それでもダンサーはステージの上で──Black Country, New Road at『Visions Festival』

それでもダンサーはステージの上で──Black Country, New Road at『Visions Festival』

夏フェスの代名詞と言っても過言ではない『FUJI ROCK FESTIVAL ’22』(以下フジロック)が今年も終わった。パンデミックが起きてから早3年。公式でも目標に掲げていたように、ようやく「特別なフジロック」から「いつものフジロック」へと戻ってきたような気がする。久々の海外アーティストを招いての開催に、僕はそのラインナップを見ただけで軽く感動していた。

とはいえ今はイギリスにいるため、苗場の地に行けるわけでもなく、週末は自宅にて1日中配信にかじり付いていた。再配信を含めほぼ全ての配信アーティストを観た僕にとってのベストアクトは確実にBlack Country, New Road(以下BC,NR)だ。そのライブの内容に詳しくは触れないが、ライブというよりも1つの作品を見ていたようなカタルシスを強く感じた。それは彼らのバックグラウンドを知っていたからかもしれない。

元々はポストパンク・シーンの第一線を走るFontaines D.C.の出演がキャンセルになり、入れ替わりのように発表されたBC,NR。彼らの初来日のニュースは嬉しく思う反面、少し不安にも感じた。それは今までメイン・ヴォーカルと作詞を務めていたアイザック・ウッド(Vo. Gt.)が脱退したという衝撃的なニュースがあったからだ。

2ndアルバム『Ants From Up There』のリリースまで1週間を切った今年の1月末、アイザックは「BC,NRのメンバーは最高だが、今はステージに立つことに悲しさと恐怖を感じる」と公表し、メンタルヘルスの問題によってバンドを脱退した。しかし同時に、残された6人はこれからもBC,NRとして活動を続けることを発表し、以後アイザックへの敬意からか既存曲を演奏せず、まだ音源化していない新曲だけでライブを重ねてきた。

フジロックでもそのスタイルは変えることなく、オール新曲のセットリストを宣言。過去を振り返っても初来日が全て新曲のアーティストは滅多にいないだろう。バンドの中心人物が脱退した今、彼らはどのような音楽を鳴らしているのか。ファンによってYouTubeにアップロードされたライブ映像でその新曲たちを聴くことはできたが、現在進行形の彼らを観たくなった僕はフジロック前ラストのライブである『Visions Festival』に足を運んだ。

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『Visions Festival』は東ロンドンに位置するハックニー(Hackney)の街を使ったサーキットイベントだ。ロンドン・オリンピックが終わった1年後の2013年から開催されている。長い歴史を持つ移民街であり貧困地域でもあった東ロンドン。ロンドン・オリンピックでイギリスが掲げたレガシー(オリンピック後の長期にわたるポジティブな影響)には「東ロンドンの再生」も含まれ、ハックニーはそんなロンドン・オリンピックのホスト自治体の1つだった。オリンピックに合わせ都市開発が進み、主会場であったクイーン・エリザベス・オリンピック・パーク(Queen Elizabeth Olympic Park)にはハックニーの土地も含まれている。東ロンドンの再生、そういう面から考えてもハックニーは新しく始まるイベントに向いていた街なのかもしれない。

気になるラインナップは毎年ブレイク目前のアーティストが多く集う。過去にはJapanese Breakfastやblack midiといった、今でこそ様々な場所で耳にするアーティストも多く出演しており、今年は名門・Matador Recordsと契約した「砂漠のジミヘン」ことMdou Moctar(エムドゥ・モクター)や、Thundercatのオープニングアクトを務めたUK注目のフィメールラッパー、Miso Extraなど、まさにこれからの活躍に期待が高まるアーティストらが名を連ねた。

『Visions Festival』は教会や古着屋の2階だったりと様々な場所でライブが行われる。メインステージでもあるハックニー教会(Hackney Church)のキャパシティは1,400人。ステージ上部にあるキリストが描かれた大きなステンドガラスを眺めながら「本当に教会じゃんか…」と呟いてしまった。そんなメインステージのラスト、いわば今年の『Visions Festival』の大トリを務めたのがBC,NRだった。彼らは2019年にも出演していたので今年で2回目の出演となったが、やはり前回との違いはアイザックがいないということか。しかしこのロケーションは彼らの音楽にきっと合う、と期待に胸を弾ませていた。

すっかり教会に差し込んでいた自然光もなくなり、ステージの明かりだけが頼りになり始めた21時15分、オーストラリアの国民的歌手であるJohn Farnhamの「You’re the Voice」をSEにメンバーが登場した。BC,NRと並行してJockstrapでも活動しているジョージア・エラリー(Vln.)は残念ながら都合が合わず欠席となったが、フロアからはメンバーに向けて大きな歓声が上がる。

まだまだざわめきが止まない中、ルイス・エヴァンス(Sax. Vo.)が軽快なメロディを鳴らし始めると、バンドは「Up Song」でライブをスタート。音源化されていない曲だというのに、フロアからは歌詞を口ずさむ声がいつの間にか漏れ、最後には大きな合唱になっていた。それもそうだろう。Look at what we did together, BC,NR friends forever (一緒にやってきたことを見て、BC,NRは永遠に友達)〉なんて歌詞が聞こえたら、思わず歌ってしまう気持ちもよく分かる。続く「The Boy」ではヴォーカルがタイラー・ハイド(Ba. Vo.)からメイ・カーショウ(Key. Vo.)に交代。アップテンポな1曲目からは打って変わって童謡のような優しい曲調。チャプター1〜3と切り替わる歌詞や緩急つけられた演奏はさながらミュージカルを観ているみたいだった。それはメイがアコーディオン、ルイスはフルートへと楽器を持ち変え、タイラーは弓弾きに奏法を変えるなど、楽曲への様々なアプローチからもたらされるメロディとも言えるだろう。

「Across The Pond Friend」ではヴォーカルがルイスに交代。ルイスは少し緊張しているような面持ちだったが、曲が進むにつれ声色に力が込められていく。ここまでの全ての曲でそうであったが、繊細なメロディーを刻むルーク・マーク(Gt.)に、ダイナミックな展開の屋台骨であるチャーリー・ウェイン(Dr.)のプレイは見ていて気持ちが良い。BC,NRの盟友ともいえるblack midiのジョーディ・グリープ(Vo. Gt.)は「BC,NRはメンバー全員が名人のようなスキルを持っていて、それが自分たちのスタイルを変え続ける工夫を生んでいる」と話していたが、まさにその通りだなと身を持って感じる。

以前から全員で音楽を作っていることを公言していたが、どうしても脱退したアイザックがバンドの大黒柱なのだと思ってしまっていた。しかしやはりそれは僕の思い込みに過ぎなかったようだ。ヴォーカルであったり作詞であったり、もちろん演奏もそうだが、確かにそこにはメンバー全員で音楽を作り出している感覚がある。タイラーは「全員がより均等に自分たちの感情を見せていくことが大切になってくる」と『Rolling Stone Japan』のインタビューで語っていたが、これこそ僕がライブを観て感じたものなのかもしれない。

ライブは終盤、フロアからの「What a band!! What’s the f◯◯king band!!!」という声に、座り込んでいたメンバーは思わず笑い合うとその朗らかな雰囲気のまま、メイのソロから「Turbines/Pigs」が始まった。最初は座り込んでいたメンバーも徐々に立ち上がり、演奏に加わって壮大になっていくサウンドは、まさにバンドの信頼関係を表しているみたいだ。

英マーキュリー賞にもノミネートされた2021年発表の『For the first time』で鮮烈なデビューを飾り、今年2月にリリースした2ndアルバム『Ants From Up There』はイギリスで3位と、まさに未来を期待される彼らだが、決してそのキャリアは楽なものではなかったと思う。脱退したアイザックを含め、現BC,NRメンバーのほとんどが所属していた前バンド、Nervous Conditionsは当時のヴォーカルの性的暴行によって解散してしまい、そこから新しく歩み始めたBC,NRを共に歩んできたアイザックはプレッシャーを抱えてバンドを離れる決断をした。そんな紆余曲折を乗り越えてきた証明のように、音楽が教会中に鳴り響いていく。

様々な困難の末に、それでもBC,NRは立ち止まらない選択をした。まるでこの日のラストナンバー「Dancers」で〈Dancers stand very still on the stage(ステージの上でじっと立っているダンサーたち)〉と繰り返される一節のように、彼らはまだステージに立っている。今まさに歩き始めている。最後のサビでタイラーが〈All the elements, well, they’re gone(全ての要素が消え去ったとしても)〉と叫んだそれを、彼女含めバンドメンバー全員の覚悟のように聞こえたのは僕だけだろうか。現在演奏されている新曲、全9曲をやり終えた彼らは大きな拍手と歓声、そして目には見えないそれ以上の期待感に包まれていた。

終演後、少しずつ掃けていく人混みの中にはバンドを離れたアイザックの姿があった。どうやらBC,NRを観に来ていたようだ。すれ違うファンたちにハグをされていた彼は心なしか、背負っていた重荷を下ろしたような優しい表情をしていた。

もちろんアイザックも含め、様々な困難を乗り越えてきたBC,NRがこれから進む道に、沢山の幸福があることを祈ってやまない。大切な友人の脱退を経て、再び歩き出した彼らの作る音楽は、優しさと救いと、未来への希望に溢れている。

Kaede Hayashi