「一週間後に世界が終わるとしたら、君は何をする?」──HONNE at O2 Academy Brixton

「一週間後に世界が終わるとしたら、君は何をする?」──HONNE at O2 Academy Brixton

考えると稀有な時代を生きているように感じる。対処法のない未知のウイルスに怯え、誰とも会わず家に籠もることが推奨された時代、それはまるで映画の世界のようだったし、日毎増える感染者や人のいない街の映像を見る度に、今まで経験したことのない終末感をうっすらと感じていたコロナ禍の2年間。

友人、家族、恋人に会えず、1人で過ごす時間が増え、今まで以上に音楽を身近に感じるようになったのは、リスナーはもちろん、アーティストにおいても同じ状況だったことだろう。

UKエレクトロポップ・デュオのHONNEは昨年、3rdアルバムとなる『Let’s Just Say The World Ended A Week From Now, What Would You Do?』(もし世界があと一週間で終わるなら、君は何をする?)をリリースした。タイトルからコロナウイルスによるパンデミックを意識したものかと思いきや、元々はそうではなかったらしい。HONNEのヴォーカル兼プロデューサーを務めるアンディは「2020年の始めにたまたま仮定として書き出したアイデアが、その2ヶ月後には全く意味が変わっていた」と新譜のインタビューで答えている。もし世界が終わってしまうなら、その時僕たちは何をするんだろうか。musitロンドン支部から送るライブレポート第4弾。

今回のツアーのチケットを買ったのは、イギリスに来てから1ヶ月が経つか経たないかの3月上旬だった。今でもその日のことを鮮明に覚えているのは、まだ慣れない生活の中で朝から人間関係につまずき、かなり落ち込んでいたからだ。たまたまシャッフル再生で流れてきたHONNEを聴いて、自然と救いを求めるような気持ちで1ヶ月以上も先のチケットを買っていた。季節が春に変わって迎えた4月28日、僕はサウスロンドンのブリクストン(Brixton)に向かった。

ロンドンの中心地から地下鉄で約25分。ブリクストンはカリブ系移民の子孫が多く住むロンドンの下町だ。あの世界的ロックスター、デヴィッド・ボウイの生まれ故郷でもある。ほんの十数年前まではギャングにドラッグ、銃犯罪とかなり治安が悪い街だったようだが、今ではロンドン中のパブやスーパーで見かけるクラフトビールの醸造場、Brixton Breweryやアートギャラリーができたり、様々なスタートアップのカフェやショップが出店するなど、近年では新たなカルチャーの発信地として注目を集めている街だ。

そんな街にある今回の会場は『O2 Academy Brixton』、非アリーナ会場の中ではロンドン最大規模の約5000人のキャパシティを誇る大型ヴェニューだ。1929年に映画館兼劇場としてオープンし、その後はディスコ、備品倉庫と変遷を経て、今のコンサートホールになった。映画館だったことの名残なのか、軽く傾斜が付いていてステージが見やすい。あと数年もすれば築100年を迎えるわけだ、そんな建物が時を超えて今でもコンサートホールとして使用されていると考えると、新旧が混ざり合うロンドンという街に相変わらずロマンを感じてしまう。

ドームのような玄関口も含めた外観にも言えることだけど、室内とは思えないミュージカルのセットのようなステージデザインも面白かった。これがコンサートホールというのだから、やっぱり日本との違いをひたひたと感じる。諸説あるがベネチアのリアルト橋をモチーフにしたらしい。過去にはリングが設営され、プロレスイベントも開催されたことを知って笑ってしまった。何でもありじゃないか。

21時15分過ぎ、明かりが消えて会場が暗くなると歓声が上がった。一斉に彼らの姿を捉えようとスマートフォンが掲げられる。ステージに出てきたHONNEの2人が青白いスポットライトに照らされると、ライブは新譜のオープニング・トラック「IDGAF ABOUT PAIN」でスタート。一曲目にして「いや…もう完璧じゃんか…」とため息が出てしまった。感慨に耽ける間もなく、雪崩れ込むように「Me & You」「free love」とライブは続き、「HONNE」の文字がステージ背景に写し出されると、早々に「ヤバい」しか言葉が出てこなくなってしまった。

新旧計4枚のアルバムが入り混じったバランスの良いセトリでライブは進行していく。それこそツアーの前にはHONNE自らが演奏してほしい曲をTwitterで募集していたように、コロナ禍を通して約2年振りのライブツアーを待ち遠しく思っていたのは、ファンである僕たちだけではなかったみたいだ。リリースツアーとはいえ、今のHONNEの全てを出し切りたい、という気持ちがジリジリと伝わってくる。

https://twitter.com/_mam_e/status/1519830344865918978?s=20&t=kwkDewK_bw6iknyRmFB1lA

中盤で演奏された「Good Together」ではその一体感に胸が熱くなった。イギリスではコロナウイルスによる規制がなくなり、すっかりパンデミック以前の世界に戻ったわけだが、フロアから起こる合唱を目の当たりにする度に、コロナ禍の2年間でライブ会場に溢れるエネルギッシュなパワーの存在を忘れてしまっていたことに気づく。それは演奏中には静かに聴き入ったりするなど、海外とはライブ文化が違う日本にも等しく存在していたものだった。

後半ではイギリス最大級の音楽の祭典『Brit Awards』で昨年「Rising Star Award」を受賞したGriffがゲストとして登場し「BACK ON TOP」を披露したりと会場の盛り上がりをそのままに、デビュー・アルバムから名曲「Warm on a Cold Night」で本編を締めた。

「One more song!」、アンコールが会場から鳴り止まない。少し間を置いて再びステージに上がった彼らが選んだのは、シンプルな愛と友情を詰め込んだミックス・テープ『NO SONG WITHOUT YOU』の表題曲でもある「no song with out you」と、今ではHONNEの代表曲とも言える、2ndアルバム『 Love Me / Love Me Not』収録の「Day 1」だった。

「no song with out you」では「君なしじゃ何もできないよ」と歌い、「Day 1」ではそんな君に出会えたことを歌う。それはもちろん彼らの経験してきた人生の話だけども、改めてHONNEとファンの関係性のようだとも感じていた。それは会場に響いた「Day 1」の大きなシンガロングが証明してくれた気がする。22時半過ぎ、全18曲を演奏し、ロンドン公演は大団円を迎えた。

終演後、明るくなった会場では「smile more smile more smile more」のMVがステージに映し出された。「自分を大切に思うこと」や「好きな人たちにはちゃんと愛を伝えること」など普遍的だけど疎かにしてしまったり、できなくなってしまう様々なケアの話がそこにはあった。人に優しくすることに疲れてしまった時、また誰かに優しくしようと思えるのはHONNEのようなアーティストがいてくれるからだと思う。辛い時にチケットを買って大正解だった。HONNEはちゃんと救ってくれた。

インタビューの中で「今回のアルバムを区切りに少し休みたいと思っている」と答えていたHONNE。それを考えるとやはり寂しくなってしまうが、寂しいという気持ち以上に今回のアルバムは素晴らしかった。だからこそいつまでも聴いていられるような気がするし、現在進行形のツアーを経て、さらに意味を持つ作品になることだろう。

改めて、もし世界が終わってしまうなら僕たちは何をするんだろうか。ジャケット写真でハグをするHONNEの2人が描かれていることがその答えなのかもしれない。新譜を通して感じていた彼らなりの愛を体感できたライブ。それはまるで長かった冬が明けたような、暖かな日差しのような優しさに溢れていた日だった。

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Kaede Hayashi