【ライブレポ】ぼくらのパラダイム・シフト──来たるべき新時代のライオット・ガール、春ねむりの祈りと叫び
写真=はやしあゐり
社会が転覆した、この約2年間、生きるということについて逡巡した人間は少なくないはずだ。いや、もしかするとそれは酷く主観的な印象と言わざるを得ないだろうか。何も考えていない奴は、本当に何も考えていない。しかし、2022年6月3日、少なくとも春ねむりをこの場所で観た人間は、弱音を吐き、迷い、怒り、内省したはずだ。だからこそ、春ねむりのパフォーマンスを目に焼き付けようと、不安定な空もお構いなしに集まったのだろう。

まるでロック・バンドのようなギターやベースの太い音が鳴り響くサウンド・チェックを経てステージが暗転、アルバム『春火燎原』の冒頭を飾る「sanctum sanctorum」をSEに登場した春ねむり。心臓の鼓動に似たビートが、地響きのように我々に迫ってくる。


1曲目は「祈りだけがある」。コンテンポラリーなイントロから、いきなり“出来の悪いディストピア / ただれきったロストイヤー”というパンチラインで聴衆を引き込み、ヘヴィーなベース・サウンドでつま先から頭のてっぺんまで揺り動かし、終盤で一気に絶唱を放出する。続く「春火燎原」でも曲が進むごとにボルテージを上げていき、“死ねと叫ぶのは誰? / 生きろと叫ぶのは誰?”という叫びで締め括る。


MCでは6月がプライド・マンス(LGBTQ+の権利を尊重し、啓発する月間)であることに触れ、そのまま「Old Fashioned」へ。指揮棒を振るような動きを見せ、どこかかわいらしさもあるピアノのイントロから、それを裏切る重低音へ雪崩れ込み、“つわものどもが夢のあと / TOKYO 2020 虚しいね”と不敵に発する。LGBTQ+に関する法整備が進んでいない我が国、しかし先のオリンピックで掲げられた数々のレインボーフラッグ──この虚しい現状への怒り、そして皮肉を、“Old Fashioned”というドーナツを連想させる言葉で見事に糾弾してみせる。
“てか甘いもの食べたくない?”

続く「森が燃えているのは」では、オーディエンスに向かって「や る 気 見 せ て !」と吠え立てる場面も。春ねむりのライブ・パフォーマンスは、観客を単なる傍観者にはさせない。ただ、それはコール&レスポンスを強要するようなものでは決してなく、それぞれの楽しみ方、それぞれの踊り方、それぞれの考え方を実践してほしい、という投げかけに他ならないだろう。春ねむりが放つ言葉は、聴衆それぞれにとって圧倒的に「自分事」となり、あらゆる事象を「他人事」とはさせてくれない。しかし、春ねむり自身がある種のハブ的な役割を果たし、こんな自分でも大丈夫だ、こんな自分でも社会と関われるんだ、という気持ちにさせてくれるのだ。

そうして高まったエモーションは「Kick in the World」の咆哮に集約されていく。この圧倒される感覚──2018年、SONIC MANIAで観たNine Inch Nailsのステージ、あの場所に立っていたトレント・レズナーの姿と、どこか重なるものがあるように感じたのは何も大袈裟ではない。
実はこの日のライブは、コロナ禍による2年以上の延期を経て実現した待望の公演だった。「Déconstruction」の冒頭、“はじめようぼくらのparadigm shift”という宣言は、コロナ禍を経て世界中が裏返りつつある今、そして本公演を象徴しており、頭上に拳を掲げ鐘を打つように腕を振る仕草は、まさに脱構築(=デコンストラクション)の火蓋が切られる、その合図のようにも思えた。

そして、“あなたを離さないで / その灯を消さないで”と切実に訴える「あなたを離さないで」へ。この楽曲の見所は中盤、いきなりテンポ・チェンジしてがらっと景色が変わる部分だろう。ステージ全体を目一杯使った縦横無尽な振る舞いから一転、両手で顔を覆い静止している春ねむりの姿は、泣いているようにも、怒りを沈めているようにも、祈りをささげているようにも見えた。
性急なドラムとうねるようなベース・ラインがさらに感情を掻き立てる「春雷」で、いよいよ終盤に向かって熱を帯びていく。“死に損なったriot grrrl”という印象的なフレーズは「生きることは抵抗だ」と語る春ねむりのスタンスを端的に示すものだ。

ラスト、荒い呼吸をどうにか撫で付けながら「命はなんて美しいんだ、と思って作った曲です」と語り始まった「生きる」。厳しい時代を経てボロボロになった我々を鼓舞するようなエネルギーに溢れた、新しい時代の讃歌だ。この世の全てが美しいわけではないが、時折訪れる美しい瞬間を純粋に愛していきたい、肯定していきたい──手放しではない、しかし確実な多幸感が会場を包み込み、ライブは「omega et alpha」のSEと共に終幕した。
MCで本人も触れていたことだが、全21曲の『春火燎原』を45分のセットリストで再現できるはずもなく、誤解を恐れずに言えば、その点について一抹の物足りなさを感じなかったわけではない。ステージの規模にしたってそうだ、このキャパシティで観られなくなる日がなるべく早く来るべきなのだ。
しかし、たった9曲でも、ワンマンでなくとも、フェスの舞台でなくとも、春ねむりのステージはいつだって時空が歪むほど濃密だ。全身を爆音に突き動かされ、放たれる言葉にアジテートされ、オーディエンスも内省で踊り、刹那に命を燃やすという体験。ほんの一瞬とは思えない、誰しもが自身の深層に刻んだ一夜だった。

MAX NIGHT!! 2022/06/03 @西永福JAM セットリスト
1. 祈りだけがある
2. 春火燎原
3. Old Fashioned
4. 森が燃えているのは
5. Kick in the World
6. Déconstruction
7. あなたを離さないで
8. 春雷
9. 生きる
RELEASE
春ねむり『春火燎原』

レーベル:TO3S RECORDS
リリース:2022年4月22日(金)
トラックリスト:
01. sanctum sanctorum
02. Déconstruction
03. あなたを離さないで
04. ゆめをみている (déconstructed)
05. zzz #sn1572
06. 春火燎原
07. セブンス・ヘブン
08. パンドーラー
09. iconostasis
10. シスター with Sisters
11. そうぞうする
12. Bang
13. Heart of Gold
14.春雷
15. zzz #arabesque
16. Old Fashioned
17. 森が燃えているのは
18. Kick in the World (déconstructed)
19. 祈りだけがある
20. 生きる
21. omega et alpha
購入・再生はこちら:https://smarturl.it/shunkaryougen
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對馬拓

