【インタビュー】楽器×テクノロジー、驚異のメンテナンスマシン「PLEK」──SleekElite・広瀬氏が語る魅力
ギターやベースなどの弦楽器をプレイする諸君、お使いの楽器をしっかりと調整しているだろうか。
物好きな中級者以上の方であれば、ちょっとばかし弦の高さを変えたり、フレットを磨くぐらいはするかもしれない。しかし、ネック反りの調整やフレットの摩耗によるビビり解消となると、素人には些かハードルが高い。
そこで、近くの楽器店やリペアショップに持ち込む。明らか楽器に詳しそうなリペアマンに、愛機の不具合をことごとく指摘され、半泣きになりながら調整をお願いする。しばらくして仕上がったギターを受け取ると、弦高を無駄に高くされて「何だこれ!」と、結局家でまた自分で調整し直したり…。
もちろんそのようなリペアマンたちも、悪気があってのことではないというのは分かっているし、ギターの状態が殊更ひどくなった訳ではないのだが、何となく釈然としないところがある。そのため筆者も、「お気に入りの高価なギターはリペアショップに持ち込まない」という本末転倒な楽器人生を過ごしていた──。
取材/文/写真=musit編集部
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驚異のメンテナンスマシン「PLEK」との邂逅
そんな中「PLEK(プレック)」の存在を知った。最近ちらほらと国内の工房やメーカーが導入したという話も耳にするようになったので、楽器をそれなりに続けている方ならば、名前を聞いたことぐらいはあるかもしれない。
調べてみるとPLEKとは、ギター・ベースなどの弦楽器をスキャンし、ネックの状態やフレットの状態、弦高などプレイアビリティに関するあらゆるものを数値化、さらにフレットの擦り合わせやナットの制作まで行える、まさに夢のマシンであるとのこと。
そしてこれらの数値をデータとして保管することで、楽器の状態が変化した時や、別の楽器を同じようなセッティングにしたいときに、上記のデータに合わせた調整が可能となる。こういった技術はこれまで、リペアマンたちがそれぞれの経験から得た知識がベースとなっており、得手不得手、またその良し悪しも職人によってバラつきがあった。が、そこに疑問を持ったドイツ人ギタリストがどうにかできないかとPLEKを開発した、という経緯らしい。
楽器愛に溢れるmusit取材班一同は、実際に班員のギターをPLEKで処理してもらい、その効果をレポートするべく、日本国内におけるPLEKの先駆者である、東京杉並区の楽器修理専門店・SleekEliteへと向かった。

この日持ち込んだギター:
PRS Singlecut Trem 20th Anniversary 10top
筆者も事前に弾かせてもらったが、とても良いギターである。アンプに繋ぐとフロントの甘いトーンは最高。リアも適度に出力があり、使い勝手が良い印象だ。ネックを適当に見て、持ち主に「少し逆反り気味か?」などと薄っぺらい知識を振りかざす筆者。
住宅街の一角にあるSleekEliteにお邪魔すると、所狭しと並べられた調整待ちの楽器の中にPLEKが2台、存在感を放っている。大きさは冷蔵庫くらいだろうか。全面ガラス張りのそれは、一昔前の電話ボックスのようにも見える。
早速、持ち込んだギターをスキャンしていただくことにした。
一同大歓喜!人智を超えた《PLEK》のデータ解析
PLEKの前面扉を開けると、楽器を掛けられるようになっている。普段使っている弦のゲージやチューニングなどを伝え、そこで改めてしっかりとチューニングをし、扉を閉める。扉が閉まると、向かって奥側に測定器があるためギターが奥の方を向く形となり、前面からは少々見えにくくなる。
先程伝えた弦のゲージやチューニング、持ち主の名前やギターの機種の情報などを画面から登録して、スキャン開始。
「初めての方には、まずご説明差し上げるのですが…」
ギターのスキャンが始まると、SleekElite代表の広瀬氏がこう切り出した。
「ネックの状態というのは、基本的に順反りである方が良いんです。」
<ネックは真っすぐが良い>と思い込んでいた取材班一同は、ここで驚きを隠せない。深い所までお教えいただき、まさに目からウロコの一同だったが、全てを掲載するとかなりのボリュームになってしまうので、本記事では要点を絞ってお伝えしたい。
弦を弾くと、ちょうど中間の12フレットを頂点とした弦振動が始まる。
その弧に沿うようにネックがカーブしていれば、全てのポジションで押さえる距離が均等になるため、弾く力を均等にかけられる。その結果、全体的に音量のバランスがとれて響きが良くなる(図1)。
・図1


弦振動の振れ幅は、スケール、弦のゲージ、チューニング、弾く強さによって変化する。
順反りをキープしていれば、多少ネックの状態変化があっても、弦振動の振れ幅の変化を吸収できる。また、順反りの程度が変化すれば、ナットからブリッジの長さも微妙に変わるため、弦の振れ幅もある程度は反り方に合う動きとなる(図2)。しかし、ネックの状態が真っ直ぐになっていると、逆反り側に動いてしまう可能性がある。その場合、全ての前提が崩れてしまい、途端に響きは悪くなる。
・図2

上記のようなことを広瀬氏にご説明いただいているうちに、ギターのスキャンが終わり(開始から10分かからないくらいだろうか)、モニターにデータが表示される。

各弦のフレットごとに、問題のある箇所が黄色く表示される。ここから、本人のプレイスタイルや好みに合わせて問題点を解消していくための調整作業へ入る。
まずはネックの調整や弦高の調整。これに関してもPLEKが活躍する。先程のデータを元に、弦高を変えた場合のシミュレートなどもできるのだ。弦高を上げた場合の予測値を見せていただいたが、面白いのは、ビリつきが出ている弦がある場合、高さを上げて必ずしも良くなるとは限らないようだ。かえって、弦を上げることで問題点が増えるというシミュレート結果が出ることもあるらしい。
極力本人の好みから逸脱しない範囲で、問題点を解消するようにセッティングしていく。
基本的な調整のみでセッティングが完了する場合もあるが、場合によっては調整作業の段階で限界が来てしまうこともある。また、一部分に特化した調整をすると、別の箇所に問題が出てくるなど、トレードオフな状況になってしまうことも。
最終的に何かしらの問題が残ってしまった場合は、持ち主の希望や予算に合わせ、フレットの擦り合わせやリフレットも視野に入れながら相談のうえ、方向性を決める。もちろん問題がないに越したことはないが、ほぼ使わないポジションがある場合、現時点ではすぐに解消しなくともいい、という判断もあるだろう。そういった検討もPLEKのデータを参考にできるので、プレイヤー側としても大いに納得のいく選択ができる。
調整をしながら、ある程度のところで再度スキャンをかける。当初のデータと見比べながら、問題を解消していく様を視覚的に実感できるのが嬉しい。基本調整だとこんなところだろう、というところで一旦持ち主にギターが渡り、調整の確認で爪弾くと……。
「おお〜!!!」
取材班の歓声が上がった。
弾いている本人はもとより、周りにいる我々が聴いても明らかに響きが違う。当初よりも少々弦高を上げたのだが「前より弾きやすくなっています!」と本人の弁。
今回の取材では、基本調整だけで全ての問題を解消することはできなかった。しかし、改めて後日フレットの擦り合わせをお願いしたい!となった場合でも、PLEKにスキャンしたデータが残っているので、それを元に後からでも対応できますよ、とのこと。やはりデータの時代である。

導入に必要なのは、リペアマンとしての経験
最後にPLEKの国内先駆者である、SleekElite・広瀬氏へいくつか話を伺った。
──PLEKを導入したきっかけを教えてください。
元々は代理店業務に活かしたいと思ったところからなんですよね(SleekEliteは海外メーカーの輸入代理店事業も展開している)。ベストな調整で出荷されたものでも、どうしても輸送の段階で状態が変わってしまうことがあるんですよ。木材という性質上、どうなるか分からない所もあり、そのチェックに使うために導入しました。やはり、お店に並んでいる楽器は良い状態で手にしていただきたいと思っているので。気に入らない原因が調整の問題だったら寂しいですから。
また、日本という気候での楽器の状態を把握し、代理店として海外のメーカーにフィードバックをしているのですが、その際もPLEKのデータが役に立ちます。自然と数字や物理の話になるので、お互いフラットに話ができるのが良いですね。あとは、Suhr(1997年設立のハイエンドギターメーカー)が導入したというのも大きかった! ジョン・サーはギタービルダー界隈ではやっぱり広く知られた人物ですし、彼は業界の立ち位置的にいつも正しいことをやってる感覚があったので。以前から、Suhrは「面白いネックの作り方をしている」という話がギタービルダーの中では話題になっていたんです。それで、詳しく調べてみたらPLEKを使っているということだったのでうちも導入してみよう、という感じでしたね。
──そこから実際にPLEKを導入するまでは、どのような経緯でしたか?
NAMM Show(毎年アメリカで開催されている、世界最大の楽器ショー)にPLEKが出展されていて知っていたので、そこから担当にコンタクトをとって購入しました。普通、このような機械を導入する場合はいわゆる投資ですから、どのくらいの期間でコストを回収して…と具体的な試算を出すのがスタンダードなやり方なのでしょうが…。うちはその辺りについてはあまり深く考えず、思い切って買ってしまいました。笑
──これだけの機械ですからお安くはないですよね…?
レートにもよりますが、1,000万円くらいですかね。今うちには2台ありますけど、うちくらいの規模のところでも2台は持てていますから。十分コストに見合ったものだと思いますよ。
──ちなみにPLEKの管理はどうなっているんでしょう?
代理店という形で販売をしているわけではないのですが、日本国内におけるサポートは行っていて、ネットワークを通じて国内で稼働しているPLEKを管理できるようになってます。名古屋や仙台で稼働しているPLEKをここから動かすことも可能なんですよ! もし不具合やエラーがあっても遠隔操作で修復できます。どこかでエラーが起こったとしても、直接現地に足を運ぶということは基本的にはないんです。ハード面でも、1台目を導入してから10年以上が経っていてますが、大きなトラブルはありません。1度自分で壊しちゃったことはありますが。笑 これは使い方の問題なので、ナットカッターなどの消耗品をドイツから取り寄せたりするくらいですね。本当よくできていると思います。
──例えばこれからPLEKを購入すると決めた場合、具体的にどういう流れになるのですか?
PLEKを注文すると、この機械が木箱に入って丸々ドイツから届きます。それを開梱して設置するわけですが、国内であれば私が現地に出向いて、使い方のレクチャーを2日くらいかけて行っています。大体1日半くらいでレクチャー自体は終わるので、その後は遠隔操作を介して一緒にやってみたりとか。あとは「習うより慣れろ」という感じでとにかく使ってみることですね。NCルーターであればCAD/CAMの知識が必要になってきますけど、PLEKに関しては細かい知識がなくても使えますから。むしろ重要なのは、リペアマンとしての経験ですかね。経験のある方であればすんなり使えると思います。あとは上がってきたデータをどう読み取るかというところに慣れていけば、というところですかね。
──PLEKを導入し、実際に使ってみた感想は?
よくこんなもの作ったなあ、と。笑 楽器って以前は「感覚的なもの」だという考えがあって。「上手い人が調整するとなんで良くなるんだろうな」という疑問があったんですけど、PLEKを導入してからは、その分かっていなかった原理や原則の部分を数値で見せてくれるので、とても良い勉強になりましたね。これまで人がやっていたことを機械にやらせる、と言うとあまり良いイメージではないですが、実際に使ってみると、PLEKはビルダーやリペアマンとしての立ち位置の同一線上にあるなと思いました。
※筆者注:弦振動やネックやフレットの状態というのは、あくまで物理法則や客観的事実でしかなく、これは何がどうなろうと変わるものではない。そこを機械が正確に弾き出し、可視化する。このデータを参考に、弾き手の弾き心地やサウンドの好みを加味した上で実際の調整作業に落とし込むのは、人間であるリペアマンだ。さらにプレイヤーの意思を汲み取り、調整の方向性を提案する必要もある。PLEKは、これまで使用してきた弦高を測るスケールなどのリペアツールと同様、道具の1つと捉えていいかもしれない。ただし、恐ろしく高性能ではあるが。
──これまでもいくつか挙げていただきましたが、ほかにPLEK導入のメリットはありますか?
正確に測定されるので誤魔化しが利かない。笑 きっちり採点されているようなものなので、リペアマンとしての腕も上がりますね。

あと、《PLEK》のコミュニティの中で著名なリペアマンやビルダーたちと繋がりが持てたこと。そういう方々のデータを共有すれば、調整のアドバイスをくれることもあるんです。それ以外にも、フレットの打ち方などもその延長で教えてくれたりとか。ドイツ本国の《PLEK》社内にも工房を持っているビルダーがいるので、色々な情報が手に入るのは大きいですね。また、互いの同意があれば《PLEK》の使用者同士でデータのやり取りができるので、外で調整したデータを参考に同じセッティングを再現する、ということも可能になります。
──それは便利ですね!反対に、デメリットや懸念点はありますか?
全くないです!ただ、調整が楽になって作業時間が早くなると思っていたのですが、細かいところまで見えてしまうので、かえって時間がかかるようになってしまいましたね。笑
──こだわりが強くなっていくばかりですね。笑 国内において、PLEK導入の先駆けであるSleekEliteならではの強みとは何でしょうか。
やっぱり導入が早かった分、多くのギターのデータを得ることができたので、メーカーごとの作りの特徴などを把握した上で実際の調整に活かせている点だと思います。また、調整のゴールへの最短ルートが分かるので、必要以上に手を入れないという点はお客様側のメリットにもなると思います。工程が増えると工賃もかかりますし、フレットの擦り合わせとなると、余計に削ってしまった分は戻らないですから。
──SleekEliteの今後の目標を教えてください。
代理店としては、やはりちゃんとした状態の楽器を引き続き国内のユーザー様にお届けしていく、という使命感をもって今後も運営していきたいですね。代理店をやっている身としてこういうことをいうのはアレですが、世界的には代理店のような中間業者というのは不要になってきている流れはあると思います。しかし、その中でただ適当に小売店に卸すというだけではなく、PLEKなどを利用しちゃんと状態も把握した<素性の分かる>楽器を提供する。そうしていけばユーザーさん側も、自分の持っている楽器との向き合い方が変わってくると思うんです。また、リペアショップとしての目標で言えば、ネック/フレット周りの調整に関しては国内1を目指したいと思っていますね。
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インタビューを終えた後も「面白いデータがありますよ!」と、マイケル・スティーブンス(Fenderカスタムショップ設立時の初代マスタービルダー)やジョン・イングリッシュ(元Fenderマスタービルダー)がセットアップしたギターのデータを見せていただいた。PLEKの画面を見てみると、弦の弧とネックのカーブがピッタリ合っている。これらはPLEKが存在する以前に作られた個体だが、語り継がれるビルダーというのは科学的に見てもそれなりの理由があるということが一目で分かった。
またこのPLEK、ネットワークで繋がっているので、機能のアップデートも順次行われているそう。既存のハードウェアのまま、ソフトウェア側の制御で色々とできることが増えていくようだ。少し前だとマルチスケールのファンフレットの擦り合わせも可能になるなど、今後の進化にも期待が膨らむ。
ほかにも過去に調整した難しい個体のデータを見せていただいたり、調整に関する逸話なども聞き、取材班一同充実した時間を過ごすことができた。
帰り道、家にある何本かのギターを頭に浮かべてみた。しばらく調整のできていない個体がある。
そう遠くないうち、そいつを抱えてまたこの道を歩こう。そう思った。
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Sleek Elite

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musit編集部




