エレクトロ・ポップが魅せる熱狂の狭間で──Metronomy at Alexandra Palace

エレクトロ・ポップが魅せる熱狂の狭間で──Metronomy at Alexandra Palace

今年の『FUJI ROCK FESTIVAL』まで残り2ヶ月を切った。海外アーティストを招くのはもちろん2年振り。コロナ禍の影響もあり、昨年は国内アーティストのみで開催された日本を代表する野外音楽フェスティバル、通称フジロック。様々なアーティストの「来日決定」の文字を見る度に、長かったコロナ禍から以前の生活に戻ってきている気がして嬉しくなるのは、きっと僕だけじゃないだろう。

しかし巷では来日に名前が挙がらないアーティストを惜しむ声も大きい。それは幻になった2020年のフジロックのことでもある。コロナウイルスによるパンデミックが始まり、先行きが怪しくなってきた2020年の春に発表されたラインナップ。それは一筋の希望のようだったが、遂には開催延期を決定せざるを得なかった。そのラインナップにはヘッドライナーを務める予定だったThe StrokesやTame Impalaはもちろん、彼らの名前もあった。

 

Metronomyをご存じだろうか?

(▲https://www.instagram.com/p/CYjOxvjs1V2/

彼らは2006年にリリースしたアルバム『Pip Paine (Pay The £5000 You Owe)』でデビュー後、Klaxons、Hot Chipといったバンドが席巻する「ニューレイヴ」ブームの最中、2008年の2ndアルバム『Nights Out』で一躍注目を浴びたイギリスのエレクトロ・ポップ・バンドだ。

そのMetronomyが今年の2月に約3年振りとなる自身7枚目のアルバム『Small World』をリリースした。今までのシンセサイザーが前面に押し出されていたサウンドから、ストリングスなどを織り交ぜたシンプルなサウンドに変わっていたことに驚いたリスナーも多かっただろう。ニューレイヴブームから早10年。ブームは終わってもバンドは続く。musitロンドン支部から送るライブレポート第5弾。

北西ロンドンに位置するウッズ・グリーン(Woods Green)駅から歩くこと約20分。小高い丘に位置する大きな宮殿。これが「アリー・パリー」の愛称でロンドナーに親しまれているAlexandra Palaceだ。宮殿といっても英国王室と何か関わりがあるわけではなく、「People’s Palace」──つまりは「人々のための宮殿」というコンセプトのもと1873年にオープンした。そのコンセプト通り、約150年に渡ってライブコンサートやレジャーイベントなど、市民のレクリエーションの場として利用されてきた。今でも年間300万人が訪れる人気の施設だ。

1873年のオープン当初には日本を模した村があったり、2004年には『NHKのど自慢大会』のロンドン大会の会場になったりと、日本人としても少し親近感の湧く施設でもある。在外の人間からすると「のど自慢」というワードの安心感が凄い。フロアごとに違いがあるが今回のライブで使用されていたフロアのキャパシティは約1万人。「宮殿」と名乗るだけはある。会場内には様々な出店や横にやたらと長いバーカウンターがあるなど、まるでフェスに来ているかのような雰囲気だった。

夜のとばりが下りた21時15分過ぎ、ライブは新譜から「Love Factory」でスタート。緩やかに始まったかと思いきや、次にはタイトなリズムとまくし立てるようなヴォーカルにグイグイと惹き付けられるダンス・ナンバー「The Bay」フロアはすぐさま大きくうねり出す。一見、無機質に感じるサウンドの裏に、グツグツと沸騰するようなエネルギーが伝わってくることに驚いた。

それは正直に言えば、良い意味でMetronomyをロボットのようなバンドだなと思っていたからだ。もちろんエレクトロというジャンルのせいもあるが、音源を聴く限り、ポップというにはあまりにも淡々としているバンド、というイメージだった。だからこそ初めてライブを観て、そのギャップにとても引かれたのだ。癖になるシンセサイザーが印象的な「Corinne」が終わる頃には、Metronomyってこんな熱いバンドなのかと序盤からまじまじと圧倒させられてしまった。

そんなギャップを知った時に、自分の中で大きく意味が変わったのは新譜『Small World』の楽曲群である。初めてこの新譜を聴いた時には、前作からの変化に、本当に同じバンドなのかと不思議に思ってしまったぐらいだ。しかしその人肌のようなシンプルな温もりを感じるポップ・ソングの数々は、ライブを通して頭の中でかっちりとMetronomyとくっついていく。「It’s good to be back」、「Things will be fine」の演奏を観て、Metronomyというバンドの引き出しの奥深さに感心させられた。

バンドとしての表現力の高さを知っても、やはりフツフツと静かに燃えるような無機質さがたまらないという事実にも変わりはない。ライブの中盤で披露された名盤、2ndアルバム収録の「The End Of You Too」はやはり彼らの真骨頂と言ってもいいだろう。その瞬間的な爆発力と、音源よりも数段攻撃的なアレンジにはステージに釘付けになってしまう。青白く照らされる彼らから放たれるサウンドは、会場内に地響きのような合唱を起こした。

中でもアンコールで披露された「Love Letters」の盛り上がり具合は異様だった。シンプルな掛け合いのリリックとひたすらアッパーなメロディが特徴的な曲だが、それはまるで一種のトランス状態のように永遠に続くような気がした。単調な曲とは裏腹に、ひたすらに煌々と赤く照らされるステージと、狂乱のような盛り上がりを見せるフロアの風景が、彼らの積み上げてきたキャリアから成り立つバンドとしての強度をひたひたと感じさせる。ベテランってこういうことだよな、って。

ライブは1stアルバム収録の「You Could Easily Have Me」で終了。シンプルな温もりとミニマルな楽曲に溢れたリリース・ツアーの最後の最後で、カオスな轟音を鳴らしていくのは彼らなりの遊び心なのだろうか。

Alexandra Palaceでは終演後も、会場内にある別のフロアで深夜の1時までDJが回してくれるらしい。ロンドンという街が朝まで公共交通機関を動かしている功名なのか、踊り足りない人たちはそのフロアへと吸い込まれていった。まだまだロンドンの土曜日は終わらない。

「音源がライブより良い」なんてアーティストは山程いることだろう。僕がMetronomyに抱いてた漠然とした不安はそこだった。音源の緻密さがライブを上回る気がしなかったのだ。しかし彼らのエネルギッシュな一面に、その不安は見事な返り討ちにあったのだった。

バンドの核とも言えるフロントマンのジョセフ・マウントは、『So Young Magazine』による新譜のインタビューで「新しいアルバムは自分たちが若くてエキサイティングなバンドではないという事実を受け入れること、そしてもう二度とそうはなれないということを意味している作品」と語っていた。ブームは永遠には続かない。それでも生活は続く。ニューレイヴと謳われ一躍、表舞台に躍り出たMetronomy。ただ少なくとも、彼らの作品は同時期のニューレイヴと言われるアーティストより内省的な作品だったような気がする。彼らが持つ、変化を怖れず決めたコンセプトのためなら、今ある物を簡単に投げ捨てられるという覚悟。僕にはそれが職人気質というか、愛すべきひねくれ者というか、愚直な求道者のようにも感じる。前作からガラリと変わったその作風でさえ、気づけば自然とMetronomyの一部になっていた。それは彼らの飽くなき探究心と緻密さが為せる技なのだろう。だからこそ、その音楽には人々を芯から揺らす熱が篭るのかもしれない。

フジロックに行ったことない僕にとって、恋焦がれる苗場で観たいバンドはこんなバンドだ。幻の2020年、初のフジロック出演は流れてしまったが、いつかまたそのフライヤーに名前を見つける瞬間を待ち遠しく思っている。

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Kaede Hayashi