監督に「俺やっぱり、サッカーよりこっち(芸能)の道に進みます」って伝えてました。笑

--本能の赴くままですね。笑

当時は「サッカーと芸能だったら、絶対後者の世界の方が10年後楽しめそうだな」って確信があったんですよ。それからいくつかオーディションは受けていたんですけど、やっぱり東京に行かないと何も掴めないなと思って19歳の時に上京しました。

--上京後の暮らしはいかがでしたか?

もう本当に大変でしたね! だってお金もなければ芸能関係者と繋がれるようなコネもない、完全にゼロスタートだったから。エンターテインメントの入口に立つまでにとにかく時間がかかって…。何個かバイトを掛け持ちしながら生活するのがやっとでした。でもある日、劇団役者のバイト先の先輩が舞台に誘ってくれたんです。で、当日打ち上げの席にいたある演出家さんから「君、役者目指してるの?うちのワークショップ来なよ」って声を掛けてもらえて…。上京して半年後ぐらいの出来事だったかな。そこから僕の役者人生が始まりましたね。

「役者人生はあと5年」と言われて

--役者になってからの生活はどう変わりましたか?

ワークショップに通い出してからは、3ヶ月後の初舞台に向けて毎日稽古でした。基本的に稽古中心の生活だったので、初舞台が終わってからも生活費を稼ぐためにバイトして、ほとんど寝ないで生活してましたね。それが1、2年続いたあたりだったかな? 突然首にヘルニアができたんですよ。笑 でも東京にいるうちは手術費を貯められなかったから、一旦実家へ帰って警備員のバイトをしながら上京資金も貯めて。22歳の時に東京へまた戻ってきたんですよ。

--そこからどうやって役者の道を極めていったのでしょう?

役者を再開してしばらく経った頃、とある芸能事務所の社長さんに出会ったんです。その人に「うちへ来ないか」とお話をいただいて、元いた劇団から芸能事務所へ移籍しました。移籍後は役者として根を張る為に、どんな仕事でも自分に来る案件は全部引き受けていて。でも25歳の頃にガタが来ちゃったんでしょうね、今度は一気に3つも首にヘルニアができてしまって。さすがに焦って病院へ行ったら、担当医に「役者人生はあと5年が限界」と言われてしまって…。そこからは役者の道を突き詰めるのではなく、作り手の方へシフトするために準備を進めていきました。

自分の得意なジャンルでスキルを高めながら、他の人の人生にも参加する

--20代の頃に役者としてのいろはを学んだ分、作り手としても活かされている部分は多いのではないでしょうか。

そうですね。役者時代に泥水を啜ってきた分、活かされている部分は大きいと思いますよ。(役者人生のタイムリミットである)30歳の時に、役者としての自分の集大成となる作品を残そうと思って《髙柳人》っていう1人舞台をやったんです。その日の舞台の帰り道に「これからは総合エンタメ事業をやろう」と決めました。そこから4年もかかってしまったんですけど、ようやく始まった感じですね。笑

--髙柳さんの作ったGOJUは、どんなメンバーが集まった制作チームですか?

GOJUは純粋にエンターテインメントが好きな人を集めています。「郷に入っては郷に従え」じゃないですけど、どこかの組織に属したらその場のルールに則るのが一般的じゃないですか?でもうちではそれぞれが自分の人生で身につけたスキルを《エンターテインメント》として昇華してもらうことを前提にしていて。音楽を好きな人が作曲家になるのと同じように、個人の持つスキルを積極的に伸ばしていきたいなと。GOJUを皆の個性が活かせるような場所にして、今までに見たことのないような作品を世に送り出せるチームにしたいと思っています。

--GOJUという名前に込められた思いを聞かせてください。

自分の得意なジャンルでスキルを高めながら、他の人の人生にも参加する。どちらか一方に偏るのではなく、等しくバランスを保ちながら各々がやるべき仕事に従事してほしい、という思いを込めてGOJUと名付けました。少なくとも偏りがなければ楽しく充実した人生を送れるはずだし、メンバー全員がその意識を持っていることで自然と良いチームになるんじゃないかな、と思うので。

作業風景

生きることと死ぬことのグラデーションの中で、何とか生きることを選択してほしい

--今回発表されたオリジナルCM《Equal Answer》は、どのような構想から生まれたのでしょうか?

《Equal Answer》はちょうどコロナ禍で緊急事態宣言が出た頃に考え始めていました。その頃「Stay Home」って言葉がひっきりなしに謳われていたと思うんですけど、僕はその言葉が何となくどこかで引っ掛かってたんですよね。このまま家に篭もらなくてはいけない状況が続いたら「生きていても仕方がない」と考える人たちが出てきて、自殺数が莫大に増加するんじゃないかって…。だから、この作品で最も強く伝えたいメッセージは、生きることと死ぬことのグラデーションの中で何とか生きることを選択して欲しい、ということ。《Equal Answer》というタイトルについても、日々情報が交錯して大量の計算式が生まれる中で<イコール>の後は自分で正しいと思える答えを見つけて、どうにか生き抜いてほしいという意味が込められています。

--ありがとうございます。それでは、今後のGOJU、そして髙柳さん自身の目標を教えてください。

僕自身の目標は、木村拓哉さんに自分の作品に出演してもらい、これまで彼が出演したものの中で一番カッコいい作品を作ることです。笑 映像に関しては、観る人の五感まで届く、思い出の賞味期限が長くなるような作品…、それも忖度やしがらみのない、あくまで作品ファーストのものを作りたいなと。それを叶えるのが僕自身の宿命だとも思っているので。今後も映像に留まらずあらゆる形で制作を続けて、GOJUをエンターテインメントの発信源にしていきたいですね。

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《Equal Answer》

 

GOJU

◯Twitter:@GOJU_TOKYO
◯Instagram:@goju.tokyo

musit編集部