ロンドンでBig Thiefを観た──Big Thief at O2 Shepherd’s Bush Empire

ロンドンでBig Thiefを観た──Big Thief at O2 Shepherd’s Bush Empire

3月5日、USインディー・フォーク・バンド、Big Thiefのロンドン公演に行ってきた。この日は1月末から始まった、Big Thiefのヨーロッパ・ツアー最終日。何しろロンドンでライブを観るのは2年振りなので、3日前ぐらいからずっとソワソワしていた。ちなみに2年前は今年の《SUMMER SONIC》に出演予定の、The Libertinesのフロントマン、カール・バラーとピート・ドハーティの弾き語り(銀杏BOYZの峯田和伸が前座を務めていた)。果たしてこの夏、ピートが日本に入国できるのは謎だが…。

当日は開場の15分前くらいに到着した。チケットはソールドアウト。看板に書かれた「Big Thief」の文字を見て、小さなうめき声が出た。「マジで来てしまった…マジでBig Thiefを観られるのか…」と、素っ頓狂なことを考えていた。既にちらほらとフロアスタンディング、2階/3階のシート席に分かれて待機列が出来上がっている。年齢層も、10代もいれば60代ぐらいの人もいる。客層幅広いぜ、Big Thief。

予定時刻の19:00から5分遅れて開場。自分の前に並んでいたお姉さん2人組が、顔を見合わせて「マジで…? 嘘でしょ…?」みたいな会話をしながら列を抜けた。チケットの日付を間違えていたみたいだ。なんせこのロンドン公演は3daysだったから仕方ない。2人とも口が開きっ放しでポカーンとしていた。そりゃそうなるよな…。

自分も高校生の時になけなしの小遣いで購入した、モーモールルギャバンのチケットの日付を間違えていた時は膝から崩れ落ちた。翌日と思い込んでいたライブ(1週間前)のレポートをTwitterで見つけて、何が起きてるのか分からなくなったのを覚えている。思い出すだけで辛い……。

閑話休題、今回の会場はロンドン西部、中心地から大体20〜30分の場所にあるシェパーズ・ブッシュ(Shepherd’s Bush)にある、『O2 Shepherd’s Bush Empire』というライブホール。なんと1903年に建てられた築119年の建物で、あの喜劇王で有名なチャップリンも、キャリア初期にはここで演劇をしていたらしい。内装もよく知っている日本のライブホールとは相異なる。豪華絢爛な内装の作りといい、まるで映画の中に出てくるセットのようだ。天井付近には胸像まで飾られている。自分の祖父母さえまだ生まれてない時からこの会場があるのかと思い、単純に「イギリスってスゲ〜」と感心する。キャパシティは2000人。今回はチケットを取るのが遅かったので3階席だったけど、特に決まった座席がある訳でもなく早く来た人順なので、一番前を確保した。3階席なだけあって、高低差が結構怖い。ドリンクバーでビールを買っていたら売り子の兄ちゃんに、「めっちゃ楽しみでしょ、分かるわ〜」と言われ「分かるわ〜」と返した。やっぱりライブ会場で飲む酒は美味い。

19時半頃、謎のお兄さんが紹介され実験音楽のような前座が始まる。これがまたかなり極端で、ノイズと自然音が混ざったような音楽が約40分流れ続けていた。リズムもなく、ひたすらにノイズなので正直あまり興味が持てず「これはBig Thiefのファンにウケてるのか…?」と疑問に思っていた(後日、「Big Thiefの前座が40分のキツいノイズセットをやってるせいで観客が困惑してるんだが」というツイートも見かけたので、おそらくウケていなかったのだろうと思う)。

21時を少し過ぎてBig Thief開演。アメリカのオバマ前大統領もフェイバリットに挙げていた「Not」でライブがスタート。もうこの時点で「ヤバい…ヤバいよ…」って頭抱えるオタクになっていた。エイドリアン・レンカー(Vo. Gt.)の歌声も立ち振る舞いも、3階席にいる自分でさえ強く惹きつけられる程のプレッシャーを放っていて、思わず笑ってしまったのを覚えている。約2時間、新旧均等に織り交ぜたセットリスト。アンコールを受けて再度登場した彼らのラストナンバーは、今年2月に発売されたアルバム『Dragon New Warm Mountain I Believe in You』から1曲目に収録されている「Change」。アンコールに沸いていた観客は、スッと静まって聴き入っていた。夢から醒めていくようであり、そよ風が吹いているかのようで、観客の熱をそっと冷ましていくように思えた。あっという間に閉演、22時45分過ぎ。

新譜の中でもとびきりチャーミングな「Spud Infinity」で流れる、ストリングスみたいな音がバック・ミーク(Gt. Cho.)のギターから出ていてちょっと面白かった。それ、そこから出してたんかい。

正直、今回の新譜に関してはあまりハマり切れていなかったので、楽しめるか少し不安だった。が、そんなことは全くの杞憂に終わった。きっとアレンジの方向性も曲の終わり方もバンド内で全く決まってないのだろう。ドラムのジェームズ・クリフチェニアに至っては気分で叩いているようにも見える。それにも関わらず、綺麗にまとまってしまうのが不思議だった。今回の新譜を初めて聴いた時、余計なものを削ぎ落とした概念的なストイックさを感じていたのだが、そこから一変してライブはとても柔らかな雰囲気を醸していた。砂漠の中のオアシスのような感覚。音源から感じていたのは「ストイックさから来る砂漠」側だったのに。ライブを観終わってから改めて新譜を聴き直していると、白黒だった音源に色が付いたように感じる。Big Thiefというバンドの表現力や力強さを観た。「スゲ〜…」と自然に口から出ていた。

結局、アルバムに収録された20曲の中でも特に生で聴けるのを楽しみにしてた「Little things」は聴けていない(3日間のロンドン公演で1回しかやらなかった)。新譜のジャケ写の熊がなぜあんなにいいケツなのかも分からないまま。だけど大満足な夜だった。僕は単純なので、純粋にBig Thiefがより好きになった。またロンドンに来てくれないかな。今度は野外の会場がいいな(6月の《Glastonbury Festival》にも来るけど、アレはチケット入手が不可能に近い)。

あの夜の会場の雰囲気は、確かに混じり気のない純粋な愛のようだったと思う。全身全霊で感じることができる、それはバンドのグルーヴとかで表現できるものではなくて、人間としての繋がりを強く感じるライブだ。隣の席で静かにつま先でリズムを取るロカビリーチックなおじさんも、2人でハグしながら歓声を上げているお姉さんたちも、食い入るように身を乗り出して観ていた男の子も、それぞれがそれぞれの楽しみ方で過ごしている姿を見て、それだけでも少し泣けてしまった。日本でもこの光景を見られる日が待ち遠しい。

最後に。この日のBig Thiefのステージのベース・アンプには‘‘THE WORLD WANTS PEACE’’というメッセージが書かれた、手作りのウクライナ国旗が掛けてあった。開演前の照明も青と黄色のウクライナカラー。いずれ季節が春に変わるように、早くウクライナに平和が訪れることを祈っている。

‘‘Would you live forever, never die
While everything around passes?
Would you smile forever, never cry?
(永遠に死なずに生きられるか
周りはすべて過ぎ去っているのに?
永遠に微笑んで、決して泣かないの?)’’
──「Change」

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Dragon New Warm Mountain I Believe in You

Kaede Hayashi